第二十三話「噂と護衛係」
シリーズものです。
入学式の翌日は始業式だ。通学路には赤いネクタイを着けた新入生だけでなく、青や緑のネクタイを身につけている在校生も歩いていた。
アレインとフィリアンは部屋が同室なのもあって、自然と一緒に登校していた。
アレインは鼻歌交じりに歩いてる。
「上機嫌だな」
フィリアンが尋ねる。
「そりゃあそうだよ。共同風呂や食堂、みんなと一緒にするなんてことなかったから新鮮で……」
「ああ、お前の村は田舎だったしな」
「うん、それに生前は学生らしいことは1つもできなかったしね」
生きているのに、生前と表現する他ないアレインの実情にフィリアンはクスっと笑った。
「学校生活は憧れだったから、ワクワクが、こう凄いんだよ」
アレインは手を大きく広げて想いの大きさを表現する。
「でも……」
彼には少し引っかかる所があった。
「昨日からお風呂や食堂でみんな僕の顔を見てくるんだよね」
「確かにそうだったな」
登校中の現在も何人かの生徒が彼の顔を含みのある表情で見ていた。
「僕はフィルと違って顔は怖くないのに」
「おい、アレイン、テメェコラ」
思わずフィリアンは声を上げた。
アレインはフィリアンのせいで、酒場で騒ぎになり、昨日は闘うことになった。それもあって、彼に対して遠慮がなかった。
「僕の顔に何か付いてる!?」
「いや、別に」
「服装変?ネクタイとか曲がってる?」
「問題ない」
「うーん、なんだろうなぁ」
不思議に思いつつも歩いていると、正門前までやってきた。
門の前で2人はイッテツを見つけた。
「テツさんおはようございます」
「おはよ」
イッテツは振り向く。
「おはよう」
「ねぇ、テツさん。僕なんかしたかな?昨日からみんなが見てくるんだけど……。フィルに訊いてもわからないって、役に立たないし」
「アレイン、ケンカなら買うぞ」
「あぁ……それはおそらく、アレだな」
「知ってるのか?イッテツ」
フィリアンが訊く。
「ああ、実はこんな噂が昨日から囁かれている。アレインが入学初日に上級生たちをボコボコにした、と」
(ヤ、ヤンキー漫画みたいな噂が流れとる!?)
「さらに、イヴリスが欲しくば俺を倒してみな雑魚ども、という話もある」
(アナザーアレインが出来上がってる!?)
「はは、そりゃあ、傑作だな」
驚くアレインと笑うフィリアン。
どちらも真実が混じっている話なのが余計に質が悪い。
「まさか1日でこんな話ができるなんてな」
「話にマーメイドぐらいの尾ヒレがついてるよ……」
「その噂、女子寮でも聞こえたわ」
声の方向に視線を向けると、イヴリスとエウノアが立っていた。
「おはようございます」
イヴリスはいつものように優雅な挨拶をする。
「おはようございます」
「はよ」
「おはよう」
「そ、それでノアさん、今の話本当ですか?」
「うん、女子が怖がっていたよ」
内容が内容だけにそんな反応になるのは当然だった。
「ということは、僕は危険人物って思われてる!?」
「少なくとも警戒はされてるかもね」
「そんな……、普通の学校生活を送りたかったのに……」
前途多難な予感を感じてアレインは肩を落とす。
「本当に大変なのは明日からかもね」
「何かありました?」
アレインは肩は下がったまま、顔だけ上げて訊く。
「ほら、明日から1年生が練習場を使えるようになるじゃない」
アレインは昨日グレイセスが言っていたことを思い出す。
「使えるようになったら、決闘を挑む人が増えていくんじゃないかな。ほら、レイには景品があるじゃない」
「景品?」
「イヴちゃんとお近づきになる権利」
「え?もしかして、あの護衛のことを言ってます?」
「そうだよ、昨日取ったじゃん権利」
(あの後うやむやになってたけど、もともとそういう話だった!)
