第十六話「アプリオ到着」
シリーズものです。
グレイセスの魔眼とミカエルたちの連携によって一度目の接触以降、魔術教との接敵はなかった。
馬車は順調に進み、すでにアプリオ領内に入っていた。
「はぁ……」
頭を垂れるグレイセスは馬車に体が揺られている。
大人というのは難儀なものだ。一難去ると、すぐに次の一難を考えてしまう。彼女は今学校へ戻った後にあるであろう書類の山について考えていた。
『ルクスウェル物語』を開いているアレインは横目でグレイセスの様子を見ている。
「グレイセス……、悩んだってどうしようもないだろう」
ミカエルは彼女に声をかける。
「どう考えても、入学式まで平均睡眠時間が2時間しか取れない。この歳だと平均2時間は辛いんだ……」
グレイセスは苦しみを吐露した。
「秘書とか職員に任せればいいじゃないか」
「私の確認が必要な書類ばかりだ。入学式前だからな」
「そうか……、まぁ、僕は副団長に丸投げしているからセーフだな」
その話を聞いて、御者席からステイシーが口を開く。
「副団長が言ってましたけど、団長の印が必要な書類は溜めておくと……」
「え……?」
「ですので、3週間分の書類があると思います……。あれ?聞いてないですか?」
難儀な大人がまた一人。今まで頼りになっていた大の大人が二人して深いため息を吐いている。
いたたまれなくなったアレインは本を閉じて御者席へと身を乗り出す。
「ちょっと……新鮮な空気を吸いに」
「ごめんね、私が余計なこと言ったせいで……」
「偉い大人はやること多くて大変だね」
3週間の旅を経て二人と気楽に話せる仲になっていた。
「……もうすぐ着くんですね」
「長いようであっという間だったね」
「色々あったなー」
3人は各々思い出を振り返る。
「戦闘して」
「モンスターを狩って」
「ビミテングダケと間違えてラリットケを食べて全員幻覚に襲われて」
「あれは危なかったですね」
「うん、全滅の危機だった……」
「完全に油断していたね」
3人はその時のことを思い出す。想像した絵面がヒドイことになったので忘れる。
「でも、こう言っていいのかわかりませんが、楽しかったです」
アレインは懐かしむように笑った。
「そうだね。私も初めての郊外任務で不安もあったけど、楽しかった」
「うん。……お、アプリオの城壁が見えてきた」
ボブが眼前を指し示す。
そこには堅牢に聳える石造りの巨大な壁と門があった。高い壁からは中の様子は確認できない。
「凄いですね」
「ええ、中はもっと驚くと思うわ」
馬車は巨大な門の前で停まり、ステイシーがそばの衛兵に話すと、その巨大な門がゆっくりとそして大きな音を立てながら開いていった。
衛兵は敬礼して、馬車が中に入るまで見送った。
中に入ると人々の活気に驚かされた。
大通りは馬車が余裕で渡れるほど広く人の往来も激しい。左右の店は看板から宿屋や道具屋などの商店であった。
アレインは人々を見る。
一般的な絹の衣服を纏う人や、店の制服や作業着に身を包む人、重厚な鎧や大層なローブを羽織る人、多種多様な人々がいる。そして、魔力を持つ人々も決して少なくなかった。
見るもの全てが新鮮だった。アレインの瞳がキラキラと光っている。
「アレインくん、よいこそアプリオへ」
ワクワクしているアレインを見ながら二人は笑顔で歓迎した。
馬車は真っすぐ城へと向かう。
国の中心。数段と高い位置に鎮座するこの国を象徴とする城。アプリオ城。
外敵を寄せないように設計された、傾斜のある曲がりくねった道を進みながら馬車はある場所で停まった。
そこからは発声や物と物とがかちあう音が響く。兵舎だ。
「それじゃあ、僕たちはここで」
ミカエル、ボブ、ステイシーとここでお別れだった。
「ああ」
「ありがとうございました」
アレインは改めて頭を下げた。
「何かあったらここを訪ねてくるといい。いつでも歓迎さ」
ミカエルはサムズアップした。隣のボブが小声で告げ口する。
「団長、アレインくんの対応とかで職務サボる口実にしたいだけだよ」
「なんか言ったかー?」
「いえーなんでもー」
「でも、私たちが歓迎というのは本当だから、暇なときは遊びに来てね」
ステイシーが優しく付け加えた。
「はい、落ち着いたら行きます。皆さん、お元気で」
3人と別れて、アレインはグレイセスと城内へと向かった。
近づけば近づくほど、城の荘厳さに圧倒される。
「スゲー」
アレインから感嘆の言葉が漏れる。
「こんなところに入っていいんですかね」
「緊張するかい」
「もちろんですよ」
アレインは興奮気味に返答する。
