仕える者達
「な!?有り得ない!」
マッセルは思いもよらない光景をその双眸で捉え、思わず息を飲んだ。
しかし、マッセルの反応はごく自然な反応であったのだ。
無理もないだろう。
大広間の様にして、一番広い部屋。主に隊の全員を集めて、集会や作戦の説明等を行う場所。
地中に作られた場所でありながら、光が指しており今は夜空から月明かりの様な光が指している。
そして、そこに転がるのは無数の死体の山々であったのだ。
死体の山々は、どれも悲惨な姿と変わり果てている。
まるで圧縮させられたかの様にして、潰れて捻じ伏せられた死体。
体に蜂の巣の様にして、無数の穴を空けながら血を流している死体。
何度も何度も剣の様な鋭い物で切り捨てられた跡がある死体。
最早、死体のバーゲンセールと何ら変わりない状況だった。
無数に転がる死体と、雨が降ったのかと誤解させる程に溜まった血溜まり。
赤黒い血は水溜まりの様にして、無数の数が生成されており、血液特有の鉄臭い匂いがこの空間に充満していた。
「だ、た……た、隊長………助け…」
暗い影から、マッセルの目の前に一人の兵士が現れた。
全身は傷だらけで今すぐ治療を施さないと、絶命する時は近いだろう。
体のあちこちから血を流し、装備していた防具は全て歪な程にでこぼこと歪んで、何回も殴打されかの様な傷が付きボロボロになっている。
兵士の見せる絶望と恐怖の表情、この惨劇がどれ程異常なモノであったかを物語っている。
マッセルは傷付いた部下の兵士を見て思わず、一歩前に出た。
しかし………。
「もう喋るな……耳が腐る…」
次の瞬間だった。
兵士の体は徐々に衰弱していき、そのまま目から生気を失わせ倒れた。
最後の言葉すらも呟けぬまま、一人の兵士は絶命したのだ。
「おのれェ!貴様ら、何者だ!?」
マッセルは後ろにいる二人の部下と共に鞘に納められていた剣を勢い良く引き抜いた。
月明かりが照らす先、その先にはそれぞれの戦闘服を身に纏った集団が立ちはだかっていた。
人数は目で確認出来る限りでは5人。
全員、姿や年齢はバラバラの様に見える。
禍々しい角を生やしまだ幼そうに見えながらも、肌がピリピリする様な邪悪な気を発する女。
和風な装束を身に付け、血を滴せる長い剣の様な物を握る女。
白色のコートを纏い、丸腰ながらも強者のオーラをこちらにまで漂わせる男。
黒色の服を身に付け、常人なら気絶してしまいそうな程の殺気を向ける女。
(…………なっ!?)
マッセルの全身が一瞬のみ強く震える。
強過ぎる動揺を抑えながらも、心の中では大きな焦りが生まれていた。
有り得ない、間違っている、偽物だ、と何度も心の中で繰り返した。
『治安維持戦闘用オートマトンε』
それは恐怖の対象の一つでもある。
人々からは、まるで悪魔の様にして恐れられ、忌まわしき存在として、その名を口にする事すらもタブーになっている程だ。
過去の時に起こった戦争、その時にあのオートマトンは多くの人間の命を奪い去り、同胞の体を無惨にも破壊し、世界そのモノに大きな傷跡を残した。
――――それが何故、それが何故ここに立っている?
マッセルの表情に僅かな恐れが見える。
しかし、敵を前にして恐れなんて剥き出しにしてしまえば、敵意すら見せていないと察知されて、自分が狩られる事となってしまう。
長い間この異端審問隊に所属していた為、それぐらいの事はマッセルは理解していた。
立ち振る舞い、雰囲気、オーラ、長年の勘、全てにおいて危険だ。
自らの本能は、彼女らは危険だと伝えている。本能が萎縮する。
彼女らは間違いなく、強い。
間違いなく強者であると断言出来る、そう自分で認められるのだ。
刹那、自らに膨大過ぎる殺気を向ける一人の女がいる事に気が付いた。
殺気が向けられている事が気が付くと同時に、殺気を向ける女は自分の元へと近付いている事が分かった。
そしてマッセルは、今まで向けられた事の無い強過ぎる殺気に一歩後退りする。
「何が目的なんだ!?金か!?それとも何だ?」
マッセルの質問に何か言葉が、返答が返ってくる事は無かった。
そして月明かりが今度は、歩み寄る謎の女の顔を照らす。
その表情を見て、マッセルは隠していた動揺が、一瞬のみ顕になった。
まだ新鮮な鉄臭い血と温かい骨髄液を体とその黒色の服に染み込ませながら、獣の様に鋭い八重歯を剥き出しにしながら、こちらに迫り来る一人の女。
体の肉付きや、背丈を見るに歳はまだ幼い方だろう。
しかし、幼いから。そんな言葉は役に立たない。
嗤っている。
まるで抵抗出来ず、虫を虐める様な…。
右手にサブマシンガンを持ち、左手に血液と骨髄液で赤く染まるコンバットナイフを持った少女は血に濡れながら、嗤っていた。
マッセルは本能で、この少女と刃を交えてはいけないと悟った。
部下達と共に剣を抜いて、戦闘をここで開始するのは間違いなく愚策。
敵は自分すらも上回る勢いの強さを持つ強者達だ。
マッセルは焦りを心の中で見せながらも、只管になって思考を回転させる。
しかし、考える間もなく少女は銃とナイフを携えながら迫ってくる。
殺られる…!
