第十五話「チェイルマーケット」
シリーズものです。
「ハァハァ」
アレインは森の中を駆け回っていた。
走りながらチラリと後ろを見る。木の枝が数本アレイン目掛けて飛んできていた。
アレインはその枝を魔法で振り払う。
振り払われた枝が周りに散乱する。
アレインは安心して立ち止まる。
そんな彼を待っていたように、木々の隙間から別の小枝が死角から飛び出してきた。
「痛っ」
ぶつかったアレインは思わずたじろいだ。
「アレイン、油断しない」
ミカエルが顔を出してダメを出す。
「すみません」
「でも、前より随分動けるようになったと思うよ」
「ありがとうございます」
アレインはミカエルに頼んで修行をつけてもらっていた。
「やっぱり君の弱点は動かないことだ。戦い慣れしてないから仕方ないけど、相手からしたら絶好の的だよ。それに、君の魔法はターゲットが見えてないと使えない。的を絞らせないこととターゲットを視認すること。この2つのためにも魔法を使用しながら動けるように体を慣らしていかないとね」
「はい」
「とりあえず今は基礎体力作りと動きながらの感覚を覚えることだね。君の魔法ならそれができるだけでかなり強力になるよ」
「わかりました、ありがとうございます」
アレインは頭を下げた。
「そろそろ出発だ。戻ろう」
ミカエルの一言で本日の修行は終了した。
チェイルはモアド山に面する町である。
マーケットが盛んに行われており、様々な品物が毎日売られている。
アレインたちは西ゲートからチェイルに入った。
「私たちは必要な物を揃える。アレインくんはどうする?」
「え?別行動していいんですか?」
「ああ、人が多いと目立つからね。それにここは安全だ。ミカエルも付けさせる」
「ちょっとマーケットを見てみたいです」
「わかった。それなら2時間後ここに集合しよう」
グレイセスはアレインと集合場所を共有しそれぞれの目的のために一時解散した。
「さて、どこ行こうかな」
アレインは独り言つ。
「とりあえず、歩きながら奥の方まで見てみようかな」
アレインはマーケットを練り歩いて、店から出される品を観察する。
それはアレインが前世で見たことがないようなものばかりで、どれも興味をそそられるものだった。
彼はポケットの硬貨を握る。あまり多くは持っていないので、買うとしたらしっかりと見て買わないといけない。
(もっと奥に行ってみよう)
彼はマーケットの奥へと進んでいった。
マーケットの奥はモアド山の近くにあるため日影ができて全体的に薄暗い。
そして、そこで売られている商品はその雰囲気を表すかのように危険なものへと変化していく。
効果や効力の怪しい薬や、いわく付きのアイテム、趣味の悪い製品など多種多様な悪意を感じる。
そして、ある程度奥まで行くと、商品に変化が訪れる。
そこには物ではなく者が置かれている。
ボロボロのゴザの上にみすぼらしい格好の若い女性や子どもが座っている。生気を感じない子もいれば、アレインたちに同情を誘うような視線を送る子もいた。
さすがのアレインもここで何が売られているのか理解した。
奴隷だ。チェイルマーケットの奥は奴隷市になっていたのだ。
何か入ってはいけない所に入ってしまった恐怖を感じてアレインはすぐに踵を返した。
その時、左前方より声が聞こえてきた。内容はよく聞き取れないがうめき声のようだった。
アレインは嫌な予感を感じて確かめに行く。
彼が声の元へとたどり着く。
そこには、主人と思しき高価なスーツを纏った男とそのお付きのメイドがいた。
主人がメイドに手を出している。そうアレインは想像した。だが実際は逆だった。
高身長に目つきの悪いメイドが主人に対して関節技を掛けていた。
「ジーナ止めろ!極まってる、極まってるから」
「ご主人様、またですか。そんな嘘には引っかかりません」
「さっきは悪かった。もうギブギブ……」
苦しみながら主人はメイドにタップして降参する。
「はぁ、私を騙すことがどういうことか理解でき、まし、た?」
「はい、身に染みて……。あ、今嫌な音した。止めて、これ以上はダメ」
メイドは技を解いて主人を転ばした。
「それでは、ご主人様。私は他に御用がありますので、席を外します」
メイドは無様に転がる主人に対して一礼しその場を後にした。
その様子を見ていたアレインは困惑した。
一体全体何が何やら。
とりあえず、恥ずかしい格好で倒れている主人に恐る恐る声をかけた。
「あのー、大丈夫ですか」
ガバッ
「うわ」
突然起き上がった主人にアレインは思わず声を漏らした。
「ジーナめ、ホントにへし折る気だったな……」
主人はストレッチしながら自身の体を確認する。
「骨折ナシヨシ。ん?」
主人は驚いて体が固まってしまっているアレインに気づいた。
「あ、あの、さっき、あなたがメイドさんに関節、技を……」
(どういうこと!?)