「君は客人だ。そう気後れしなくていい。ただ、王には失礼ないように。アレインくんなら大丈夫だと思うが」
「はい……」
アレインの声は少しうわずっていた。
アレインは田舎から都会に出た子どもそのままに、キョロキョロと周りを観察していた。城門も、廊下も、すれ違う人も、全てがフィクションで見た様なものばかりだった。その空間に身を置いている彼自身が何だか幻覚の様に感じていた。
「ここだ」
グレイセスがある場所で足を止める。
見てきた部屋の扉よりも一段と大きな両開きの扉。その大きさがそのまま部屋にいる人物の大きさを表しているようだった。
ゴクリ……
アレインは思わず生唾を飲み込んだ。
扉はゆっくりと開く。
扉からまっすぐ伸びたカーペットを進む。脇を固める護衛兵たちに少し怯えながら進んでいく。
アレインが顔を上げると、玉座に座る人物と目が合う。
その目は鋭く目尻に皴があった。口周りはしっかりと髭が蓄えられていた。そして何より身に着けている装飾と衣装がそのまま権力の強さを示していた。
隣には大臣と思われる人間が立っている。
アレインは一瞬で気圧された。
「アレイン」
声を掛けられてハッとして振り向くと、グレイセスが膝をついて頭を垂れていた。
慌ててアレインも彼女に倣って膝をつき頭を下げた。
「此度の任務ごくろうだった」
響く低音で王はグレイセスを労った。
「して、隣の少年が」
「はい、例の少年です」
「名は何と言う」
「アレインです」
「アレイン、顔を見せよ」
アレインは恐る恐るフードを取って顔を見せた。
「ふむ、アレイン、君に質問がある」
「は、はい!」
「君は自身の力が強大であることを自覚しているな。して、その力を何に使うつもりだ?」
アレインは熟考した。そして、ゆっくりと話し始めた。
「僕は、助けるため、守るために使いたいです。僕は昔体が弱かったから、たくさんの人に苦労や迷惑を掛けちゃったから、恩返しじゃないですけど、この力で家族や友達や困っている人を助けたいです」
「そうか……、それは甘い考えだな」
「わかっています。この世界は僕の元いた世界よりも過酷で厳しいです。でもだからこそ、僕は強くなりたいです。皆を守れるくらい強く……。やっぱり、大切な人たちは失いたくないですから……」
「魔法学校で、それを学ぶと」
「はい!僕はこの世界について全く知らないんです。知識と技術を身につけたいです。魔法学校で僕は成長していきます」
アレインの声に段々と熱が籠る。
「とはいえ、力に溺れる人間がいることもまた事実。君がそうならないとは限らない。誰かを殺すことだってあり得るぞ」
「そうなったら、自死します」
アレインは堂々と宣言した。
「どうしてそこまで……」
「大切な人を失う悲しみを、僕が生み出したくないからです」
アレインの瞳から一筋の涙が流れた。
王はその様を見て、安心したように肩の力を抜いた。
「すまない。少々意地悪が過ぎたようだ。許してくれ。娘の同級生がどういった人間なのか知りたかったのだ」
「あ、いえ、大丈夫です。私の方こそすみません。お見苦しいところを……」
「アレイン、君はいい子だ」
王は朗らかな笑みを見せた。
「あ、ありがとうございます」
アレインは顔の涙を袖で拭った。
「君になら安心して会わせられそうだ……」
王は安堵していた。
「折角だからと、娘と顔合わせしてもらおうと思っていたんだ。イヴリス、来なさい」
王に促され、玉座の脇より一人に人物が現れた。
サラッと伸びた銀髪の髪、長いまつげとぱっちりと丸い瞳。それらがバランスよく整っている顔。ドレスのような絢爛な格好に身を包んだその人は、王の隣にやってくる。
「我が娘、イヴリスだ」
「よろしくお願いします。アレイン様」
彼女は慣れた様に挨拶をした。
「あ、こちらこそよろしくお願いします……」
アレインの鼓動が早まった。
それは緊張によるものだろうか。
(何か……変だ……)
アレイン自身その感覚に困惑した。
(彼女を見たとき、胸が一段と高鳴った。これって、これってもしかして……)
胸の内に熱いものが込み上げてきた。
緊張とは違う。顔まで熱くなった。自然と口角が上がりそうになる。
彼はもう一度彼女を見る。
イヴリスは視線が合うと、ニコリとはにかんだ。
ドクン……
又もやアレインの鼓動が高鳴った。
アレインは確信した。この感情、この感覚は……。
(一目惚れだ……)
アレインはこの異世界で初めて恋をした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




