救世主の定理って何だろう?
「ぜぇ、はぁ…はぁ…」
マッセルは口から荒い息を吐きながら、片膝を着きながら、その場に崩れ落ちていた。
表情は明らかに動揺と恐怖を見せており、彼女らの圧倒的脅威の前に簡単にひれ伏せられた。
明らかに実力差と戦力差は明白。
最初はたかが自分よりもかなり年下の人物達の襲撃であった為、勝てると感じていた。
だが、その考えは大き過ぎる誤算。何も見ていない。何も知らなかった。
知る前に飛ぶ鳥は地べたに叩き堕とされていた。
結果、生き残ったのは自分のみ。あの力と他者を気絶させる程の強いオーラと強者の風格。
長年の経験から、若くしながらも異常な程の力を保有している事が容易に想像出来た。
戦いに勝利し、敵を一人残らず蹂躙して生き残る事は恐らくだが不可能。
逃げの一択を選択し、何もせずに素直に逃げ帰る。
そして上の者達に対して、この情報を伝え持ち帰る必要があった。
戦って死ぬよりは生きて帰り、上に情報を伝えて危険を伝える方が余っ程安全で賢い選択だろうとマッセルは思っていた。
幸運な事にも、短距離転移により拠点の外にある広い平原に脱出する事は出来た。
このまま平原の先を走り、森を抜けていけば何れは同じ異端審問隊の構成員と出会う事は恐らく可能だろう。
まだ運は尽きてはいなかった様であった。
今からでも、この平原を脱出しようと………。
思っていたが、次の瞬間だった。
世界に虚構と言う新たな世界が発生した。
闇が広がる夜の世界は虚構に容易く斬り裂かれる。
死を恐れる者は闇と影に呑まれ、虚構の中で終わりなき螺旋を廻り続ける。
運は尽き、何の希望に縋る事すら出来ない。
絶望に染まる。
瞳に血が流れる。
剣と鉛が肉体を刺し穿ち、貫く。
恐れよ、ひれ伏すが良い。
「死を畏れる者、何に縋る事すら出来ず……無へと散れ……」
「な、何者!?」
逃げると言う選択は、更に大きな痛みと恐怖を彼に齎す事となる。
運はとっくに尽きていたのだ。
彼女らに命を奪われなかった時点で、マッセルの命運は尽きていた。
静寂たる闇の中からぬぅんと、まるで闇と同化していた者が突然現れたかの様にして、彼は姿を見せる。
黒色のコート風の黒衣、顔を覆い隠す不気味な仮面、丸腰ながらも見た者を怯えさせる程の強過ぎる脅威。
「My name is MasterMind, the one who seizes and brings ruin and nothingness to an end.(訳:我が名はMaster Mind…破局と無を与え、終局を齎す者)」
先に言っておきたい、厨二病の如くカッコつけました。
詰まる事もなく英語でペラペラ喋れるって何かカッコイイと思わないかな。
今回も黒幕っぽいロングコート風の黒衣を着て、しかも雰囲気もめちゃくちゃそれっぽい感じのキャラでやっていた。
だって異世界だし、折角転生出来たんだからカッコつけてもいいだろう?
僕も別にやる理由がある訳では無い。ただ鬱憤晴らしにやっているんだ。
これぐらいやらないと気が済まない。
「くっ、よりにもよって敵の奴らと遭遇するとは!」
マッセルは既にこの男の正体に察しがついていた。
先程の異様過ぎた光景、そしてまだ年端もいかないながらも全てを蹂躙していく異常な戦闘力。
この二つを少し前に見てしまっていたら、この男の正体なんて、薄々勘づいてしまった。
間違いない。
先程逃げ出した、あの拠点に現れた謎の狂人達の仲間であろう。
顔が見えないとは言っても、そのまだ子供と思わせる華奢な見た目からは考えられない異常な程の邪悪な風格、僅かにだけ視認出来る双眸から放たれる異常な殺気。
マッセルは、自らの勘と本能。更に先程の出来事の影響でこの子供を侮ってはいけないと感じた。
しかし、相手は先程とは違ってまだ1人であった。
確かに先程の場合は、敵の数が5人と言う事もあり数的に不利であった為、戦略的撤退を行ったが今回は敵の数はまだ1人であった。
あの惨劇を見た後だと、まだ楽に思えてしまう。
――――もしかしたら、勝てる?
