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皇帝と女盗賊

この小説は『悪役令嬢に転生したら正体がまさかの殺し屋でした』と同じ世界観のお話です。

 ネオが制止しようとしたが、フィアはそれを無視して右手振り翳した。


破壊魔術インテリタス!」


 次の瞬間、ガラスが砕け散るかのように、城に張られていた結界が散り散りになった。


「っ! 結界がっ!」


 驚く俺をよそに、皇帝は徐に立ち上がった。


「面白い」


 言うや、皇帝は右手を突き出す。


捕縛魔術キャプティス!」


 皇帝が唱えた瞬間、彼の凄絶な魔力が吹き出し、フィアを握り込むように包んだ。

 皇帝の魔力に絡みつかれた彼女は、身動きを封じられて愕然とする。


「っ! 馬鹿な! 振り解けねぇ!」

「俺の捕縛魔術からは逃げられんぞ」


 あっけらかんと答えた皇帝は、続けて右手を頭上に掲げる。


結界魔術オービシェ!」


 つい先程破られたのと同じ結界が、強度を増して再び張り巡らされた。


 先代の筆頭魔術師が全力を注いで作り上げたものよりも強固な結界を、皇帝はその場しのぎのような気安さで織り成してしまったのだ。


「さてと……フィア・チャージャー、お前はかなり有能な魔術師だな」

「それがどうした」


 今にも噛みつきそうなフィアに、皇帝は笑顔で詰め寄る。


「よし、お前、帝国の筆頭魔術師になれ」

「……は?」

「え?」


 フィアが間の抜けた顔をすると同時に、俺とネオの口からも声が漏れた。


「お前程の魔術師はそういない。実力だけで言えば、充分筆頭魔術師の座に相応しい」


 皇帝からの賞賛に、俺の後ろにいたはずのネオが床を蹴った。

 一瞬にして皇帝との間合いを詰め、二本の魔剣を振り被る。


 しかし。


「良い動きだ。だが、甘いな」


 皇帝がどう動いたのか、俺には見えなかった。

 ほんの瞬き一回の間に、ネオの両腕を後ろ手に掴み上げていた。


「っ!」


 ネオは顔を歪める。


「噂の女盗賊、フィアとネオ。なかなかの腕前だ。ますます気に入った。フィアを筆頭魔術師、ネオをその補佐としよう」


 皇帝は不敵に微笑み、ネオの手を離す。

 解放されたネオは、僅かに狼狽えた様子でフィアを見た。


「……フィア、どうするの?」


 フィアは今にも爆発しそうな顔で怒りを噛み締めている。


「このアタシがっ! テメェなんかに……!」

「おや? 決闘を申し込んできたのはお前だろう? 俺が勝ったんだから、俺の言うことを一つ何でも聞く約束だろうが」


 心外そうに眉を寄せ、皇帝は腰に手を当てた。


「納得できないと言うなら、何度でも勝負してやるぞ。何回負けたら納得する?」


 自分が負けるなど微塵も思っていないその表情と、その自信を裏付ける強大な魔力。


 これが皇帝ガルイースだ。


 フィアの魔力も彼に匹敵すると思っていた。

 しかし、いざ比べると格が違う。


 強い魔力を持って生まれる転生者であるはずの俺でさえ、足元にも及ばない。


「……くっそ……」


 品のない悪態を吐くフィア。


 魔術師同士の決闘において、口約束はただの口約束ではなくなる。

 これも一種の誓約であり、破るとその度合いに応じたペナルティが課せられる。


 自分から言い出した約束を丸ごと破棄した場合は、死ぬか魔力を全て失うかのどちらかだろう。


 暫しの沈黙の後、フィアは小さく頷いた。


「わかった。決闘に負けたからには、約束は守る」


 えぇぇ、マジかよ。

 俺は言葉を失う。


 皇帝が筆頭魔術師にフィアを指名したことも驚きだが、フィアがそれを受諾したこともまた驚いた。

 まぁ、受諾しなければ死ぬかもしれないから、当然の選択ではあるのだが。


「決まりだな」


 勝ち誇った顔で頷いて、皇帝は俺に向け指で近くに来るよう示した。


「陛下、本気ですか? 盗賊を筆頭魔術師にするなんて……」

「ああ、本気だ。優秀な人材に、出自は問わないからな。実際、筆頭魔術師になるために必要な魔力量は大きく上回っているし、城の結界を破れるくらいだから、攻撃防御治癒移動、どの魔術も問題なく使えるだろう」


 本気の目だ。これは俺が何を言っても聞かないだろう。


 皇帝が差別をしないというのはよく知っている。

 だが、だからと言って、盗賊を筆頭魔術師に引き入れるなど、流石に問題ではないか。


 しかし、俺の考えを知ってか知らずか、皇帝はけろりと続ける。


「という訳だ。二人に城内の案内と、筆頭魔術師としての最低限の役割について説明しておけ」

「承知しました……ルーナはいかがでしたか?」


 声を潜めた俺に、皇帝は一連の流れに完全に取り残され呆然としている獣人の娘を一瞥する。


「ああ……初めて、俺に対してぎらついた眼を向けない女に出会ったが……何かが違う」


 初めて聞く感想だが、その「何が違う」が全てな気がした。


「違うって……あ、フィアはどうです?」

「悪くはない。女が皆ああなら、俺も気が楽なんだがな。だが、花嫁となると、また別だ」


 皇帝は小さく溜め息を吐く。


 つまり、ルーナもフィアも「皇帝の花嫁の座を得ようとするぎらついた眼」ではないということか。

 とはいえ、今の様子ではフィアも花嫁候補にはならなさそうだ。


 俺は仕方なく頷いて、三人を伴って玉座の間を後にした。

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