表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

桜子さんのそんなに怖くないお話

輪唱。

作者: 秋の桜子

 近道のトンネルは曰く付き。無事に通り抜けるには、3つの決まりごとを正しく守れば良いだけ。



「並んで食べる価値あったの?あのラーメン」


 流行りのコンパクトカー。ハンドルを握る男に、助手席から、ピンクグロスを引いた唇を尖らせている女。


「旨かったし」

「別の日が良かったな」


 女は時間が気になっていた。


「あーあ。リアルタイムで聞きたかったのに」

「んあ?あ………、今日だったんだ」

「やっぱり覚えてなかった。聴く気無かったんだ」


 男はやらかした事に気がつく。女がウェブサイトで書いた短編がラジオ企画で選ばれ、ラジオドラマ仕立てで放送されると、嬉しそうに話していた事を。


 今、思い出した。


「ゆ、ユーチューブで聴こうと思ってたんだよ、ラジオアプリ取ってねぇし」

「ここにラジオ、あるじゃない」


 ぷいっとそっぽを向かれた、男。


 沈黙……、……、……。


「あ!ダメ。ヤダ。うん。恥ずかしい、変な話だし……、その。やっぱ、聴かなくていい」


 女は自分の気持のままにペチャクチャ喋る。

 男はアクセルを踏み込み、ハンドルを切る。


「じゃぁ、超、近道しよう、間に合うよね」

「ええ!いい。いい!この先の近道って『カッコウトンネル』でしょ!夜は使っちゃダメだって云う。出るって有名スポットだし!怖い!」

「あはは。大丈夫さ。昔……、何回か使ったけど、どうって事なかったよ」

「運転して?」 

「ううん、お父さんが運転してた」


 男の答えに不安が高まる女。


「頼りない!あてにならないよ。ねえ、やめてくんない?」  


「ダメダメ、通ると決めたらキャンセルは無し!これ、1つ目の約束」

「ええ!ヤダ!キャンセルってできないの?」


 きゅっと携帯を胸に抱く女は青ざめて男に聞く。


「破るとその時から、この世の不幸が列を成してやってくるんだって。お父さんが言ってた」

「やだ。止めて、ここで停めて、降りる。独りで行ってよ」


 泣きそうな女。男は親とだけど過去、無事に通過出来た経験値があるという優越感から態度は鷹揚。


「大丈夫なの?ホントに……、ググったら無事に通過出来た人の話、出てくるかな……そういやお兄ちゃん、なんか話してた。3つの決まりごとを守ったら、大丈夫って……」

「ここにいるだろ、信用ないなぁ。お兄ちゃんも大丈夫だったんだろ?」

「お兄ちゃん、通ってないもん。知り合いが通り抜けたって、話していただけ」


 話している間に縁に導かれる様に、件のトンネルにたどり着く。長さはごく短い。入口から出口にある信号機がはっきり見えている程に、短い。


「室内灯つけて。これ、2つ目の約束」

「ふえん。どうしても進むの?」


 ゴクリ。生唾を飲み込む喉仏が上下。

 パチリ。室内灯の明かりが灯る車内。


 大昔。突然現れた空を突く巨岩が、道を塞いでしまったと伝説。それを村人が総出で手で掘り進んだという、隧道はその後、機械で少しばかり道幅を広げ、補強工事を成されているが、短い為に照明設備は無い。


