踊り子と町娘
この小説は『悪役令嬢に転生したら正体がまさかの殺し屋でした』と同じ世界観のお話です。
書状を受け取ったフィアは、不敵な笑みを浮かべて踵を返した。
「よし! じゃあ今から行って来る!」
「おい、念のため言っておくが、お前はディーヴェス帝国の代表として行くんだからな。余計なことはするなよ?」
「わかってるよ」
フィアは軽くあしらうように言い、ハラハラと手を振って去っていく。
ネオが俺に何か言いたげに一瞥をくれたが、結局無言で相棒についていってしまった。
「……アイツに行かせたのはまずかったか?」
何だか急に不安になってきた。
あの様子からして、フィアは混沌竜に挑むだろう。
半端な魔術による攻撃は逆効果、物理攻撃にも強い混沌竜だが、俺と同等かそれ以上の魔力量を誇るフィアの攻撃なら効くはずだ。
心配すべきは彼女の安否ではなく、外交問題の方だ。
アヴェンタドール国王に対する態度と、書状を渡す前後のやり取り次第では、帝国との関係が悪くなってしまう。
まぁ、現時点で取引はなく、既に国交関係は最悪と呼べる状態なので、これ以上悪化することもないと思うが。
いずれにせよ、アヴェンタドールのことをフィアに任せた以上、今の俺にできるのは皇帝の花嫁を探すことのみだ。
気を取り直して、町娘と踊り子を探そう。
そう考えた瞬間、俺の腹が盛大に鳴った。
辺りを見渡して誰にも聞かれなかったことに安堵する。
よく考えたら、朝食以降何も口にしていなかった。太陽の位置から察するに、もう夕方近いだろう。
俺は空腹を満たすため、帝都の食堂へ向かった。
召使いに命じれば何時であっても食事の用意くらいしてもらえるが、今は庶民的なものが食べたい気分だった。
俺が賢者クロードだとバレると厄介なので、人目につかない所で自分に変化魔術を掛け、髪を褐色に、瞳をグレーに変えてから店に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ!」
笑顔で出迎えた店員。その顔を見て、俺は愕然とした。
褐色の髪を高い位置で一つに束ね、活発そうな笑顔の似合う、グレーの瞳の女性。
攻略対象の町娘、クロエ・シグネットだ。
確かにクロエは帝都に住む町娘だが、ゲーム中では働いているのは食堂ではなく花屋だったはずだ。
「空いている席にどうぞ」
笑顔を向けられ、俺は動揺を悟られぬよう、そそくさと一番奥の席に座った。
一番人気の焼肉定食を注文して、厨房に戻って行くクロエの後ろ姿を目で追いかける。
「お兄さん、クロエちゃんのこと見過ぎよ」
隣の席から声を掛けられ、びくりと肩を震わせる。
そちらを振り向き、絶句した。
妖艶とも言える笑みを浮かべてこちらを見ていたのは、絹糸のような金髪と紫の瞳の美女だった。
ステラ・ヴィラージュ。
ゲームの攻略対象者の一人、踊り子だ。
「何で……」
こんな所に、と言い掛けて慌てて口を噤む。
皇帝が出会うのは、遠征時に立ち寄った西方の国の港町だ。
護衛の目を掻い潜って一人町に繰り出した皇帝は、人混みの中でステラと出会う。素性隠して食事をして、彼女の踊りを見た皇帝は、彼女気に入り連れ帰ろうとする、という流れだ。
帝都の食堂などでは断じてない。
二の句が告げない俺に、ステラは怪訝そうに首を傾げる。
「やだ、そんな見つめられたら照れちゃうわ」
彼女はハスキーボイスで笑う。
前世の推しキャラとこんな形で出会い、複雑な気持ちになりつつ、どう返答すべきかを必死に考える。
「……失礼、あまりに綺麗な方で、驚いてしまって」
ありったけの知識と演技力を総動員して、フェミニストを装う。
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。なら、どう? 今夜空いてるかしら?」
衝撃的な誘いに再び言葉を失う。
おい神この野郎! ステラはそんなキャラじゃねぇ!
そう叫びたくなるのを必死で堪えて、平静を装いながら答える。
「とても魅力的なお誘いですが、今夜は仕事がありまして……」
嘘ではない。賢者はいつでも仕事中のようなものだ。
「あら、アタシの誘いを断るの?」
不満そうに唇を尖らす。
無駄にエロいその表情に、思わず絆されそうになってしまう。
今日は休みなのか、踊り子の衣装ではなく、ゆったりとした服装なのが惜しいとさえうっかり思ってしまった。
「ちょっとステラ! 店でナンパするなって何回言えばわかるのよ!」
呆れたような声と共に、クロエが料理を運んできた。
料理をテーブルに置きながら、申し訳なさそうに眉を下げる。
「お客さんすみません。コイツちょっとアホで……」
「アホって何よ!」
「アホだからアホって言ってるのよ!」
言い争いが始まってしまい、俺は呆然とする。
この二人に知り合いだという設定などない。
キャラクターの性格だけでなく、働く場所や交友関係にまで変化が出てきているとなると、いよいよ前世のゲーム攻略情報が役に立たなくなってくる。
「お客さん、一応忠告しておきますけど、この子だけはやめた方が良いですよ」
「ちょっと! 余計なこと言わないでよ!」
すかさず反論するステラだが、俺はクロエの言い方が引っ掛かった。
「やめておいた方が良いというのは?」
チャラいからか、貢がされてポイされるからか。
そう予想した俺に、クロエはさらりと、とんでもなく衝撃的な回答を口にするのだった。
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