第十七話「アレインとイヴリス」
シリーズものです。
病室のベッドで読んでいた絵空事。
初恋、一目惚れ。そもそも出会いがない自分自身を妬み羨ましがった。憧れた。
こんな経験ができるならしてみたかった。
毎日が楽しいだろう。輝かしいだろう。
本を閉じて目を瞑る。
現実には起きていない妄想を浮かべる。まさに絵空事だった。
あり得ないことだと心の中で割り切った。
異世界に立ち非現実的な出来事をたくさん経験した。それならばそういうことが起こるのもある意味で必然だったのかもしれない。
目の前に立つ彼女を見て、かつての絵空事が思い起こされた。
あの時は1ミリも共感できなかったキャラクターの心情を理解できた気がした。
熱を帯びる体と張り裂けそうな胸と逸る衝動を押さえつけながら、それでも視線は彼女から離れることはなかった。
未だ心が浮ついているアレイン。そんな彼の隣にいるグレイセスが口を開く。
「それで、ヨーゼル国王。少しよろしいですか」
「グレイセス、なんだね」
「私はこれから学校に行かねばなりません。ですが、アレインの登録も済ませねばなりません」
「そうだな。では遣いの者に案内させよう」
「それでも良いのですが……。国王様、ここは1つイヴリス王女に案内を任せるのはいかがでしょう」
その場にいるグレイセス以外の人間が驚いた。
そして、国王の隣にいる大臣のヨハンセンが取り分け大きく反応した。
「グレイセス!貴様何を言い出すかと思えば……。イヴリス王女を小間使いのように……!」
彼は当然の理由で彼女に怒りを見せた。
「大臣、私は別におかしなことを言っておりませんよ」
「黙りなさい!」
大臣の一喝が部屋に響く。
「どこの世界に国の王女を道案内の役にすることがあるか!」
彼の威圧にグレイセスは少しも怖気づず、頭を掻いた。
「大臣、それは見方が間違ってますよ」
「なに?」
「イヴリス王女はこれから、我が校の生徒になるわけです。アレインくんも同じく生徒になります。そして2人は我が国の推薦。入学前に交流の機会を設けておくことは意味があるとは思いませんか」
「一理ある……とでも言うと思ったかバカモンが!私が怒っているのは、イヴリス王女を下に見ている態度だ。どういう権限でそんな指示が出せる」
「それは、教師と生徒の立場になるのですから……」
「王女という立場を軽んじるな!」
「ヨハンセン」
怒りが頂点に達する大臣をイヴリスが止める。
「私は別に構いませんよ」
「し、しかし……」
「イヴリスがよいというのだ、任せようではないか」
国王もイヴリスに賛同した。
「王まで言いますか。……ふん、今回だけですぞ」
大臣は諦めた様にため息を吐いて、渋々許可した。
「それでは少し準備をします。アレイン様、少々お待ちになってください」
イヴリスはサッとこの場を後にした。
アレインは終始ぽかんとした面持ちで事態を見ていた。
何が何だかよくわからず、気がつけば城の前に立っていた。
「それじゃあ、アレインくん。また今度入学式で会おう」
「え、あ、あの、僕は」
「イヴリスに後は任せた。時間がないからね、ここで解散だ」
グレイセスはだいぶ慌てた様子だった。それを無理矢理止める理由がアレインにはなかった。
少しして、ポツンと城門前で立つ彼にイヴリスが声をかける。
「お待たせしました。アレイン様」
彼女は先ほどの貴族的な服装とは対照的に庶民的な質素な格好になっていた。ドレスからオーバーオールの町娘になり、銀髪の長髪もまとめて結んで目深に被った帽子の中に綺麗に収めていた。
一見して国のお姫様には見えないが、彼女のオーラ自体が消えた訳ではない。アレインには未だに眩しく映っていた。
「え、あ、えっと、その、似合ってるよ?」
恋愛経験皆無のアレインは乏しい知識で彼女の服装を褒めてみた。だが、庶民的服装にその感想は幾分間違いの様に聞こえる。アレインはそのことまで思考が全く回っていない。
「……ふふ。この服装を褒められることは初めてですね」
そんな的外れな感想もイヴリスには面白く映った。彼女は優雅に笑って見せた。
彼女の姿に無限に好感度が上がっていくアレイン。
「あ、ああ……。そ、そうですか。はは……」
全くつまらない会話の切り方でこの話は終わった。
「それでは登録を済ませましょう。役場まで案内します。ついてきてください」
「……あ、あの、護衛とかは?」
「いませんわ。護衛が付くならわざわざ変装する理由もありませんから」
「で、でも仮にも一国の王女が……もしものことがあれば……」
「心配いりませんわ、アレイン様。私強いのです」
彼女は自信満々の笑みを浮かべて断言した。その瞳は若干鋭くなっていた。
街に改めて降り立つと活気の良さにアレインは圧倒される。
三国の内の一国だけあってここは都会の賑やかさや華やかさがある。
彼にとって目移りするものばかりの街中においても、彼の視線の先は彼女だった。
「エバちゃん、久しぶり。元気してたか?」
「ええ、相変わらずおじさんもお元気ですね」
「エバちゃん、新作ができたからまた食べに来てちょうだい」
「はい、是非ともお伺いします」
イヴリス改めエバの愛称で呼ばれている彼女は街の人気者らしい。その様子から度々お忍びで街に出かけていることがわかる。
「エバちゃん、これもっていきな」
「ありがとうございます」
