【コミカライズ】魔王様、「責任取ってください」は求婚の言葉ではありません!
「はあ、疲れた……」
この山に来てからもうどのくらい経ったか。ずっと歩き続けだった私は、開けた場所を見つけて腰を落とした。薪を集め、魔法で火をつける。
「教会の皆は今頃何してるかしら……」
爆ぜる炎を見つめながら物思いにふけってしまいそうになるけれど、すぐに止めた。だって、そんなこと分かりきっているから。多分皆、私の不在で爽快な気分になっているに違いない。
……まあ、それは私も同じだ。だって、これで私もやっと平穏に暮らせるんだから。
「ウルスラ~! 久しぶりだな!」
これから始まる第二の人生に思いを馳せていると、呑気そうな声がした。木の間から一人の青年が姿を現わす。その頭からはねじれた角が伸び、背中にはカラスみたいな羽が生えていた。
「アマデウス様……。何のご用ですか」
私は警戒心を強くした。遠慮なく私の目の前に腰掛ける青年を見つめる。
「また取引を持ちかけに来たんですか? それならお断りですよ。私、もう悪魔との契約はしないって決めてるんです」
「大丈夫、今日はアフターサービスで来た。私は魔王だから、事後のフォローも完璧なんだ。クーリングオフの話をしておこうと思ってな。あの取引、今なら無料でなかったことにできるぞ」
「……もう遅いんですが?」
なんて間の悪さだ、と私は困り果てる。
「だって私……誰にも愛されないせいで追放されたんですよ!」
****
――力が……欲しいか?
アマデウス様との出会いは半年前。私が人気のない礼拝堂でお祈りをしていた時のことだった。
意味深なセリフと共に突如出現した人外の青年を見て、私は肝を潰した。けれど、話をする内に彼が悪魔であり、新たな取引相手を探していると聞いて、すぐさま身を乗り出す。
――力、下さい! 王都郊外の荒れ野にドラゴンゾンビが出現して、大変な騒ぎになっているんです!
悪魔が他種族と取引をするというのは有名な話だったので、私は遠慮なく彼に頼ることにした。
件の怪物は、討伐のために派遣された騎士団をほとんど壊滅に追い込むくらいに強力なんだ。そんな危険な存在を放置しておくわけにはいかなかった。
しかし、一介の聖女である私にできるのはこうして神に祈ることだけ。自分の無力さを噛みしめているところにこの悪魔の出現である。
だとするならば、その話に乗らない手はなかった。
――よかろう。私は悪魔の王、魔王アマデウス。お前に私の魔力の一部を与えよう。それで敵を倒すといい。
その声と共に、私の中に不思議な力がみなぎってくるのを感じた。
これで平和が戻る! と私は歓喜した。しかし、去り際に魔王はとんでもないことを付け加えていったのだ。
――あっ、言い忘れたが、力を与えた代わりに、お前からは『人に愛される能力』をもらっていったからな。
「それ以来、大変な目に遭いましたよ」
回想を終えた私は、目の前のアマデウス様を睨む。
「もらった力のお陰で、ドラゴンゾンビは王都の近くから追い返せました。でも、皆ありがたがらないどころか、私によそよそしくなってしまったんです!」
聖女仲間からは「強すぎて怖い」と避けられ、道を歩けば小さい子に「ママー! あの人なんか変!」と言われ、その子の母親は「見ちゃいけません!」と子どもの手を引いてそそくさと立ち去り……。
よかったことといえば、怪物を追い払った功績で聖女から大聖女に昇格できたことくらいだ。でも、それも両手放しで喜べる事態と言えるかどうか。
「すごい力と肩書きがあるんだからもっと働け、って色んな仕事を押しつけられるようになりました。しかも、どんなに頑張っても皆私のことを『便利な道具』くらいにしか思ってくれないんです!」
もう何日休んでいないのか分からない。教会の仲間が影で「大聖女の次は連勤術師になったのか」とか言ってるのを聞いたけど、その通りだ。
「で、最後には国境沿いの山……つまりここを警備する仕事を言いつけられました。体良く国外追放されたんですよ!」
「それは……辛かったな。確かによく見たら目元にクマがあるじゃないか」
アマデウス様が私の顔を覗き込む。……心配してくれてる? 久方ぶりに温かい感情を向けられ、私はほんのりと胸が温かくなるのを感じた。
「……でもいいんです」
不覚にも和んでしまった私は、穏やかな表情で首を振った。
「この山の中では、私によそよそしく接する人たちも忙しい仕事を押しつけてくる仲間もいませんから。力をもらって以降の私の望みは、平穏な暮らしをすることだったんです。だから、この状況は願ったり叶ったりなんですよ」
「そうなのか? では、アフターサービスは受けなくてもいい、と」
「うーん、それは……」
さっきは情に流されてしまったけど、どうせ彼と会うのもこれが最後かもしれない。そう思ったら、ちょっとだけ意地悪をしてやりたくなってしまった。
「取引だから私も対価を差し出さないといけないのは分かります。だけど、何を奪っていったのか事後報告で済ますなんて、ちょっとひどいんじゃないでしょうか? 初めに言っておいてくれたら、私は別の結論を出して、こんなことにならなかったかもしれないのに……。だから、責任取ってくださいよ」
「責任?」
アマデウス様は腕組みする。しかし、すぐに口元に手を当てた。
「ま、まさか結婚か!?」
……え?