マッセルの脳内にそんな考えが過ぎった。
勿論だが、勝てる保証は一切存在しない。しかし、生き残る為にはそう思うしかなかった。
あの圧倒的実力差の前にはどうする事も出来ない。
だが、今の敵はまだ1人だ。
それに年齢もまだ年端もいかず、非常に若いと見える。
可能性は低いかもしれないが、マッセルは敵の少なく、一対一のタイマン勝負と言う所を見て勝機を見出した様な気がしていた。
マッセルは腰に装備していた鞘に納められた剣の柄に手を伸ばす。
険しい表情を見せたまま、マッセルはその長剣を引き抜いた。
長剣を引き抜いた事で、闇夜の世界に刃の銀閃が薙いだ。
しかし、剣を抜いてその刃の先を謎の敵に向けた所で敵は一切怯む様子を見せようとはしなかった。
「我に刃を向けるか、下衆よ……」
「煩い!異教徒の手先か狂人集団だが知らんが、神に仇なす様な行為を平然と行いおって!」
異教徒の手先、
狂人集団、
中々に面白い例えだ。まぁ後者は当てはまっている人物が数人いるのだが……。
しかし僕達は異教徒の手先でもないし、はたまた狂人の集まりと言う訳でも無い。
我々は世界を掌握する救世主だ。誰かの手先になる様な事も狂人に変貌する事もない。
「救世主たる我々に、頭が高いぞ下衆……」
「救世主だと、意味の分からん事を!」
いい歳をしておきながら、言葉の意味も理解出来ていない。
誰かに常に操られている様な奴は底が知れる。
やはりつまらない。
まぁ、別にどうでも良い事だ。僕も早く片付けるとするか。
厨二病チックな力と、イキっている様な人間が作った様な産物を操りながら。
「下衆よ、逃げられると思うな……」
最後にMasterMindの言葉が続く。マッセルは目の前で起こる光景に理解が追い付かず、困惑に呑まれていた
―――全てはこの掌の上にある
―――理も知る事は出来ず
―――檻に囚われる鳥の如く
―――全ては掌握する者へと傾き
―――最後は虚の中で死へと運ぶ……
「…掌握者の檻」
それが彼の力の一つであった。
この数年もの間、CRISISのメンバー達の力を借りながら生み出したオリジナルの力の一つ。
その力の一つがこの『掌握者の檻』だった。
刹那、マッセルとMaster Mindを覆う様にして、2人の周りは半球体状のドームの様な空間によって覆われていく。
この世界には、古来より所謂『結界』の様な魔法が存在している。
一部空間を、完全に隔離させられる事の出来る魔法であり書物等には結界と記されている。
結界を使用すれば、その内側は完全な別世界となり外界とは、結界その物が破壊されるまでは存在し続ける。
僕はミディアの力を借り、この結界に更に重度の改良を加えた。
結界内は基本的に外界からの接触や影響を遮断するのみであり、内側に何か悪い影響を及ぼす事は基本的には無い。
だが、それだけでは足りない。
ただ簡単に切り離してしまうだけでは、面白くない。
「な、何だこれは……体が……重、い!?」
「魔力吸収のオマケ付きだ」
この『掌握者の檻』の能力。
外界と隔離する事が可能な結界としての役割を持つのは勿論だ。
そして、この結界内では発動者以外の者はこの結界内に存在していると数倍の重力負荷に加えて、常に魔力を結界本体に吸収される事になる。
ミディアの技術力を使用して、この結界を発動したと同時に、結界内部の重力を数倍引き上げられる様にプログラムし、後にヴェイザーの魔法系統から派生させて、魔力を徐々に奪い取る様になっている。
