混沌竜の襲来
この小説は『悪役令嬢に転生したら正体がまさかの殺し屋でした』と同じ世界観のお話です。
結界は破られなかったが、結界を張った皇帝は忌々しげに舌打ちした。
「この気配、混沌竜か……もう一発喰らったら破られるな」
呟いた直後、窓から飛翔魔術で飛び出していく。
フィアが更に続く。
俺はネオと顔を見合わせ、とりあえず窓から身を乗り出して様子を見る。
城の上空では、漆黒の巨体が宙を舞っていた。
蝙蝠のような巨大な翼がはためく度に、突風が起こり空気が唸っている。
「混沌竜!」
「デカい!」
昨日フィアが退治してきたものより二周りは大きい。
漆黒の竜は、そのぎらぎらした深紅の眼を皇帝に向けている。
その竜を見て、ネオが目を細めた。
「昨日フィアが退治した奴の親かもしれない」
「可能性はあるな。子竜の魔力を辿ってここまで来たか」
万が一皇帝に何かあったら非常にマズい。
しかし俺は、皇帝の前で魔術は使えない。
「……心配しなくても、フィアがいれば大丈夫よ」
俺の心を見透かしたかのように、ネオが淡々と言う。
「……そもそも、あの皇帝がそう簡単にやられるとは思えないけど」
彼女の視線の先では、皇帝が不適な笑みを浮かべて混沌竜と対峙している。
確かに、あの皇帝ガルイースが負ける様は想像つかない。
まして、今は彼の隣にフィアがいる。
「……ん?」
ふと、妙な気配を感じて視線を巡らせる。
城の北側の塔の上に、銀髪の人影を見つけた。
「……マルクか」
「逃げ出したっていう魔術師?」
「ここからだと顔まで見えないが、おそらく間違いない。混沌竜襲来に乗じて何かするつもりかもしれない」
「なら私が行ってくるわ」
言うが早いか、ネオは窓から身を乗り出すと、ひょいと跳躍した。
魔術が使えないはずの彼女は、城の屋根や壁を蹴って、いとも容易く北側の塔まで到達した。
「……すげぇ」
ネオの身体能力はずば抜けている。皇帝直属の騎士団長キースをも凌ぐかもしれない。
「ん?」
ネオが、塔の上の人物と何か言い合っている。
彼女が双剣を抜いたのが見えたところで、上空の混沌竜が咆哮し、思わずそちらを振り返る。
鋭い牙を備えた口元に光が集まる。
マズい、魔力の塊を放出して攻撃するつもりだ。
先程の衝撃もそれだろう。もう一発喰らったら、城の結界が破られると皇帝が呟いていた。
いざとなったら、俺も魔術を行使して皇帝の援護をしなくては、と思い身構えた次の瞬間。
「攻撃魔術! 雷!」
皇帝の凛とした声が響き、彼の手から一筋の雷が放たれた。
それは雷鳴を伴い、凄まじい威力で竜に直撃する。
魔力を喰らう混沌竜には、半端な攻撃魔術は通じない。
しかし、一定以上の威力を持った攻撃であれば効く。
混沌竜は身を捩り、大きく息を吹いて雷を吹き飛ばした。
皇帝の攻撃魔術は、一撃で仕留めるには至らなかったが確実に効いている。
「次はアタシの番だな!」
皇帝と並んで滞空していたフィアが、楽しそうに右手を振り上げる。
「攻撃魔術! 炎刃!」
空中に炎の球が無数に顕現し、刃と化して竜に向かっていく。
竜は魔力の籠った吐息でそれらを吹き飛ばそうするが、数が多すぎてやがて全身を炎に包まれた。
「やるじゃないか。じゃあ、トドメといくか」
皇帝も楽しそうに微笑み、右手を竜に向ける。
魔術師が戦いたくない魔獣ランキングでぶっちぎりナンバーワンである竜の中で、最も厄介な混沌竜を相手に、ここまで圧倒するとは、この二人の強さたるや、俺でも恐ろしく思う。
「攻撃魔術! 無限雷嵐!」
それは皇帝が持つ中で、最も威力がある最強の攻撃魔術だ。
先程の雷がまるで虚仮威しだったかのような錯覚に陥る程、膨大な魔力が渦を巻き、雷の嵐となって混沌竜を包み込んだ。
雷鳴と、竜の断末魔が響き渡る。
それを見た皇帝が、「あ、やべ」と言うような顔をした。
その表情の意図を、一拍遅れて理解する。
空中で竜が死ねば、その巨体はそのまま地上に落下する。
今、竜がいるのは、城の北側の上空。
そのまま落ちれば、城の二割はタダでは済まない。
城の結界は、魔力による攻撃に特化している。物理攻撃もある程度は防いでくれるが、竜のような巨体を支え切れるとは思えない。
しかも、その下には今、マルクとネオがいる。
「ネオ!」
彼女の存在に気付いたフィアが叫ぶ。
次の瞬間、絶命した混沌竜が浮力を失って真っ逆さまに落下した。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援頂けると励みになります!