「まぁまぁBerserker…少し下がりなさい」
「チェッ……」
一人の女の言葉を聞いたのか、少女は素直に後退りしていった。
「な、何者なんだ……」
思わず呟いた。
その言葉に返答するかの様にして、一人の女がこの言葉に応じた。
「CRISIS………覚えておきなさい…」
CRISIS、その名が飛び出すと同時に女はBerserkerと呼ばれる少女よりも前に出て、自らの元へと迫る。
暗闇と影によって、その女の顔は見えてはいなかったが、前に出た事によりマッセルは女の顔を拝む事となった。
月明かりが彼女を照らす。
最早、嫉妬してしまう程の美し過ぎて目が霞んでしまいそうな程の美貌。
まだ伸び代があるだろう、妖艶な色気を持つ肉体。
魅惑的な薄めの褐色肌に悪魔の様な二本の角。
「ま、魔族……か!?」
マッセルが見た女には、魔族の象徴の様なモノである二本の角が頭部に生えていた。
いつの時も人族とはあまり良い関係を築けていない魔族。
―――まさかその報復?
そして女の正体が、魔族?と分かった瞬間。自分の後ろにこの恐怖の象徴の様な光景を共に眺めていた二人の部下の内、一人が勝手に剣を引き抜いたのだ。
「魔族風情が!我々人間に制裁のつもりかぁぁ!!」
「ま、待て!」
激昂してしまったのだろうか、それとも単なる個人的な妬みや恨みだろうか。
マッセルの後ろで光景をただ眺めていた内の一人の部下は、恐れを多少見せながらも剣を引き抜き、まるで猪の様にして猪突猛進し、先に立つ女の元へと全速力で近付いていく。
その表情は恐怖していながらも、逆鱗に触れたかの様だった。
激しい雄叫びを上げながら、ただガムシャラに突っ込んでくる。
人数不利、実力的不利。
この要素が揃っていながらも突貫する勇気だけは褒め称えたい。
しかし、それだけでは………。
「力の前にひれ伏せ……」
刹那、部下の兵士は声すら上げずに地面に崩れる様にして倒れ込んでいた。
兵士が倒れる瞬間、褐色肌の女は右手を前に差し出し、手を開いていた。
そして、その右手からは目で見ているだけで失明してしまいそうな程に邪悪な力と、生命自体を吸い取られているかの様な部下の兵士の姿があった。
圧巻と驚きの言葉しか出てこない。
―――まさか、生命を奪った?
そうマッセルは思い込んだ。いきなり右手を差し出したかと思えば、一瞬で部下の兵士は生気を失わせながら絶命したのだ。
命自体を吸い取られ、奪われたとしか言い様がない。
どうする?
戦闘に持ち込むのは間違いなく愚策。
二体五、それに全員自分よりも高い戦闘能力を所持している。
真正面から戦えば、一瞬で肉体を塵に帰させられる羽目になるだろう。
だが、逃げると言う選択肢も考え物だった。
情報の漏洩は上の方で禁じられている。
敵前逃亡だって、我々異端審問隊からすれば恥晒しも良い所だった。
しかしこの場所から生きて帰り、この『CRISIS』と言う組織の存在を知らせると言うのも重要だと感じる。
――――使いたくはなかったが……。
異端審問隊、そして隊長であるマッセル。彼は保身用の為の道具を個人的に一つ所持していた。
それは、短距離を非常に短い時間で移動出来る使い捨ての魔法具である『転移ゲート発生装置』だった。
この魔法具は一度だけ、短距離にワープ及び転移可能なゲートを秒も掛からない内に作り出し、転移する事が可能な魔法具だ。
万が一、万が一の事があった時の為に装備していたが本当に使う時が来るとは一切思っていなかった。
しかも、効果は一人潜るまで。
マッセルにこの魔法具を使う使わないの迷う余地は存在していなかった。
今すぐ、これを使って転移し、組織の情報を持ち帰る。
部下の事など、この際どうでも良い話だ。
最後は結局、自分の命が大事なのだ。部下の事なんて構っていられる余裕等存在していなかった。
「引く!」
「あっ、隊長ぅ!」
残されたのは、部下ただ一人。この月明かりが指す空間の中にただ一人、彼は残されていた。
唯一の拠り所であった隊長がこの場から消えた。
勿論、一人を転移させた事によりこの場にはもう転移する為のゲートは残されていなかった。
兵士はただ絶望していた。
隊長なら、隊長なら打開策を見つけているだろう。
そう願っていた。が、最後はこんなにも呆気なく裏切られた。
兵士は恐怖のあまり両手と全身が強く震える。
死が訪れる恐怖に、自分では絶対に敵わないと言う敵と対峙してしまっている事を。
「い、嫌だ……死にたくない……死にた…」
刹那、兵士の首が有り得ない程に傾いた。
ゴキゴキっと何かが折れた様な音がこの静寂に包まれた部屋の中で鳴り響いた。この空間が静かであった分、余計にその音は反響して強く鳴り響いていた。
重い音が鳴り響くと、兵士は横方向に倒れ込んだ。
首を倒す様にして横に曲げたまま、目元に涙を見せながら、何の抵抗も出来ずに即死した。
「鬱陶しいんだよ、そう言うのは……」
即死した兵士に向けられる手向けは、軽蔑と哀れみの視線とAttackerによる容赦無さ過ぎる一発の岩すらも余裕で砕く、オーバーキルも甚だしい蹴りだった。
「しかし、逃げられたな…」
「よし、追うか!」
一時的に勝利を得られたものの、結果としてリーダー格の隊長を逃がしてしまったヴェイザー達。
そして考える事もなく、リーダー格の男の捜索に乗り出そうとするジャックを雪貞は止めた。
「いや、ここはアイツに任せようぜ?」
「あ、そういや兄貴見てなかったな……」
ジャックと雪貞の言葉に、ヴェイザーはクスッと軽く笑いを見せる。
「彼はもう、魔の手を忍ばせているわ…」