自らが生み出し、構成したこの力は初めて生み出した力だ。
自信作や処女作と言っても過言では無いだろう。
一応、難しい人向けに説明しよう。
要するにこの中にいると思う様に動けなくなったり、ゲーム等で魔法を使うのに必要なMPを常に奪われ続けると言った感じだ。
「どうした、異端を排除するのでは無いのか?手も足も止まっているぞ?」
「な、何故だ!?結界内に阻害を生み出す事など!」
マッセルの表情に明らかな疑問と動揺が走った。最早、動揺や恐怖を隠す事は出来てはいなかった。
そして、マッセルの言う事に間違いは存在していない。
本来、結界と言うのは防御に特化している力だ。
外界又は敵からの脅威及び攻撃を防ぐ為に使われる事が多いので、主には防御魔法としての使用が普通だ。
しかし、この結界内は自由に行動出来なくなる事に加えて自らの体内に保有している魔力まで奪われてしまう。
攻撃に転用されたと言ってもおかしくは無い。
本来、阻害を結界内に起こす等有り得ない話だ。
好き好んで攻撃から身を守る事が出来る結界内部で阻害魔法等を使う奴なんて、そうそういないだろ普通。
「さぁ、このままでは終幕だぞ……どうする?」
(ぐぅぅぅ!……仕方、あるまいか!)
マッセルは悔しさと地位が揺らぐ苦しみに耐えながら、歯を食いしばった。
そして、自らの首にかけていた特殊素材で精巧に作られた美しい十字架の形が光るペンダント。
自由に肉体を動かす事が出来ないマッセルではあったが、動かない体に鞭を打ち、地面を這いずる様にして倒れながらも右手に力を込めて動かしたのだ。
「ほぅ……次はどんな芸を見せてくれる?」
「ほざけ!逆賊め、これに適うと思うなよ!」
マッセルの持っていた十字架の形をしたペンダントが白く光り輝いた。
まるで天使が空を舞う為に、羽を羽ばたかせたかの様にして、眩く神々しい光が結界内部に広がっていく。
MasterMindも流石に、これを見つめ続けてしまえば失明する可能性があるので、左手を用いて両目を多い、光から遠ざかった。
◇◇
「………ほぅ…」
マッセルは無理だと理解していた。
世の中とは非情な事に残酷だ。残酷たる事実からは誰もが目を背けたくなる。
抗う事も出来ない、法の手によって裁く事も。
そんな現実を何度も見てきたつもりだった。世界の闇と影は深く、誰もその闇の奥に潜む存在を救う事は出来ないだろうと。
「これで、貴様も………例えこの俺に勝てたとしても、そして貴様達が強くても、貴様は救世主等にはなれはしない。世界の邪悪は、全てを凌駕する程に深いのだよ!」
―――それがどうした?
何が救世主、救世主とは言ったが僕は苦しむ人々を助けたいが為に闇を背負って救世主になる訳ではない。
誰かを助けたい?
救ってあげたい?
笑顔を取り戻したい?
そんなヒーローごっこの様な幻想は殺してしまえば良い。
僕がなるべき救世主は、誰かを救って笑顔にするのでは無い。
全てを掌握する者に、誰かを救う必要性は無い。他者を救って笑顔にするのでは無い。
マッセルが最後の希望を放った中、Master Mindはニヤリと軽蔑するかの様にして嗤う。
そしてマッセルを見つめると同時に、
黒幕たる者は血に飢えたかの様にして狂気の表情を見せる。
「救うのは善ではない………闇を影を救い、掌握する。それが我々だ……!」
目の前に広がる景色を見て、奴は死神の様な仮面の裏でただ嗤っていた。




