第十話「通過儀礼」
シリーズものです。
「いきなり何言うんだ」
アレインは声を荒げて尋ねた。
「……お前、学校行くの諦めただろ」
図星を突かれてアレインの声量が弱まる。
「なんでそれを……」
「グレイセスさんは今日には出発するって言ってたよな」
「ああ」
「じゃあ、なんでお前は準備もしないで仕事の用意をしてんだよ!」
アレインの手には今日の仕事で使う予定である斧が握られていた。
「お前はいつもそうだ。一人で抱えようとする。一人でやろうとする。自分のことを犠牲にしてでも……」
ルーベルは叫ぶ。それは憤りだった。
「違う……。俺が今一番ムカついているのは、諦めたこと。簡単に夢を諦めたことだ!そんなに簡単なのかよ!お前の夢はそんなチンケなものなのかよ!」
アレインは前世でやりたいことがほとんどできなかった。学校に通うことも、友達と遊ぶことも。およそ一般的な子どもが難なくできてしまうことも。
だから自然と諦めることに慣れてしまった。諦め癖がついてしまっていた。
「そんなことはない。僕の夢は貴いものだ」
アレインははっきりと本心で答えた。
「じゃあ、何で!」
「僕の夢と今回のことは別だ。今この村は獣たちと盗賊問題に板挟みだ。僕がいなくなれば危険になる。だから残ると決めたんだ」
ルーベルはアレインを指して怒る。
「その!冷静に判断しているのも気に入らない!チャンスがあって!何でそんな落ち着いた思考ができるんだ!ぐぅあー!」
ルーベルは怒りのあまり言葉がうまくまとまらなかった。
(若い……)
アレインはそう思った。
前世で17年。この世界で10年過ごした。彼の精神は大人のように現実的な思考になった。
夢のために魂を燃やして猪突猛進するほど若くはなかった。
「……知ってる。お前が意外に頑固だってことを。どうせそう決めたら変えないんだろ」
「わかってるじゃないか」
「だから強引に変えさせる」
「……別にこの二件が終われば学校に通うよ。何も今回だけじゃない。それだけだよ」
「次は……いつだよ」
アレインの眉根がピクリと動いた。
「すぐに解決する問題なのかよ。次が絶対にあるのかよ。これが最初で最後かもしれないだろ」
「ルーベル」
未来のことなど誰にもわからない。ルーベルはこの千載一遇を逃すことを惜しいと考えていたのだ。
「決めた。この決闘でお前が負けたら、二度と学校に通おうとするな」
「な……」
「次のチャンスはなかったってことだよ。心配するな、勝てばいいだけだ。勝てばアレインの好きにすればいい」
「……本気なのか?」
「もう16だ。こんな冗談を言う歳じゃない」
ルーベルもまた変な所で頑固だった。アレインはそれを理解している。
アレインは斧を投げ捨てた。そして拳を固めて構えた。
「決闘成立だな」
ルーベルが剣を構えた。
「いくぞ」
ルーベルの一言でアレインの握る拳に力がこもる。
次の瞬間、ルーベルが急接近する。
その気迫とスピードにアレインの反応が遅れた。
ブォン。
剣が空を切る音。
ブォンブォン。
連撃は続く。
アレインは必死に後退するのがやっとだった。
剣のスピードから本気の振りだと理解した。
目の前で凶器が振り回されている。身体にかかるストレスは相当だった。すでに呼吸が乱れ始めた。
だが、剣を振り回しているルーベルもまた体力を消耗していた。
魔法が使えるアレインと遠距離戦は悪手だ。だから接近戦に持ち込む。アレインに一呼吸を置く暇を与えれば、魔法が飛んでくる可能性が格段に上がる。体力が続くうちに接近戦の短期決戦。これがルーベルの勝ち筋だった。
だからなかなか当たらない攻撃に焦りが出てきた。
足元の意識が薄れたとき、彼は躓いた。さらに剣の遠心力で体勢は大きく崩れた。
隙を見てアレインは距離を取った。
アレインにアドバンテージのある遠距離だ。
「止まれ!」
アレインはルーベルに魔法をかけた。
ルーベルの体が止まる。
魔法がかかってしまえば、アレインの勝利と言っても過言ではなかった。