「まったく、仕方のない奴め。私が好きなら素直にそう言えばいいものを……」
何を言われたのか分からずに固まる私とは対照的に、アマデウス様はまんざらでもなさそうな顔になっている。
「最近大臣たちが見合いをしろしろとうるさかったから、ちょうどいい。……よし、決めた! ウルスラを花嫁にするぞ!」
アマデウス様は私をひょいと抱え上げる。そして背中の羽を広げ、空へと飛び立っていった。
****
「皆! 今帰ったぞ!」
巨大な魔王城の前にアマデウス様が着地する。そこら辺にいた悪魔たちが、わらわらと集まってきた。
「アマデウス様、おかえりなさい!」
「この人誰ですか?」
一人の悪魔が私を指差す。アマデウス様は「私の花嫁のウルスラだ」と言った。
「ち、違います……」
飛行酔いでフラフラになっていた私は、その場にうずくまりながら抗議した。
「何度も……言ってますけど……私、あなたの奥さんには……」
「照れるなって!」
アマデウス様が快活に笑い飛ばす。私はお腹の辺りをさすりながらうなだれた。
あまりの急展開に事情を呑み込むのにしばらくかかってしまった私だったが、このまま放っておいたら本当に彼の妻にさせられるかもしれない、と気付き、全力で抗議した。
――結婚なんてしませんよ!?
――責任を取れって、求婚の言葉じゃありませんから!
――降ろしてください!
アマデウス様に抱えられて空を飛びながら、私は必死に彼を説得しようとした。しかし、それに対するアマデウス様の答えはこうだ。
――今さら怖くなったのか? 案外しおらしいところもあるんだな。可愛い花嫁だ。
さすが悪魔の王様。人の話を全然聞いていなかった。そうこうする内に、私は悪魔たちが住む辺境の国に連れ込まれてしまったのだ。
「わぁ! アマデウス様、ついに結婚するんですね!」
「綺麗な奥さん! うらやましいです!」
老若男女、集ってきた悪魔は皆、興味津々で私を見ている。その様子に、私はふと違和感を覚えた。
「どうして皆、私にこんなに好意的に接しているんですか? だって私、人から愛されないはずなのに……」
こっちを見ている悪魔たちの表情に浮かび上がっているのは、好奇心や憧憬だ。それ以外には、一片の嫌悪や軽蔑も感じられない。こんなことはアマデウス様と取引してから初めてだった。
「別におかしなことはないだろ」
しかし、アマデウス様は平然としていた。
「私が持っていったのは『人に愛される能力』だ。ここにいるのは人ではなく悪魔。悪魔から愛されなくなる能力は奪っていない」
そ、そんな抜け道があったなんて……。愛を向けてもらえなくなる対象をピンポイントで絞れるなんて、魔王って随分器用なのね……。
「アマデウス様、式はいつ挙げますの?」
「ドレスを作るための採寸をしなければ!」
「ウルスラさん、でしたっけ? あなたには、魔王の妻にふさわしい女性となるための教育を受けていただきます!」
体を巻き尺でグルグルにされ、腕に大量の本を押しつけられる。私の周りをキャッキャッとはしゃぎ回る子どもたちは「王妃様~! 何かすごいことしてみせて~」としきりにせがんでいた。
「何なの……これ……」
悪魔の国ってこんな感じなの? 私が望んでいたのは平穏な暮らしなのに。これじゃあ真逆だ。
「ウルスラ、幸せになろうな」
アマデウス様が破顔する。
ここにいてはアマデウス様と結婚させられてしまうだけではなく、私の望んだものも手に入らない。
魔王の笑顔を見つめながら、私は何とか隙を見てここを抜け出そうと心に誓ったのだった。
****
その日の夜。やっとつきまとってくる悪魔たちから解放された私は、宛がわれた部屋のバルコニーに出てため息を吐いた。
やれ花嫁修業だ衣裳合わせだと、体を休める暇もなかった。ちょっと時間ができたと思ってもアマデウス様が「デートしよう!」と言って地下墓地や毒沼へ連れて行くものだから、一時も気が抜けない。
