第十四話「モアド山野宿」
シリーズものです。
モアド山はアプリオとオーランを隔てる標高2000メートルの山々がそびえる連峰だ。
アレインたちは馬車がギリギリ通れる標高100メートル付近に身を置いた。
「この山はアレイン君がいた村の森と同じ魔力が漂っている。だから魔力感知による探索の妨害になるんだ」
「動ける僕とグレイセスで、飲み水と食べられる食材を探すから、アレインは彼らが起きたら回復薬を飲ませてあげてくれ」
ミカエルから2本の回復薬を貰ったアレインはそばで横たわる2人を見つめていた。
彼らは鎧下の恰好で葉を敷いた地面で寝ている。肌の見える部分に打撲や内出血の痕が見られ、痛々しさを想像させる。
アレインは木のそばに腰かけ2人が目覚めるのを待った。
いくらか時間が経った。
「う、うぅん……」
アレインはその声を聞いて飛び起きた。
「ボ、ボブさん!」
先に目を覚ましたのはボブだった。彼は重い瞼を開けて周囲を確認する。
「……ここは?」
「後で説明します。今はこの回復薬を飲んでください」
ボブはアレインから手渡された回復薬を飲み、アレインから事の顛末を聞いた。
「そうか、そうだったのか。後でグレイセスさんたちにお礼言わないとな……」
「あの、ボブさん」
「ん?」
「先ほどは僕のためにありがとうございます」
アレインは深く頭を下げてボブに感謝した。
「アレインくん……。いや、僕はただ仕事を全うして……ウッ!」
「どうしました!?どこか痛みますか?」
「どうしよう、アレインくん……すごくムラムラする……」
「は?」
ボブは(下)腹部を押さえて言い放った。
ボブたちは先ほどまで死ぬかもしれない状態であった。そんな状況を経たせいで、ボブには種の保存欲求が高まっていたのだ。
「うぅ……」
チラッ
「うぅ……」
チラッ
「隣のステイシーさんを見ないでください!」
「わかってる、わかっているんだ……」
「ダ、ダメですよそれは……」
「く……我慢だ、我慢……そうだアレインくん」
「はい……」
「猥談しよう」
「いえ、したくないです」
「人助けだと思って……」
「ええ……、何を話すんですか?」
「グレイセスさんと団長遅いよね。……ヤッてんのかな?」
「ボブさん!?」
「お、思わないのか。あの二人の並みならぬ関係を……」
「わからなくはないですけど……」
「絶対シテルヨ、アレハ」
(ボブさん、なんて真剣な眼差しなんだ……なんで真剣な眼差しなんだ?)
「アレインくん、それとなく2人に聞いてくれないか?」
「どうして僕が……」
「だって立場上気まずいだろぉ!団長に聞けるわけないじゃないか。君なら大丈夫だろ」
「グレイセスさんは校長なんですけど……」
「お願いだ。それとなーく、聞いてくれ」
「う……うん……」
2人の声が大きかったのかそばのステイシーが目覚めようとしていた。
スゥ……
ボブはノーモーションで狸寝入りした。
(逃げた!)
「あれ……アレインくん?」
「ステイシーさん、目が覚めましたか?」
アレインは先ほどのボブと同様に回復薬を飲ませ、事情を説明した。
「そうですか……」
「あの、ありがとうございます。僕のために戦っていただいて……」
「それが任務ですから。感謝することではないですよ」
「それでも、体を張ってくれたのは事実ですから」
「優しいんだね、アレインくんは」
ステイシーは穏やかな笑みを浮かべた。
「それにしても団長たちが遅いわ。少し様子を見てこようかしら」
「え、あ、ダメですよ。すぐに動いたりしたら……」
「大丈夫よ。アプリオの回復薬は効き目抜群だから」
「あ、そういえば、さっきグレイセスさんが言ってたんですけど、目が覚めるまで2人に回復薬を使わないようにって……」
「ああ、それはね……」
立ち上がろうとしていたステイシーは改めて座りなおした。
「これは、戦争中のことなんだけどね。意識を失っている兵士に回復薬を使うと、高確率で精神疾患にかかったの」
「精神疾患?」
「そう。目が覚めて、自分の体がわからなかったり、肉体の感覚を失ったり、幻肢痛が起きたり……」
回復薬は人間の自然治癒力をはるかに凌駕するスピードで傷を治す。それは脳の認識を誤認させるレベルだった。重症の傷を負ったのに目が覚めたら回復していた。通常ならあり得ないことが起こり、脳が「この肉体は自分の体ではない」と認識してしまう。それに伴う精神疾患が三国戦争時、どこの負傷兵からも続出していたのだ。