アレインは安堵の息を吐こうとする。しかし、すぐに彼の頭上が陰った。
顔を上げる。
それはルーベルの剣だった。彼の剣がアレインに向かって回転しながら飛んできていた。アレインの魔法がかかる前にルーベルが投げていたのだ。
アレインは咄嗟にその剣を止めるためにルーベルの魔法を解除してしまう。
これによって剣は空中で制止するが、ルーベルが自由になる。彼はすぐに距離を詰め、アレインの腕と腰を掴み投げ飛ばした。
そのまま地面に倒れたアレインに馬乗りになった。
武術的な技術を持ちえない限り、マウントポジションからの脱出は困難だ。
ルーベルは力任せに殴る。アレインは腕を重ねて防御するのに精いっぱいだった。
このままだとアレインはジリ貧で負けるだろう。しかし彼には魔法がある。
「吹き飛べ」
ルーベルの体は2メートル後方に飛ばされた。
アレインは急いで立ち上がった。ルーベルは近くの剣を掴んだ。
二人は肩で呼吸する。一端乱れた息を整えた。二人の呼吸が少し落ち着くのは同時だった。
ルーベルが仕掛ける。
彼は上空にモノを投げる。
先ほどの剣の刷り込みでアレインは上空を仰ぐ。それは木の枝だった。
上空へ意識を向けさせてから、低姿勢からの逆袈裟切り。
ルーベルの動きは完璧だった。
問題だったのはそこに乱入者が現れたことだった。
「グオオオオオ!!」
雄たけびを上げてそれは来た。
アレインたちに向かって突進する。
アレインは咄嗟に腕で、ルーベルは剣で受け止めた。それでも二人は吹き飛ばされた。
二人はすぐに立ち上がりそれを確認した。
忘れもしない。
それは10年前、彼らを襲ったあの熊だった。
体は5メートルまで大きくなっている。背中には火傷の跡があった。
「ルーベル」
「斧を貸してくれ」
アレインは魔法で斧を引き寄せ、ルーベルに渡した。
「アレイン、悪いがこいつと一対一でやらせてくれないか」
「なに言って……」
「こいつを一人で倒せたらよ、俺一人でも村を守れるよな」
そう言って不敵に笑うルーベルに対してアレインは彼を止めることができなかった。
「よぉ、10年ぶりだな」
ルーベルは熊にゆっくりと近づく。
左手に斧、右手に剣を持っている。右手の剣は先ほどのタックルによって折られ、30センチほどの棒になっていた。ただ、先端は鋭利なままであったため、突き刺すことは可能だった。
「グオオオオオ!!」
熊が立ち上がり、ルーベルに威嚇する。
「あの時と同じだな。あの時はただただ怖くて、怯えて、逃げることしかできなかった……。だが、今は違う!」
ギュッ
両手に力がこもる。
「来い」
熊は体勢を四足歩行の状態に戻し、ルーベルに向かって口を開いた。
「ルーベル!あれが来る!」
「わかってるよ」
忘れもしない。10年前アレインを追い詰めたあの蛇のような舌と電撃だ。
ルーベルは斧を順手で剣を逆手で持った。
ビュッ!
蛇の舌が飛び出る。彼は左側へ飛び跳ねた。
紙一重で舌の攻撃を避けた。ここまでは十年前のアレインと同じだった。
「ルーベル!」
アレインが叫ぶ。次の電撃が来る。
「うおおおおお!」
電撃が発動するよりも速く、ルーベルは剣で舌を突き刺し、そのまま地面へと固定した。
「グオオオアアア!」
熊が苦しい声を上げる。
ルーベルは間髪入れずに接近を試みる。
熊もすぐに状態を立て直して反撃に出る。
斧を両手持ちに替えて近づく。
熊が右の鉤爪を振り上げて迎撃する。
右手の一振りが繰り出された瞬間、ルーベルは頭を下げて避ける。低姿勢の位置からの逆袈裟切り。先ほどアレインに決めきれなかった技だ。
ザシュ
斧は熊の右脇腹を切った。
「グウウウウ……」
熊が苦しい声を上げる。
ルーベルは踵を返して攻撃を続ける。
後ろから飛び跳ねてうなじ目掛けて斧を振り下ろした。
熊は振り返ろうと首を動かしたが、固定された舌のせいでうまく回すことができなかった。
その一瞬が勝敗を分けた。
ザクッ!
