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第十九話「入学式前」

シリーズものです。

 この世界に来てから朝は何度も迎えた。それでもこれほどまで爽やかな息吹を感じる朝はあっただろうか。

 彼はそう思った。

 アレインは今日セントフルール魔法学校に入学する。

 待ちわびた瞬間である。

 彼は身支度を整える。

 学校から支給された制服を着る。濃紺のブレザーとパンツ。中は白いカッターシャツと赤いネクタイだ。学年によってネクタイの色が違う。そして、彼のネクタイにはストライプ線が入っている。これは各クラスによって変わるらしい。

 慣れないネクタイに苦戦しながらも及第点の結びができた彼は、備え付けの机に置かれた「入学の手引き」を取る。

 これは制服と共に兵士が持ってきてくれたものだ。

「ヨシ」

 手引きに書かれた必需品と村から持ってきた最低限の服などを確認し、彼は大きなカバンを肩に掛ける。

 その姿で全身鏡の前に立つ。

 まだまだ制服に着させられているような不自然さはあるが、学生がそこには映っている。

 彼は破顔一笑した。

 心臓は興奮でバクバク音を立てる。

「へへ……」

 コンコン

 部屋のドアがノックされる。その後、宿のオーナーが顔を覗かせた。

 時間だ。

 彼はカバンの紐を強く握った。

 宿の外には迎えの馬車が来ていた。彼は1週間お世話になったオーナーに礼をしてから馬車に乗り込んだ。


 セントフルール魔法学校はアプリオ領内にある。

 城壁から離れてちょっとした郊外にある。

 そこは学校を主体にしたいわゆる学生街である。

 学校と学寮と学生に需要のある店が並んでいる。

 セントフルール魔法学校の周りは木々の生い茂る森だったが、建設の際に辺りが開拓された。

 それでも、ライ村やグレーフよりも全然大きな町であった。

 舗装された道を馬車が駆ける。ガタガタ揺れる車内でアレインの興奮は最高潮に達していた。

 しばらくして、馬車は止まった。彼の心臓はドクンと脈打つ。

(ついに……)

 アレインはゆっくりと降りる。そして顔を上げた。

 セントフルール魔法学校。

 解錠された正門からまっすぐに伸びる石畳の道。その先には大時計を施した第一校舎がある。

 何人かの新入生が門を潜っていく。

 夢にまで見た光景を目の当たりにしてアレインの目が一層輝いた。

(学校だ……!)

 放心状態のアレインをよそに御者は彼に一言声がけして帰る。アレインはハッと気づいて慌てて一礼した。

 馬車を見送ってからアレインは正門前に立つ。

 最初の一歩。

 アレインはドキドキしながら片足を浮かせる。足が付きそうになると、ちょっと足を上げる。まるでアツアツの熱湯に足を入れようとするかのように2、3回その動作を繰り返す。横を過ぎる新入生が怪訝な顔でアレインを見るが彼は気づいていない。

 もう一度彼が足を近づけた時だった。

「みいつけた!」

 後ろから覗き込むように声を掛けられてたまらず彼は学校への第一歩を踏み出してしまった。

「あぁ……」

 何ともあっけなく終わり、アレインから声が漏れる。

「あ?どうしたんだ」

 彼は勢いよく振り向いて文句の1つでも言おうとしたが、急に自分の行動が恥ずかしく感じて、声を押し殺した。代わりに至極当然の質問に変えた。

「あ、あのどちらさまでしょう」

「おいおい、俺の顔忘れたのかよ」

 思い出せと言わんばかりに顔をアレインに近づける。男の特徴的な細長い瞳がアレインの記憶を呼び覚ます。

「あ!酒場の危険人物」

「思い出してくれて嬉しいぜ」

 彼は満足そうに笑う。

「なんでここに?」

「俺はここの新入生だ」

「え、一緒だ」

「ハハハ、こんな偶然あるかよ。サイコーだぜ」

(なんでこんなテンション高いんだこいつ)

