囚われの乙女達
この小説は『悪役令嬢に転生したら正体がまさかの殺し屋でした』と同じ世界観のお話です。
風が止み、俺は改めて神父を振り返った。
「祭壇の下に地下室……ロージスト教ではそれが当たり前なのか?」
神父が唇を噛む。
俺は神父がなりふり構わず攻撃してくることを懸念して、右手を突き出した。
「催眠魔術」
神父は抵抗することもできず、その場に倒れ込んで寝息を立て始めた。
このタイミングでもしも信者や一般市民が入ってきたら厄介なので、念のため教会の扉を閉めて内側から鍵を掛け、それから地下へ向かうことにする。
石畳の階段が暫く続き、辺りが真っ暗になったところで、俺は魔術で手元に明かりを灯した。
やがて階段が終わり、長い廊下が現れる。
先の方に、ぼんやりとした光が見えた。
警戒しつつ歩みを進めると、突き当たりの手前に鉄格子があるのが見えた。
地下牢か。
眉を顰めつつ、牢の中を覗く。
案の定、先程風を読んで視えた、複数の少女が鎖で繋がれている光景がそこにあった。
俺の存在に気づいた一人が、はっと顔を上げ、怯えた表情を見せる。
「お前達は何故捕えられているんだ?」
なるべく穏やかな口調を心掛けながら問うと、少女達は互いに顔を見合わせた。
「神父に攫われてきたの」
一人の少女が答える。
見たところ十代後半で、一番年長そうだ。
「何のために?」
「売るって言ってたわ。貴族が高く買うんですって」
「……ほう?」
それは聞き捨てならない。
賢者として、その人身売買に関わっている貴族を許す訳にはいかない。
とはいえ、そういった事件の捜査は自分の仕事ではない。
早急に捜査の手配をしよう。
と、その前に。
「解錠魔術」
鉄格子の鍵の部分に手を翳し、唱えた瞬間、音を立てて鍵が開いた。
「俺は帝国の賢者、クロード・エイト・ロック。たまたま通りがかっただけだが、お前達を助けてやる」
そう宣言すると、少女達は互いに抱き締め合って歓喜した。
「お前達をすぐにでも家に帰してやりたいのは山々だが、神父を逮捕して余罪も追及しなければならない。証言のため一度帝国首都アージャーまで来て欲しい。捜査に協力してくれたら、護衛付きで家まで送り届けると約束しよう」
俺の言葉に、少女達は皆こくこくと頷く。
少女は全部で五人。手足に痣がある者もいるが、動けないほど大きい怪我をしている様子はない。
その中の一人に、俺は目を留めた。
さっきまで全員の顔をよく見ていなかったため気付かなかったが、一人だけ、人間とは異なる風貌の少女がいたのだ。
「……お前は……!」
俺が尋ねると、彼女はピクリと肩を揺らした。
背中まである栗色の髪に、黄金の双眸、頭には猫のような三角の耳が付いている彼女は、どう見ても獣人だ。
しかし、俺が驚いたのは彼女が獣人だからではない。
ルーナ・センテナリオ。
彼女は、ゲーム中においてハーレムエンドに進む過程で登場する、攻略対象の一人なのだ。
年齢は十七歳、見た目通りのツンデレな猫の獣人、という設定だった。
だが、ゲーム内での登場シーンは、こんな地下牢ではない。
皇帝が領土拡大のため遠征した先の、大陸南東部に広がる森で出会うのだ。
獣人は大陸全土で見ても珍しい人種で、筋力も生命力も人間より遥かに強い。
かつて先々代皇帝が帝国を統治していた頃は、その珍しさと力の強大さ故に恐れられ、迫害されていた。
先代皇帝の代で差別は禁止され、保護されるようになったのだが、迫害されていた当時の名残はまだ根強く、裏で奴隷として売買されることがあるのが実情だ。
農作業であれば人間の何倍も働けるし、戦闘においては例え対魔術師であっても、魔術が発動するより早く相手に攻撃できることもあり、護衛として手元に置きたがる貴族は多いのだ。
「……アンタも、アタシが獣人だからって高く売り飛ばす気?」
ルーナは警戒心剥き出しで唸る。
予想外の場所での彼女の登場に驚いたものの、俺は冷静に首を横に振った。
「そんなことはしない。俺は帝国の賢者だと言っただろう。金ならもう一生困らないくらい持っている。お前を売って得られる程度の金なんて必要ないからな」
そう答えると、ルーナは目に見えて肩の力を抜いた。
そんな彼女を見て、俺ははっとする。
もしかして、彼女が『皇帝の花嫁に相応しい女』ではないか。
獣人ならば、人間社会の権力になど興味ないかもしれない。
これは会わせてみるしかない。
どうやって彼女を皇帝と会わせるか思案した、その時だった。
急激に強い魔力を察知し、俺は右手を薙ぎ払って叫んだ。
「防御魔術!」
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