ルーベルの全体重の乗った一振りは、熊の首を大きく切った。
傷口から勢いよく鮮血が噴き出す。
熊は段々と立つこともできなくなり、そのまま地面へと倒れた。
「はぁ……はぁ……」
ルーベルは緊張の糸がほどけてそのまま地面にへたり込んだ。
アレインが彼のもとに駆け寄ろうとしたとき、別の魔力を感知した。
「カアアアアア!!」
顔が炎に包まれた鳥がルーベルに向かって突っ込んでいった。
ルーベルは気が抜けて動けない。彼に鳥がぶつかる寸前だった。
「止まれ!」
鳥は空中で静止した。
「クカァ!?」
アレインが魔法で鳥を止めたのだ。
鳥の顔の炎は消え、困惑した様子を見せている。
アレインは歩いてその鳥の前に立つ。
彼は怒りの表情で鳥を睨みつけた。
「ぶっ飛べ!」
鳥はアレインの魔法で遥か彼方まで飛んで行った。
「へへ……。お互い一体ずつ倒したな」
ルーベルがアレインに声をかける。
「本当に肝が冷えたよ」
「だけど勝ったぜ」
ルーベルは笑顔でピースする。
「勝負は……まぁ、引き分けかな」
「あ、そうだった。決闘の途中だった。それじゃあ、この話はなかったことで……」
「そうは言ってもな……。そうだ、『次回学校に行く』、『次回以降学校に行けない』の間を取ろう」
「あいだ?」
「今、行けよ」
アレインの心臓がドクンと脈打つ。
「やっぱりさ、学校行けよ。俺一人でも、勝てるんだからよ」
「でも……」
「とりあえずさ、獣問題は解決したんだ。お前が危惧した問題は残り1つだろ。後は俺がやるよ」
「あ……、あの鳥はたぶん、倒してないからまた戻ってくるかも……」
「ツキソイワシは……」
木々の間からグレイセスたちが近づいてきた。
「強い魔獣に群れて勝手に狩りをする小心者だ。ベルアリングスを倒したルーベルくんと自身を吹き飛ばしたアレインくんを見て、もうここには近寄って来ないだろう」
「あ、どうしてここへ」
「アレインくんが家にいないこととこの近くで魔力の反応を感知したからかな」
「それにしても……」
ミカエルがそばで倒れているベルアリングスを見て感心する。
「魔法も使わず倒すとは、君もなかなか凄いね」
「へへ……そうですか?」
ルーベルは嬉しそうに照れた。
「でも、こんなに大きな個体は見たことありませんね」
ステイシーはまじまじと死体を見つめる。
「それはおそらく、この森の影響だろうな」
グレイセスは禁じられた森へと視線を向ける。
「あの森で魔力を蓄えていたんだろうな。うむ、やはりこの森はいつか調査する必要があるな。国に戻ったら、ライ村までの地図の作成と調査団の派遣を……」
グレイセスはぶつぶつと考え込んだ。
「この死体どうしような……」
「それは地面に埋めとくといいかもね」
ミカエルが答える。
「これくらいの魔力がある魔獣は死んでも魔力が身体に残るからね。埋めておけばその魔力によって他の魔獣が警戒して近寄ってこなくなる。このベルアリングスなら1年は効果があると思うよ」
「おお……、これなら獣問題は解決だな」
ルーベルは満足そうだ。
「む……そうだ。何だか揉めてたみたいだが、そろそろ回答してくれないか?」
「はい……」
グレイセスが問う。それはアレインの決断についてだった。
「あの……」
アレインの両手に力がこもった。
(ルーベルと話して、あんな本気を見せられて……。僕は自分の気持ちを隠したり、嘘ついたりできない!)
「あの、僕、学校に通いたいです!だから僕をその魔法学校に連れて行ってください!」
アレインはグレイセスたちに深々と頭を下げた。
その様子を見てルーベルは満面の笑みをした。
その後、ベルアリングスを埋めて、家に帰り、荷支度をした。
「皆さん、お世話になりました」
村の入り口で、村のみんなが送迎に来てくれた。
「うむ、色々と学んでくるだぞ」
村長は村長らしいアドバイスを送る。
「お父さん、お母さん、いってきます」
「おう、頑張れよ」
「病気には気を付けてね」
グレイセスが村長に何かを手渡した。
「村長、これを渡しておきます」
「これは?」
それは、角の生えた大きめの鳥が入った鳥籠だった。
「これはゴークスという鳥です。手紙を書いてこの専用袋に包んで食べさせます。一定の大きさの餌を食べたゴークスは帰巣本能で私たちの国まで手紙を届けてくれます。今はまだ、アプリオからの手紙の運搬ルートが確立していないので、一方的にしかなりませんが、アレインに手紙が送れます。良ければ使ってください」
「うむ、お心遣い感謝する」
村長はそのゴークスを受け取った。
「では、私たちはそろそろ出発いたします」
「あ、グレイセスさん、少しお願いがあるんですが……」
「ん?何だ?」
「できれば、グレーフというところに寄りたいんです。そこでお世話になった人がいるのでお礼を言いたいんです」
「グレーフなら道中通るから大丈夫だよ」
ミカエルが代わりに答えた。
「ありがとうございます」
「ふむ、グレーフに寄るのか……」
その話を聞いていた村長が話に入ってきた。
「実は今日、グレーフでの買い物をしようと思っておったが……。ルーベルすまんが代わりに行ってくれんか」
村長はルーベルを指名した。それは村長なりの気遣いだった。
「え?」
「これを買ってくれ」
村長がメモを差し出す。
彼の意図を察してメモを受け取ったルーベルは、アレインたちに振り向いた。
「そういうわけみたいだ。アレインあとちょっと頼むぜ」
「ああ」
アレインとルーベルは笑い合った。
アレインの学校までの旅が始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