「と、とりあえず、今後ともよろしく」

 アレインは握手を求める。彼もそれに応えて握手する。

「ああ、ヨロシクな特殊魔法」

「僕の名前はアレインだよ」

「フィリアン・トロイだ」

「フィリアン、よろしく」

「仲良くなったのか」

 握手を交わす2人に声をかける人物が1人。

 長身で顔の彫が深い東洋人のような男だった。彼の腰には刀が携えられている。

「お、イッテツ」

「イッテツ?」

「俺たちオーランの推薦組でな」

「あー、僕もアプリオの推薦者だよ」

「やっぱりな。そうだろうと思ったぜ」

「僕はアレインよろしくね。その腰にあるのは刀?」

「そうだ。詳しいな。……良ければ触ってみるか?」

 彼は刀を取って柄側を差し出すように突き出した。

「え、いいの!?」

 少し興味のあったアレインは彼の刀に触れる。すると、彼の力が抜けてガクッと腰を落とした。

 アレイン自身何が起こったかわからず若干混乱している。

「あー、お前もやられたか」

 フィリアンが同情気味に話しかける。

「こ、これは?」

「この刀は魔力を吸うんだよ」

 イッテツはいたずらな笑みを浮かべて、刀を肩にトントンと押し付ける。

「イッテツさんは大丈夫なの?」

「俺は魔力がないからね」

「そうなんだ。珍しいね」

 この世界に人間は量の差はあれ皆魔力を持っている。全くないということは滅多にないことだった。

「まぁ、色々あってね……」

 彼は含みのある返答をした。

 正門前で3人話していると、前方が何やら騒がしいことに気が付いた。

 誰かを取り囲むように人の輪が出来上がっていた。その人の輪は入学式だというのになぜか上級生が入り混じっていた。

「おいおい、あの有名人は誰だ?」

「多分アプリオ王女様じゃないかなー」

 フィリアンの質問に答えたのは女声だった。

 人だかりに視線を向けていた3人は耳元で聞こえた存在に驚いて振り向いた。

 話しかけた少女は赤毛の短髪、上背のある体と溌溂な表情から活発な少女の印象を与える。

 明るさと人の好さが見えるこの少女に3人は別の感情を抱いた。

 恐怖。

 アレインとフィリアンは彼女の圧倒的な魔力、イッテツは動物的本能による危機を感じた。

 3人は彼女の並々ならぬ強さに警戒した。

 彼女の存在に気づいたのはアレインたちだけではなかった。

 王族とのコネクションを得るチャンスだとばかりに群がる生徒たちに囲まれていたイヴリスは、少女やアレインたちの魔力を感じていた。

「少し失礼します」

 囲いの人々をあしらい彼女はアレインたちの元に駆け寄った。

「ごきげんよう」

 イヴリスはいつものように平静に4人に向かって挨拶した。

「あ、おはようございます」

 アレインは返す。

「アレイン様、こちらはどちら様ですか?」

「あ、2人はオーランの推薦者でフィリアンとイッテツです」

「まぁ、初めまして。私アプリオの推薦者、イヴリス・アプリオでございます」

 彼女は丁寧に頭を下げた。

「よろしくな、酒場のお姫様」

「……あの時の御二人ですか?」

「ウチのフィリアンがとんだご迷惑を」

「いえ、大丈夫ですよ」

 平然と笑顔でイヴリスは答えた。

「して、そちらの方は?」

 彼女は少女に尋ねる。視線は真っすぐ彼女を捉えている。

「どうも、エウノア・エンドリッチでーす。グルからの推薦で来ました。どうぞよろしくねー」

 彼女は軽やかな口調で言った。

「エウノア様、イヴリスでございます。どうぞよろしくお願い致します」

 イヴリスはフィリアンたちと変わらず挨拶した。

「ちょっと思ったんだけどさー、イヴちゃん、様はちょっと固くない?」

「イヴ……ちゃん?」

 イヴリスは面食らった。

「同級生なのに仰々しいよ、様なんて。ここは仲良くニックネームで呼び合おうよ。ノアって呼んでいいからさー」

 そう言った後、ハッと気づいたように彼女は男性陣に顔を向けた。

「皆にもニックネーム上げなきゃね。うーんとそうだな……。レイに、フィルにテツ、なんてどうかな?」

 あだ名を勝手に決められたフィリアンとイッテツが困惑する。ただ1人アレインは違った。

「レイ……いい。あだ名なんて初めて」

「お、気に入ってくれたみたいじゃん」

「えっと、ノア……さん。これからよろしくお願いします」