 向こう側は『赤信号』


「どっちだったかな」


 ポツリと男。


「はい?何が?」


 半泣きの女。


「赤で、進むのか。青で進むのか……。どっちだっけ」

「まって!お兄ちゃんに聞く……。やだ、圏外」


 頼みの綱は絶たれていた。


「信号が3回変わる迄に進む。これ、3つ目の約束」

「そこは覚えていて、肝心な『色』、忘れてるなんて信じられない!」


 女の悲壮な声。ギラギラギラと妙な光を目に宿し、パッと『青』に変わった信号機を凝視する男。


 ブォンブォン……、無意識にアクセルをふかしている。信号機が『赤』に変わる。


「1回目よ!あと2回、ねえどっち?青?赤?」

「あ……、どっちだと思う?」

「こ。怖いのは『赤』よね。『青』のほうが安心する」


 パッ!点滅、青。


「うん。どっちだったけ」

「通ったんでしょう?覚えてないの?」


 パッ!点滅、赤。


「ねぇ、2回。次で決めないと!決めないとどうなるの?」

「子どもの頃だったし、怖くてそのへん憶えてないけど。あ、青だった気がする。お父さんゴールド免許だし、信号無視なんかしないだろうし……」


 パッ!点滅。


「青で行こう!」

「うん、うん……」


 男の決断、女の不安。


「なんか曲かけて」 

「うん、賑やかなの」



 ♪♫♪♫♪♪ ♬♪♫♪♫♪♫ ♪♫♪♪♬


 パッ!青。


 アクセルを踏み込み進む。気の所為か、ソロリソロリのスピードで進んでいる。

 ヘッドライトが暗闇の辺りを照らし進む。



 ――、♪♫♪♫♪ ♫♪♫♪♪♬……ピー・ザー・♪♫♪♫・ザー・かな・ピー・かげから♪



「ヤダ!何?変」


 恐怖が最高潮の女が鋭敏に気がつく。


 ――、おきちゃいかがと、カッコ・ピー、く♪


「ラジオに切り替わってる!ねぇ、なんで?」


 男に聞くが返事はない。女は震えながら、あちこちポチポチ押して、なんとかしようと頑張る。



 ――、カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪しずかなこはんのもりのかげから♪



「終わらないの?繰り返し?ねえ、ねえ!え?まだ出口につかないの?短いトンネルなのに?ねえ、ねぇ、聞こえてる?」


 カーステのラジオから、少年少女合唱団並の明るくはずんだ歌声。輪唱が始まる。女は必死にチャンネルを変えようと、あちこち、液晶画面をポチポチ、ポチポチ、ポチポチ!触れる事が出来る場所は全て試す。


 ――、もうおきちゃいかがと(しずかなこはんのもりのかげから)カッコウがなく(もうおきちゃいかがとカッコウがなく)


 ――、カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪(カッコウがなく・カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪)しずかなこはんのもりのかげから♪



「しずかなこはんのもりのかげから!」


「ひっ!」


 ハンドルを握る男は、ラジオからの歌声に負けじと、はずんだ歌声で、参戦。

 タッチパネルを一箇所で押さえたまま、固まる女の息を飲む声。



 ――、もうおきちゃいかがと、カッコゥがなく♪



「もうおきちゃいかがとカッコゥがなく♪」


「は?ね、ねえ。どうしたの?どうしたの?出口は?まだ出口は?ねえ、なんで歌ってるの?どうして、ねえ、止めて、止めて!、停めて降りるから!ねえ、停まってお願い!お願いよぉぉぉ!」 



 ――、カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪


「カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪」



 カーステから流れる歌声に重なる、男の上機嫌な歌声。


 ――、しずかなこはんのもりのかげから♪


「しずかなこはんのもりのかげから♪」


「ねぇどうしたの?寝ぼけてる?ねえ、目を覚ましてお願い、変よ、変なの!ねえ。停めて停めてぇぇ!どうしてなの?出口は……?出口は!」


 女は男の腕を掴み、ゆさゆさと揺すりながらフロントガラスに目を向けると。


 眼の前は闇、闇、真っ暗けっけの闇……。そこをさまようかのように進んでいる、流行りのコンパクトカーのヘッドライトの光が当て所なくぼんやり広がる。


 ――、もうおきちゃいかがとカッコゥがなく♪


「もうおきちゃいかがとカッコゥがなく♪」


「イヤァァァ!」


 女の悲鳴は……。歌声に飲み込まれて。




 カッコゥ・カッコ・カッコカッコ・カッコゥ♪


 終。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うわーっ、怖いーーでーーすっ・゜・(つД`)・゜・ [気になる点] 途中まで桜子さんと旦那さんかと思って読んでました(≧∇≦) [一言] こわ面白かったです!
[一言] カッコーの鳴き声を聞くたびにこのお話しを思い出しそうで、怖いです・・・。
[良い点] 『そんなに怖くないお話』ってシリーズに入っているところが特に怖い。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