「エバちゃん、ちょっと手伝ってくれねえか?」
「ごめんなさい。今は道案内をしていますので」
街の半分ほどを歩いてやっと彼女に声をかける人がいなくなった。その頃には彼女は紙袋に大量のお土産を載せていた。
「ごめんなさい、全くお相手が出来ず……」
「ああ、いえ、……人気者なんですね」
「ええ、嬉しい限りです」
「アプリオさんは……」
「アプリオ産の物もいっぱいありますよ」
「あ……」
「その呼び方はマズいです。今はエバと呼んでください」
彼女は近づいて小声で話す。その距離にアレインは思わず声が上ずる。
「ア、ハイ」
「……緊張してますか?」
「え、いや」
本当の理由が言えない彼はつい嘘を吐いた。
「これ、見てください」
彼女は紙袋から赤くて丸いものを取り出した。それは彼がよく知るものと似た形をしていた。
「リンゴですか!?」
「ご存知ですね」
「え、ええ……。本物そっくりだ」
「これは天移魂魄者の方が果物を改良して作ってくれたのです。この国の名前が似ていたとかで……」
「え……あ、確かに……」
「この国は天移魂魄者の知恵と技術の恩恵をたくさん受けています。例えば、チュウカナベというのはご存知ですか」
「あるんですか」
「はい、それもありますよ。そのチュウカナベは魔法道具になってまして……魔力を流すと、鍋の裏側は火魔法が展開されて、表側は水魔法が展開されるようにできています。料理人の腕次第で火力と水分量をコントロールできるんです」
「面白いですね」
元の世界の道具とこの世界の魔法概念がミックスした存在にアレインは関心を示した。
「ですから、安心してください」
「ここにはあなたが知るものもたくさんあります。天移魂魄者を受け入れてくれる人だっていると思います」
彼女は優しく微笑んで見せた。
(恥ずかしいな。ずっと自分のことばかり考えていた。彼女が僕に気を遣っていたのにそれすら気づかないで……。悟られるのを隠すために嘘まで吐いて……。彼女と対話すらしようとしないなんて、好きとか以前の問題じゃないか)
「ありがとうございます、エバさん。それと、すみませんでした。エバさんのご厚意を無碍にするような発言をしました。実は、お恥ずかしい話、同年代の異性と話す機会が今までなかったものですから、それに緊張してしまってぎこちなくなってしまって……」
彼は深く頭を下げた。
「失礼な態度を取ってしまい申し訳ございません」
一国の王女に対してあまりに不躾な態度だったと自身の行動を反省した。
どんな叱責も受け入れる。その覚悟だった。
「頭を上げてください」
彼はゆっくりと顔を戻す。
「私は怒っておりませんよ。あなたは客人ですから、私がもてなさねばと思っただけです。それに……」
彼女は軽く首を傾げ、恥ずかしそうに頬を染めた。
「私も同年代の殿方との会話は初めてですので……どう話せばよいか不安でしたわ」
(か、かわいい!!……いかんいかん、王女様になんて感情を持っているんだ。さっき反省しただろう。彼女のことを想って考えて、誠実な言動を心掛けるべきなんだ)
彼は邪念を振り払うように両手で頬を叩いた。
「エバさん、こんな未熟な部分も多い僕ですが、これからもよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
アレインは目を逸らさず、イヴリスの目を見た。それは彼なりの覚悟の証明でもあった。
ちょっとの間沈黙が訪れたが、イヴリスがふいに自身の手元に視線を移した。
「そ、そうです。もしよかったらこのリンゴ食べてみてください」
先ほどからずっと持っていたリンゴをアレインに手渡す。
「あ、ありがとうございます」
リンゴを持った時、彼は彼女が触れていた部分が熱を持って少し温かくなっていることに気が付いた。
もともと体温が高かったのか、先のやり取りで体温が上がっていたのかわからないが、アレインの胸の鼓動が早まった。
(な、何に興奮しているんだ僕は。これじゃあ、変態じゃないか……)
「いただきます」
邪念を振り払い、彼は彼女が触れている部分を避けて一口かじった。
果肉と果汁の甘みが口の中に広がった。彼の目が輝く。
味は正直いまいちだった。病院のカットされた冷たいリンゴに比べたら甘くはなかった。彼から思わず言葉が漏れた。
「おいしい」
だがこれは嘘ではなかった。
元の世界の懐かしい味とそれにかじりついて食べている自分。全くと言っていいほど変わってしまった彼の環境がそんな感想を引き出した。
もう一口かじりつく。
この世界で生きることを覚えた。恋を知った。生命の熱を感じ取った。
彼自身うまく言語化できない感情があった。なぜこのリンゴがうまいのだろうか。
一口、もう一口。彼はリンゴをかじる。
噛みしめながら、彼の頬を伝うものがあった。
彼自身今の状態がわからなかった。ただこのリンゴを喰らいつくさねばならない気がした。
頬袋ができるくらいにほおばった。顔をはぐしゃぐしゃだった。
本当に情けない顔になっていた。
そんな彼を見て、イヴリスも袋からリンゴを1つ取ってかじりついた。
いつもと変わらない味が口の中に広がった。
「おいしい」
彼女はぽつりとそう呟いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




