黒幕登場
この小説は『悪役令嬢に転生したら正体がまさかの殺し屋でした』と同じ世界観のお話です。
竜の巨体が上空から落ちてきたら、建物も人間もひとたまりもない。
皇帝とフィアは共に優れた魔術師だが、二人とも攻撃に特化しているためあの巨体を浮かせる術はない可能性が高い。
魔術で燃やすにしても、時間が足りず灰になる前に地に着いてしまうだろうし、斬り刻んだとしてもそれなりの大きさの物が落下すれば被害は免れない。
仕方ない。
俺が魔術を使えるということはトップシークレットだが、緊急事態だ。
俺は両手を突き出した。
「風操魔術!」
突風が吹き、竜の巨体を支える。
浮かせ続けるには重すぎるため、落下速度を緩め、静かに中庭に降ろすことにする。
「……ふぅ」
息を吐く。
竜を、被害を出さずに地面に降ろすことは成功した。
が、やってしまった。
ついに皇帝の前で魔術を使ってしまった。
今はフィアが筆頭魔術師の座に就いているため、すぐに賢者の地位を失うことにはならないと思うが、ずっと秘密にしてたことを責められる可能性はある。
と、俺の前に皇帝が降りてきた。
その姿に俺は目を瞠る。
左肩にマルクを担ぎ、右腕にネオを抱えていたのだ。
「……えっと?」
「お前が間に合わなかった時のためにコイツらだけは避難させたが、杞憂だったな。あ、コイツを気絶させたのは俺じゃなくてネオだぞ」
皇帝は晴れやかに笑う。
マルクは気を失っており、腰をがっしりと抱かれている状態のネオは硬直している。
「俺が間に合わなかった時って……え、皇帝陛下、俺が魔術を使えるとご存知だったんですか?」
「ああ、お前が隠しているようだったから知らんふりをしていたがな。バレバレだったぞ?」
後頭部を思い切り殴られたかのような衝撃だ。
俺が必死で隠してきたことを、皇帝は知っていた。
知っていた上で、何も言わずに賢者の地位でいさせてくれていたというのか。
「いやー、ケンジャがなんとかしてくれて助かったな! あれ? ネオ?」
フィアが遅れて戻って来て、皇帝の腕の中にいるネオに目を瞬いた。
ネオははっとして、皇帝の胸を押しやって距離を取る。
「咄嗟だったからな」
苦笑しながら言い訳のように呟いて、皇帝はマルクを床に転がす。
というか、ネオのことは怖くないのだろうか。
怪訝に思った俺がネオを見ると、彼女はふいと視線をマルクに向けた。
「……コイツが、混沌竜を呼び寄せた犯人よ」
「混沌竜を呼び寄せた?」
そんなことができる魔術師がいるのか。
召喚魔術はさほど難しくなく、あらゆるものを召喚できるが、強い魔力を持った者であればそれを拒否することができる。
強大な魔力を有した竜が、ほぼ召喚に応じてはくれないのは、魔術師の間では常識だ。
ただ、竜の血を引く竜人族であれば、竜を呼び寄せることもできると聞いたことがある。
「……まさか、竜人族なのか?」
竜人族は獣人族よりもさらに稀少で、移住を繰り返しながらひっそりと暮らしているため、ほとんど出会えない民族だ。
「おそらく、純血ではないけど、竜人の血を引いているのは間違いないでしょうね」
「何故わかる?」
「それは私が竜人だから」
ネオは真顔でそう答える。
「え、は? 竜人?」
そんな設定はなかったはずだ。
ただ、主要キャラではないネオのバックボーンは『謎に包まれている』という風にぼかしていたので、竜人であったとしても矛盾はない。
「まぁ、私はハズレなんだけど」
「ハズレ?」
意味深な言葉に思わず聞き返すが、彼女は答えずにマルクに視線を戻す。
「私の推測だけど、ブルーバード公の隠し子じゃないかしら。母親が竜人族だったんだと思う。ブルーバード公国の北東に、昔竜人族の集落があったから」
「……ジェンキンスの隠し子?」
それ自体はあり得る話だ。
ジェンキンスの隠し子ということは、ソフィの異母兄弟ということになる。
その縁で彼女に逆らえず、フーガ王国付近の森に棲む魔狼の群れを操り、帝都を襲わせた。
そう考えれば辻褄も合う。
竜人の血を引いているならば、魔狼の群れを操れる程の魔力を有していてもおかしくない。
ソフィは父であるジェンキンスを唆し、エランとエリーゼを抱き込み、マルクが魔狼を操り帝都を襲わせている間に、皇帝暗殺に協力させて、失敗した場合はエランとエリーゼに罪を被せるつもりだった。
ところが、魔狼を操っていた犯人の魔力を察知したフィアが、エランとエリーゼと共にいるマルクも捕らえてしまった。
計画が狂ったソフィは、マルクを脱獄させて混沌竜を呼び寄せるよう命じた。
何のために混沌竜を、そう考えた瞬間にはっとする。
魔狼の群れに帝都を襲わせたのは、何のためだったか。
隙をついて皇帝を暗殺するためだと推察していたではないか。
皇帝を振り返った瞬間、柱の陰から何かが飛び出した。
光る何かを持った影が、皇帝に突進する。
ダメだ、防御魔術も間に合わない。
そう思った瞬間、影は光るそれを皇帝に向けて突き刺した。
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