事情が事情過ぎてアレインは説明の途中で言葉に詰まる。
「ああ、心配してくれたんだねありがとう」
主人は服についた土埃を手で振り払いながら礼を言う。
「君は……」
主人は彼に付き添うミカエルを見て何かを察した。
「貴族か?」
「え、あ、まぁ、そうですね。一応」
彼はグレイセスと口裏を合わせたことを思い出していた。
「どこから来たんだい?」
「アプリオです。これから帰るところで……」
「アプリオ!いいね、まだそっちには進出できていないんだ」
「進出?」
「自己紹介がまだだったね。僕はルクスウェル・プライ。リーモネを中心に商いをしている。プライ家、聞いたことはないか?」
「う、うーん、ごめんなさい。わからないです」
「そうかそうか、まだ名は通ってないか。……もしアプリオまで事業拡大が進んだらその時はよろしく頼むよ。ええっと」
「アレインです」
「アレインくん、君の家族にも是非とも」
ルクスウェルは笑顔で握手した。
「あ、それで、大丈夫ですか?その、メイドさんがどこかへ行ってしまいましたが……」
「ああ、大丈夫だよ。ジーナはここを良く知っているからね」
敢えて含みのある言い方をルクスウェルはした。
「ジーナが帰ってくるまで時間もあるだろうし、少し話をしないか」
彼はそばの木箱に腰かけて、アレインにも座るように催促する。
アレインも彼の話に少し興味をそそられて着席する。ミカエルは彼のそばに立った。
「プライ家は私の父が一代で築いた成金さ。父は商業の天才でね、どんな分野でも手を出せば成功した。ただ、父には欠点というか、どうしようもない所があって、好色家だったんだ」
「好色家……」
「ようはエロ親父さ。それで、自分自身で娼館を経営して、店の娘をつまみ食いする始末」
ルクスウェルは軽く嘲笑した。
「だからかな。中々色恋のない息子にしびれを切らして俺をここに連れてきたんだ。そして、ジーナと出会った」
「じゃあ、ジーナさんは……」
「ああ、元奴隷さ。今は俺の専属メイドだけどね」
「でも、色恋がなかったってことは恋愛には興味がなかったってことですよね?どうしてジーナさんを……?」
ルクスウェルは思い返すために目を瞑った。
「そうだな……。まず、最初に俺は恋愛に興味がなかったわけじゃない。一途だっただけだ」
「誰か好きな人が……」
「いや、出会えるのを待っていたんだ。……『ルクスウェル物語』という本を知っているかな?」
「知らないです。でも、その名前って……」
「俺の名前と同じさ。小さい頃に同じ名前だったからという不純な理由で読んでいた本なんだ。一人の騎士が仕える姫に一途な愛を通す話。それに感動して彼のような恋愛に憧れたんだ。笑える話だろ」
「そんなことはありませんよ。素敵じゃないですか、一途な愛なんて」
アレインは大真面目に答えた。思ったより真剣な返答にルクスウェルは面をくらう。
「ありがとう。そして、そんな俺はチェイルの奴隷市でジーナと出会って衝撃を受けたんだ。体に電撃が走ったよ。この人だとビビッと来たんだ。今思えばこれが一目惚れってやつなんだろうね」
「い、いいですね。羨ましいです」
アレインも恋焦がれることに関心があった。ルクスウェルの言葉の端々に感じられる喜びが彼には羨ましく見えた。
「俺は早速ジーナを買って専属メイドにした。奴隷に対して不当に扱う奴が増えて奴隷を買う人間を悪く見る人もいるが、そんなことはない。ジーナを苦しめていないからな」
(むしろ、ルクスウェルさんが苦しめられていましたね……)
その時ふと、アレインに疑問が湧いた。
「あれ、でも……。ルクスウェルさん、今日はどうしてここへ?奴隷を買うって目的でもないような……」
「……これはジーナにはオフレコで頼む」
ルクスウェルは一段低い声で警告するように言った。
「実はジーナは奴隷として売られている間に同じく売られていた子に助けられたんだ。絶望し心が折れていた彼女を励ましてくれたみたいなんだ。同じ奴隷でありながら不安さを微塵を見せないで明るく振る舞うその子に心が救われたと言っていたよ」