「え、イヴリスさんはその話に同意しているの?」
アレインはイヴリスの顔を見る。彼女はニコッと微笑みを浮かべる。
「もちろんです。そういう話になっていましたので、今日からレイくんが私の護衛係です」
アレインには寝耳に水だった。
「それと、ルールを追加します。現護衛係が負けた場合、勝者に護衛の権利は移ります」
「えー!なぜそんなことを……」
「そっちの方が面白いからだな!」
フィリアンが横から口を挟んだ。
「え、まさかそんな理由で……。イヴリスさんはもっと高尚なワケがあるはず……」
イヴリスは静かに頷いた。
「イヴリスさん!?」
「もしかして、アレインを警戒対象から脱却させるために追加したとか?」
「テツは真面目だねー。でも、単純にそっちの方が盛り上がるからとかじゃないかなー」
「というか、エウノアは妙に詳しいが、どこで情報を仕入れたんだ?」
イッテツが鋭い指摘をする。
「それは、私は社交性の塊なので……」
「いや、イヴリスの追加ルールの件は当人が言うより前に知っている口振りだったぞ」
エウノアの視線が泳ぐ。
「もしかして、ノアさんの入れ知恵ですか!?」
「いや、2人の合作案です」
エウノアは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「アレイン、ご愁傷様だ……」
アレインは目の前が真っ黒になった。
始業式が始まった。登壇するグレイセスの目の隈は相変わらずだった。式は何事もなく進んだが、アレインは朝の会話から周りの視線に人一倍敏感になっていた。
「はぁ……」
始業式が終わり、この日も早く解散となった。
アレインは机に突っ伏してため息を吐いていた。
「まぁ、大丈夫だ。お前の実力ならそうそう負けねえって」
「そういう問題じゃないんだよぉ」
「こういう時は、美味しいものを食べようよ」
エウノアが指を立てて提案する。アレインが首をクルッと回して彼女の方に向く。
「おいしいもの?」
「これあたしが先輩たちから聞いた情報なんだけど、学生街においしいレストランがあるんだって。時間もあるし、この後みんなで行かない?」
アレインはその景色を想像する。オシャレなレストランから提供されるハンバーグやオムライスを考えてついつい生唾を飲み込んだ。
「お昼だし、ちょうどいいんじゃねえか?」
フィリアンも乗り気だ。
「うん、そうだね。折角ならみんなで行こう」
「よし、そうと決まれば」
彼女はアレインにビシッと人差し指を指す。
「レイ、みんなを集めてきて」
「僕が?」
「当たり前でしょ、護衛係が行かなくてどうするの?」
「それはみんなが勝手に……ああ、わかったよ、行くよ」
アレインは教室を出て新棟へと向かった。
旧棟の教室には2人が残った。
「今日は魔力出してないんだな」
フィリアンが茶化すように話しかける。
「当たり前でしょ。ここで出したら校内が騒然としちゃうじゃない」
「魔力調節できないと思っていたよ」
「冗談。……あなたも今日はビビってないのね」
仕返しとばかりにエウノアが返す。
「ふっ、まぁね。クラスメイトにビビる道理はないからね」
「安心して、あなたが敵対しなければ殺さないから」
その発言にフィリアンは思わず笑ってしまった。
「それは強者のロジックだな」
「今日のあなたは強気ね。どうしたのかしら?」
「別に、昨日と今日じゃ変わることもあるだろ」
「そうね、せいぜいあたしの機嫌を損ねないことね」
フィリアンは頬杖をつきながら言う。
「敵対しなければ、ね」
「ふふ……」
「はは……」
アレインの席を隔てながら2人は笑い合った。
新棟に来たアレインは周りの視線を浴びながら、2人を探していた。
「先にテツさんの所に行こう。なんとなく」
彼はイッテツのいるEクラスに向かう。
「レイくん」
しかし、彼は呼び止められる。
振り返ると、イヴリスがいた。周りの生徒がざわつく。
「あ、イヴリスさん。ちょうど良かったです。実は……」
イヴリスはアレインのそばまで近づいた。その距離は近く、周りのざわめきが大きくなった。
「え?あ、あの、イヴリスさん?」
アレインも心の内が大きくざわめく。
(ち、近い。いい匂いする。う、うわー)
「近くないですか?」
「護衛係ならこれくらいそばにいた方が良いかと……」
(え、もしかして護衛係って役得になる!?いや、いやいやいや)
「いつもの距離感で大丈夫ですよ」
「そうですか?」
彼女は改めていつものパーソナルスペースまで離れた。
アレインは少し残念な気持ちになったが、自身の邪な思いをすぐに振り払った。
「ところで、私に何か用が御有りのようで」
「そうです。もし良かったらこれからみんなでお昼でもどうかと。ノアさんがおススメのレストランがあるとか」
彼女の顔がパッと明るくなった。彼女は顔の前で両手を合わせて返答する。
「いいですね。是非ご一緒させていただきます」
(かわいい)
アレインは心の中で呟いた。
「それと、イッテツさんも誘おうと思って」
「そうですね、それなら一緒に行きましょうか」
アレインはイヴリスを引き連れてイッテツのクラスに向かう。
(なんか、これ噂の再現しているんじゃないか?)
廊下を歩くたび、すれ違う生徒がヒソヒソと話しているのが見て取れた。
「やっぱり……」「噂って……」と、会話が時折アレインの耳にも入ってくる。
そうなると、視線に刺されだんだんと歩き辛くなってくる。
「あの、もうちょっと距離空けません?」
「どうしてです?」
「え、あー、それはその……」
「周りの視線なら気にすることはありません。むしろ勝者の特権として見せつけましょう」
そう言って彼女はアレインの腕に自信の腕を絡ませようとした。しかし、アレインが反射的に避けてしまう。
「あ……」
「あ……」
気まずい空気が流れた。
「ち、違います」
アレインは地べたに土下座した。
「咄嗟に体が動いてしまっただけでそれ以外の他意はありません!」
「だ、大丈夫です。私がいけないのです」
何度も謝るアレインをイヴリスが必死に宥める。
「何やっているんだ、2人とも」
イッテツはタイミングよくヘンテコな場面に遭遇した。
「遅いねぇ、これは中々話が盛り上がっていると見た」
正門前で3人を待つフィリアンとエウノア。エウノアは腕を組んで後方理解者面をしている。
「いや、そうとも限らないんじゃねえか」
「おー、あたしの直感が信じられないと?」
「色々と信じられないね」
「待たせたな」
イッテツが2人に声を掛ける。
「お、きたきた」
エウノアが早速アレインとイヴリスの様子を見たが、何か様子が変だった。お互い申し訳ない顔を浮かべている。イヴリスは気まずそうに右手で左腕を掴んでいる。
「僕が悪いんだ……」
アレインは俯きながらボソッと呟いている。
エウノアは訳が分からず訝しんでいる。
彼女がフィリアンに顔を向けると、彼は「ほらな」と言わんばかりに肩を上げた。
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