「だから、意識を失っている人間に回復薬はご法度になったの……」
「そういうことだったんですか……」
「アレインくんが知らなくても無理はないわ」
「知らないこと、たくさんあるんですね。でも、これから知っていける」
アレインはますます学校への期待を募らせた。
「そうだね。いいところだよ、セントフルール魔法学校は……」
ステイシーはそばの木に少し背を預けた。
「え?」
「OBなの。私と、そこで眠っているボブは」
「そうなんですね」
「うん、だから先輩として言わせてね。学校生活楽しんでね」
「……はい!」
アレインは満面の笑みで答えた。
「じゃあ、運動のために少しだけ周囲を散策してみようかなぁ」
そう言ってステイシーは立ち上がった。
「安静にしていた方がいいですよ……」
アレインが止めようとする。ステイシーは恥ずかしそうに小声で答える。
「本当は……お花摘みに行きたかったの。アレインくん、止めないで……」
ステイシーは下半身をかすかに震わせていた。
「え、あ!ご、ごめんなさい!全然空気読めなくて!ど、どうぞ!」
アレインは慌てて謝ると、ステイシーを促した。
ステイシーはそそくさと草木の中へと消えていった。
(ああああ!やってしまったあああ!!)
アレインは頭を抱えて反省した。
「ウ・ラ・ギ・リ・モ・ノ」
「ハッ!」
ゴゴゴゴゴゴゴ
殺気のようなものを感じて振り返ると、ボブが名状し難き顔で睨んでいた。
「ボブさん……?」
「仲いい感じになりやがって……」
「え、いやそんなことは……。ボブさん、ステイシーさんと同じ学校だったんですか?」
「そうだよ。同級生」
「え、そうだったんですか!じゃ、じゃあ、二人の方が仲良かったり……」
アレインは話題を逸らした。
「いや、学生時代は接点なくて。この任務で初めて一緒になっただけだが」
「ほ、ほら2人で馬車引いてるじゃないですか。なんか会話とか弾んだんじゃ……」
「ほとんど無言だが?」
「あ……なんかごめんなさい」
「謝るな」
「で、でも共通点あるのはなんかいいですね」
「……わかる。女子と共通点あるだけで少し好きになる」
(わ、わかってしまう……)
「じゃ、じゃあ、今回で仲良くなったらいいんですよ」
「どうすればいいと思う?」
ボブはアレインに抱き着いて懇願する。
「え、と、とりあえず話しかけてみないとダメでは……?」
「な、なんて?なんて言えばいい?」
「そ、それは、えっと……」
「あれ、2人ともいつの間に仲良くなったの?」
お手洗いから帰ったステイシーは尋ねる。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
「いや、まぁ、その、同じ仲間だから」
「なんの?」
(なんの?)
「それは、まぁ、秘密よ」
「ふふ、変なの」
気が抜けた様にステイシーははにかんだ。
「よし、トイレでも行ってくるかな」
その場を逃げる様に照れ隠しの様にボブは立ち上がった。アレインは訝しむ。
「何を出すんですか」
「おしっこだよ!」
その後グレイセスたちは数本のボトルに入れた飲み水と山菜と二匹の小動物を狩ってきた。
その食材で夕食を行い、ボブとステイシーはまだ疲労が回復していなかったのか、すぐに眠ってしまった。
暗い森を焚火がぱちぱちと照らす。森の奥で何かの鳴き声が聞こえる。
アレインたちは火を囲むように座っていた。
「アレインくんも早く寝た方がいい。昨日あまり寝むれていないだろう」
「はい、もう少ししたら寝ます」
アレインは天を仰いだ。夜空には星がきらりと瞬いている。
村から離れた地で初めて星を眺めた。これから経験する初めてを期待させるもののようにアレインの目には映った。
「いきなりこんなことになって申し訳ない」
夜空に想いを馳せていると突然、グレイセスが謝罪する。アレインは顔を戻す。
「いえいえ、今日は助けていただきましたし……」
「しかし、あんな強敵が現れるとはね……」
「あれは……予想外だった」
「あれは、いったい何なんですか?」
「あれは魔術教だ」
「魔術教?」
「魔法を第一主義とする集団だ。強力な魔法を得るために非人道的な実験や禁術にも平気で手を出すイカれたカルト教団」
「アレインが天移魂魄したのも彼らが原因さ」
「君を取り返そうとして今回襲ってきたんだろう」