「じゃあ、今日はその子を買いに……」
「死んだよ」
「え……」
彼は淡々と告げた。だが、その目には憂いが見える。
「その子を担当した奴隷商がひどい奴でね。そいつの調教に耐えられず死んでしまった」
「そんな……」
「ここには、そうやって命を落とした奴隷を葬る共同墓地があるんだよ。ジーナを連れてきた目的はそっちなんだ」
「お墓参りですか……」
「ただ、あいつの性格上素直に目的を言うと行かないからね。『奴隷が利己的な行動はできません』ってね。だからここで仕事があるからってことでついてきてもらったんだ」
(ああ、ジーナさんが言ってた嘘ってこのことだったんだ)
「ルクスウェルさんは本当にジーナさんが好きなんですね」
「ああ、もちろん」
ルクスウェルは満面の笑みを見せた。
「なんせ、一目惚れだからな」
好きと堂々と言える彼をかっこいいとアレインは思った。
「……アレインくんは同類の匂いがするね」
「え?」
「恐らくだけど、君も惚れた相手に同じことをしそうだなって」
「そう見えますか?」
「ああ、誰かに一目惚れしそうだ」
「そうなるといいですね」
二人は笑い合った。
「さて、と……」
ルクスウェルは木箱から立ち上がって伸びをした。
「話を聞いてくれてありが……」
感謝を述べる前にルクスウェルは戻ってきたジーナに肩を叩かれた。
「痛い!」
思わず彼は飛び跳ねた。痛む彼を無視して彼女はアレインに近づいた。
「私のご主人様が迷惑を掛けていませんか」
「大丈夫です。ルクスウェルさんから色々と面白い話を……」
「話し上手が詐欺師の特徴ですからね」
「そんなことはないと思いますが……」
「そ、そうだ。アレインくんとは友達になったんだ」
肩を押さえて涙目のルクスウェルが口を挟む。
「信用なりませんね」
ジーナは疑いの眼差しを向ける。
「しょうがないな……」
彼はスーツのポケットから1枚の紙を取り出してアレインに渡す。
「もし、リーモネに来ることがあったら、この招待状を持ってプライ家の屋敷を訪ねてくれ。客人としておもてなしさせてもらうよ」
「ありがとうございます。いいんですか、貰っても……」
「これはお礼だよ。ジーナが帰ってくるまで(結果として)護衛をしてくれたことのね」
「……あっ」
「チェイルの治安がいいからって、ここで一人になるのは危険だからね」
ルクスウェルは不敵に笑った。
「やっぱり騙してたんですね」
「隠してただけさ。またね、アレインくん」
そう言って彼らは去っていった。アレインは彼らの後姿を見送った。
ルクスウェルの話はその場に留めておくための作り話だったのだろうか。アレインにはそうとは思えなかった。
「本当にご主人様は騙すのが趣味なんですか?」
「人聞きの悪い。善意でやっているんだ。……それで、どうだった?」
「ご主人様に話すことはありません」
「そうか……」
ルクスウェルはジーナの表情が少し柔らかくなっていることに気づいて、顔を綻ばせた。
アレインは集合時間になってグレイセスたちと合流する。
「おや、何か買ったのかい?」
グレイセスはアレインが小脇に何かを抱えていることに気づいて尋ねた。
「はい、本を買いました」
彼はグレイセスたちに表紙を見せる。
「『ルクスウェル物語』、なかなかマイナーな本を選んだね」
「はい、一番興味があった本なんです」
「そうか……ふふ、それならその本に関する面白い話を1つ。その本の主人公のモデルになった人物がいたんだが、その男はクズで毎夜女をとっかえひっかえしていたそうだ」
「え」
「本とは真逆だろ。そんな男がどうしてその本のモデルになったのか、中々興味深いだろ」
グレイセスはクスクスと笑っていた。
(ルクスウェルさんにはこの話はしないでおこう)
アレインは心の中で強く誓った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