「さんはいらないけど……まぁいっか。よろしくね、レイ」

 各国の推薦者が一堂に会する正門にイヴリスの取り巻きが近づいてきた。

「イヴリス様、どうしました?」

 取り巻き代表顔の男が声をかけた。

「いえ、知り合いに会ったものですから、ご挨拶をと」

「そうですか、それで決めていただけましたでしょうか」

「なにが?」

 フィリアンが尋ねる。

「私が王女なので、学校での補佐と言いますか護衛と言いますか買って出てくださるみたいで……」

「おいおい、王女様に向かってなんて口の利き方だ?」

 代表面の男はフィリアンの態度に突っかかった。

「あ?お前に話してねえけど」

「先輩への口の利き方も知らねえようだなぁ」

「争いごとは止めてください」

「フィルもケンカ腰にならないで」

 イヴリスとアレインが二人を落ち着かせようとする。

(あー、これどっかで見たわー)

(フィリアンの奴、口が悪いからすぐにこうなるんだよな)

「あのー、ちょっといいですかー」

 エウノアが緊張した空気をものともせず軽く入ってきた。

「その護衛係は誰がするんですか?」

「それはもちろん俺たちだ。常に3人以上が付いて警護する」

「ふーん」

 エウノアは男の頭からつま先までを一瞥する。

「なんだ」

「イヴちゃんより弱い奴が付いても意味なくない?」

「な!?」

 新たな火種が投下された。

「き、貴様何を」

「だって、護衛が足手まといになったら邪魔だよ」

 悪気もないようにただ事実を述べるようにエウノアは言った。

「そーれーでーも、強いっていうなら……」

 エウノアは気安くアレインの肩を持つ。

「このレイに勝てたら認めてあげようじゃない」

「えぇ!?」

 いきなり矢面に立たされてアレインは困惑の表情を浮かべる。

「ノアさん何言って……」

「ここで、取り巻きにイヴちゃん取られていいの?」

「ど、どういう……」

「好きなんでしょ、イヴちゃんのこと。ここで強さをアピールするんだよ」

 エウノアは小声で耳打ちした。

「え、何で知って!?そんな顔に出てました!?」

「まぁ……わかりやすい方だけど」

(酒場の相手がイヴちゃんと仮定した場合の憶測だったけど、当たりみたいね)

「で、でも僕……」

「ん?なんだね」

「あんまり戦うのは好きではなくて、できれば穏便に決着したいと……」

「なに!?」

 驚いたのは近くで聞き耳を立てていたフィリアンだった。

「お前、そんな強さを持っているのに、戦いたくないだと……?」

「う、うん。自分で言うのもなんだけど、平和主義というか、ね」

(こ、こいつ、この性格なら絶対俺との戦いも拒否しやがる。ダメだ。それじゃあ、いつまで経っても戦えねぇ。こいつをどうにかして土俵に上がらせねえと……)

「い、いいぜセンパイ。もしアレインと戦って、こいつが負けたら、さっきの詫びとして俺が土下座でも何でもしてやるよ」

 眉根をひくつかせながら、フィリアンは男に提案した。

「ほう、それはおもしろい話だなぁ」

 男は下卑た笑みを浮かべた。

「いいだろう。誰とやる?」

「全員でいいだろ。一人一人やってる時間はねえんだ」

「な、何を勝手に!」

「問題ねぇよ。お前は強いんだから」

 フィリアンは口は悪いがアレインの実力を認めているようだった。

「おっと、王女様は問題ないか?何なら勝った方を護衛にしてもいいぜ」

「ええ、構いません。戦いのモチベーションが上がるというのなら勝者を私の護衛とする決まりでも良いです」

「え、僕の意思は?あ、テツさん助けて」

 イッテツは無言でゆっくりと首を横で振る。

 ここにアレインの意思に関係なく対戦カードが決められた。

 彼の気持ちとは裏腹に4人はそれぞれの目的のためにこの戦いに期待を寄せていた。

(アレインが戦うための土壌を作って、俺とも戦ってもらうぜ)

(アレイン様……いえレイくんの魔法をこの目で見てみたいです)

(レイとイヴちゃんの進展がどうなるか楽しみね~)

(魔法使いの戦いを1つでも多く学ばないとな)

 かくして各人の思惑に巻き込まれてアレインは戦わされるのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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