「それじゃあ、これからも襲ってくるんですか……」
「その可能性は高いね。……ただ今回の戦闘の被害は予想以上に大きかった。これからは逃げることにしよう。この山を沿うように移動してアプリオを目指す。危険があればこの山に逃げ込んで奴らを撒く」
「それなら……」
ミカエルは荷台から地図を取り出して、地面に広げた。
「このルートを通っていこう」
彼は指で山沿いのルートを示した。そしてある町に丸を描いて付け加えた。
「そして、ここにあるチェイルで食料や装備を整えよう。山沿いにある町では一番大きいし、町の治安維持もしっかりしている」
「そうだな。ここを最後に基本は町に入らないようにしよう」
町中で戦闘をすれば周りにも被害が及ぶ。それに、大事となってアレインたちのことがオーラン側にバレてしまうリスクを減らす意図もあった。
「よし、これで決まりだな」
ミカエルは地図を丸めて荷台に戻した。
「これじゃあ、入学までギリギリだな」
グレイセスは額に手を置いて弱っていた。
「まぁ、1週間前には到着できるだろうし、大丈夫だろ」
ミカエルは能天気に言ってのけた。
「あのなぁ、アレインくんの書類手続きや新入生の資料確認、一年間のカリキュラムチェックとやることが山積みなんだよ」
「はっはっは、そういう面倒なことは部下に任せたらいいんだよ。僕は全部副団長に丸投げだからね」
なぜかミカエルは得意げに言った。
「お前の部下になる奴は大変だな」
グレイセスは嘲笑した。
「お2人って仲が良いですよね……昔からの友達なんですか?」
ここぞとばかりにアレインは尋ねた。
ルーベルとボブにお願いされたからというのもあるが、彼自身の興味でもあった。
「あー、腐れ縁って奴だな」
「30年来のね」
「へー、結構付き合いが長いんですね」
「まぁ、僕たちは戦争孤児だから」
突然として出てきた重いワードにアレインは言葉を詰まらせた。
「三国戦争で家族と家を失った僕たちは、アプリオで養子に迎えられて育てられたからね。お互い同じ傷を持つ者同士関わるようになっていったって感じかな」
「あ、なんかすみません。そうとも知らずに興味本位で聞いてしまって……」
アレインは申し訳なさそうに謝った。
「もう過去のことだ。気にしてないよ。それより時間だ。そろそろ寝なさい」
グレイセスはアレインに睡眠を促した。
ばつが悪いアレインは彼女の言葉に従って、毛布に包まり横になった。
彼は改めて思った。
自分がこの世界の常識や歴史を知らないことに。
だがその事実にまたも絶望することはなかった。これから知っていけばいい。学んでいけばいい。
そのための第一歩がセントフルール魔法学校の入学なのだ。
知っていける喜びを、学んでいける喜びを胸に抱きしめながら彼は眠りについた。
翌日、魔術教の追手が来なかったため、彼らは出発の準備に移っていた。
「さて、出る前に少し体を洗っていこう。飲み水を確保した場所がちょうど良くてな」
グレイセスの提案で水を浴びることになった。
「本当ですか!?やったー、昨日から汗で体がベトベトで洗いたかったんですよー」
ステイシーは喜んだ。
「さきに私たちが浴びてくるから、準備の続きと敵の監視を頼んだ」
そう言って女組は水浴びに出かけた。男組は残った準備に取り掛かった。
ちょっとしてボブが真剣な表情でアレインに近づいた。
「アレインくん、行かないか?」
「ボブさん、ダメです」
「一緒に見に行かないか?」
「覗きはいけません、ボブさん」
「想像だけじゃ辛いんだ……」
「この短時間でもうそこまで」
「お前、ないのか、性欲が。興味がないのか」
「ありますけど、理性が勝ちますね」
「こ、この優等生め……。団長、団長は行けるっスよね」
「君僕を変態だと思ってるの?」
「行けないスか」
「……いや、無理だね」
「どうしてっスか」
「グレイセスが覗き対策のトラップしているだろうから難しいよ」
「そうなんスね。グレイセスさんそこのところしっかりしてるっスね……」
「ああ、いや、僕が昔覗きまくったせいでグレイセスにばっちり警戒されちゃってね……」
そう言ってミカエルは哄笑した。
アレインとボブは若干引いていた。
アレインはこの世界の性観念だけは、学ばない方がいいかもと思った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




