輪唱。
近道のトンネルは曰く付き。無事に通り抜けるには、3つの決まりごとを正しく守れば良いだけ。
「並んで食べる価値あったの?あのラーメン」
流行りのコンパクトカー。ハンドルを握る男に、助手席から、ピンクグロスを引いた唇を尖らせている女。
「旨かったし」
「別の日が良かったな」
女は時間が気になっていた。
「あーあ。リアルタイムで聞きたかったのに」
「んあ?あ………、今日だったんだ」
「やっぱり覚えてなかった。聴く気無かったんだ」
男はやらかした事に気がつく。女がウェブサイトで書いた短編がラジオ企画で選ばれ、ラジオドラマ仕立てで放送されると、嬉しそうに話していた事を。
今、思い出した。
「ゆ、ユーチューブで聴こうと思ってたんだよ、ラジオアプリ取ってねぇし」
「ここにラジオ、あるじゃない」
ぷいっとそっぽを向かれた、男。
沈黙……、……、……。
「あ!ダメ。ヤダ。うん。恥ずかしい、変な話だし……、その。やっぱ、聴かなくていい」
女は自分の気持のままにペチャクチャ喋る。
男はアクセルを踏み込み、ハンドルを切る。
「じゃぁ、超、近道しよう、間に合うよね」
「ええ!いい。いい!この先の近道って『カッコウトンネル』でしょ!夜は使っちゃダメだって云う。出るって有名スポットだし!怖い!」
「あはは。大丈夫さ。昔……、何回か使ったけど、どうって事なかったよ」
「運転して?」
「ううん、お父さんが運転してた」
男の答えに不安が高まる女。
「頼りない!あてにならないよ。ねえ、やめてくんない?」
「ダメダメ、通ると決めたらキャンセルは無し!これ、1つ目の約束」
「ええ!ヤダ!キャンセルってできないの?」
きゅっと携帯を胸に抱く女は青ざめて男に聞く。
「破るとその時から、この世の不幸が列を成してやってくるんだって。お父さんが言ってた」
「やだ。止めて、ここで停めて、降りる。独りで行ってよ」
泣きそうな女。男は親とだけど過去、無事に通過出来た経験値があるという優越感から態度は鷹揚。
「大丈夫なの?ホントに……、ググったら無事に通過出来た人の話、出てくるかな……そういやお兄ちゃん、なんか話してた。3つの決まりごとを守ったら、大丈夫って……」
「ここにいるだろ、信用ないなぁ。お兄ちゃんも大丈夫だったんだろ?」
「お兄ちゃん、通ってないもん。知り合いが通り抜けたって、話していただけ」
話している間に縁に導かれる様に、件のトンネルにたどり着く。長さはごく短い。入口から出口にある信号機がはっきり見えている程に、短い。
「室内灯つけて。これ、2つ目の約束」
「ふえん。どうしても進むの?」
ゴクリ。生唾を飲み込む喉仏が上下。
パチリ。室内灯の明かりが灯る車内。
大昔。突然現れた空を突く巨岩が、道を塞いでしまったと伝説。それを村人が総出で手で掘り進んだという、隧道はその後、機械で少しばかり道幅を広げ、補強工事を成されているが、短い為に照明設備は無い。
向こう側は『赤信号』
「どっちだったかな」
ポツリと男。
「はい?何が?」
半泣きの女。
「赤で、進むのか。青で進むのか……。どっちだっけ」
「まって!お兄ちゃんに聞く……。やだ、圏外」
頼みの綱は絶たれていた。
「信号が3回変わる迄に進む。これ、3つ目の約束」
「そこは覚えていて、肝心な『色』、忘れてるなんて信じられない!」
女の悲壮な声。ギラギラギラと妙な光を目に宿し、パッと『青』に変わった信号機を凝視する男。
ブォンブォン……、無意識にアクセルをふかしている。信号機が『赤』に変わる。
「1回目よ!あと2回、ねえどっち?青?赤?」
「あ……、どっちだと思う?」
「こ。怖いのは『赤』よね。『青』のほうが安心する」
パッ!点滅、青。
「うん。どっちだったけ」
「通ったんでしょう?覚えてないの?」
パッ!点滅、赤。
「ねぇ、2回。次で決めないと!決めないとどうなるの?」
「子どもの頃だったし、怖くてそのへん憶えてないけど。あ、青だった気がする。お父さんゴールド免許だし、信号無視なんかしないだろうし……」
パッ!点滅。
「青で行こう!」
「うん、うん……」
男の決断、女の不安。
「なんか曲かけて」
「うん、賑やかなの」
♪♫♪♫♪♪ ♬♪♫♪♫♪♫ ♪♫♪♪♬
パッ!青。
アクセルを踏み込み進む。気の所為か、ソロリソロリのスピードで進んでいる。
ヘッドライトが暗闇の辺りを照らし進む。
――、♪♫♪♫♪ ♫♪♫♪♪♬……ピー・ザー・♪♫♪♫・ザー・かな・ピー・かげから♪
「ヤダ!何?変」
恐怖が最高潮の女が鋭敏に気がつく。
――、おきちゃいかがと、カッコ・ピー、く♪
「ラジオに切り替わってる!ねぇ、なんで?」
男に聞くが返事はない。女は震えながら、あちこちポチポチ押して、なんとかしようと頑張る。
――、カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪しずかなこはんのもりのかげから♪
「終わらないの?繰り返し?ねえ、ねえ!え?まだ出口につかないの?短いトンネルなのに?ねえ、ねぇ、聞こえてる?」
カーステのラジオから、少年少女合唱団並の明るくはずんだ歌声。輪唱が始まる。女は必死にチャンネルを変えようと、あちこち、液晶画面をポチポチ、ポチポチ、ポチポチ!触れる事が出来る場所は全て試す。
――、もうおきちゃいかがと(しずかなこはんのもりのかげから)カッコウがなく(もうおきちゃいかがとカッコウがなく)
――、カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪(カッコウがなく・カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪)しずかなこはんのもりのかげから♪
「しずかなこはんのもりのかげから!」
「ひっ!」
ハンドルを握る男は、ラジオからの歌声に負けじと、はずんだ歌声で、参戦。
タッチパネルを一箇所で押さえたまま、固まる女の息を飲む声。
――、もうおきちゃいかがと、カッコゥがなく♪
「もうおきちゃいかがとカッコゥがなく♪」
「は?ね、ねえ。どうしたの?どうしたの?出口は?まだ出口は?ねえ、なんで歌ってるの?どうして、ねえ、止めて、止めて!、停めて降りるから!ねえ、停まってお願い!お願いよぉぉぉ!」
――、カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪
「カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪」
カーステから流れる歌声に重なる、男の上機嫌な歌声。
――、しずかなこはんのもりのかげから♪
「しずかなこはんのもりのかげから♪」
「ねぇどうしたの?寝ぼけてる?ねえ、目を覚ましてお願い、変よ、変なの!ねえ。停めて停めてぇぇ!どうしてなの?出口は……?出口は!」
女は男の腕を掴み、ゆさゆさと揺すりながらフロントガラスに目を向けると。
眼の前は闇、闇、真っ暗けっけの闇……。そこをさまようかのように進んでいる、流行りのコンパクトカーのヘッドライトの光が当て所なくぼんやり広がる。
――、もうおきちゃいかがとカッコゥがなく♪
「もうおきちゃいかがとカッコゥがなく♪」
「イヤァァァ!」
女の悲鳴は……。歌声に飲み込まれて。
カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪
終。