大体、デート先にお墓や沼を選んだりする? 悪魔のセンスは理解不能だ。
昼間に決意した通り、さっさとこんなところからは脱出しないといけない。私はバルコニーの手すりを乗り越えようとした。
その拍子に、懐から一輪の花がこぼれる。デートで沼に立ち寄った時に、アマデウス様がくれたものだ。
「アマデウス様……」
ちょっと毒々しい見た目だけど、アマデウス様からの愛情がこもった贈り物に、少しだけ私の心が動いた。
昼間私の周りをうろちょろしていた悪魔たちだってそうだ。彼らの根底には愛情がある。皆、私を魔王の花嫁として慕っているんだ。
「……でも、だから何なのよ」
ほだされかけていると気が付き、私は首を横に振る。
人から愛されなくなって以降、もう周りの人に振り回されるのはごめんだと思うようになったはずだ。誰もいないところで静かに過ごそうと決めた。それが一番なんだ、って。
私は花を部屋のテーブルに置くと、バルコニーから外へ飛び出した。
「これでよかったのよ……」
私は自分に言い聞かせるように呟く。
「大体、アマデウス様ってちょっとおかしいじゃない。人の話聞いてないし、何でも自分に都合のいいように解釈するし。そんな人の妻になんか……」
「ウルスラ! 私を呼んだか?」
庭を疾走していた私は、園路から飛び出してきたアマデウス様を見て「ぎゃー!」と悲鳴を上げた。
「な、何でここに……?」
私は服の上から胸をなでる。心臓が飛び出るかと思った。
「妻の求めに応じるのが夫の役目だろう? 可愛らしい声で『アマデウス様……お会いしたくて胸が張り裂けそうです……』などと言われれば、駆けつけるしかないじゃないか」
「言ってませんけど!?」
「それでウルスラ、お前こそこんなところで何をしていたんだ? ……ああ。もしかして……」
難聴系魔王は私の言葉を完全に無視して目を見開いた。何だか嫌な予感がする。
「私に夜這いをしかけに来たのか! 最近の若い娘は大胆だな!」
「そんなわけないでしょう!」
頬を染めながら私の腰を引き寄せようとするアマデウス様の手をはたく。やっぱりこんな勘違い魔王とは一緒にいられない、と私は決意を固くした。
「私、あなたとは結婚できません!」
「どうした、いきなり。マリッジブルーというやつか?」
「違います!」
これ以上は押し問答をしているのもバカらしくなって、私は足早に彼から離れようとした。
しかし、空気の読めないアマデウス様はついて来ようとする。頭にきた私は、振り向きざまに彼に魔法をかけた。
「うわあっ!」
油断していたのか、アマデウス様はあっという間に黄金の鎖でがんじがらめになってしまった。そのまま不満そうに地面をゴロゴロと転がる。
「ウルスラ~! 夫婦喧嘩はスライムも食わないんだぞ~!?」
「黙っててください。……封印!」
私はさらに術をかけ、アマデウス様の魔法を一時的に使えなくした。彼に背を向けて夜の庭園を走る。魔王城を出て、外に広がっていた森の中に入った。
やっとあの面倒な魔王から逃げられた。胸のしこりが取れたように、私はすっとしたものを覚える。
……本当に?
鬱蒼とした木々の間を歩きながら、私は愕然となった。
自分でも驚いたことに、思ったほどスッキリしていなかったのだ。まだ逃げおおせたことに対する実感が湧いてないのかしら?
「きゃあっ!」
そんなことを考えていた私は、足元が崖になっていることに気が付かなかった。幸いにもそこまで険しくはなかったけれど、岩だらけの坂道を延々と滑っていく。
やっと地面に辿り着いた頃には体中をすりむいていて、足首をひねったせいで満足に歩けなくなっていた。
「……最悪だわ」
私は近くの岩にもたれかかった。
怪我を治せる魔法なんか知らない。このままじゃ、完治するまでここから動けなくなってしまう。
けれど、私に降りかかった悲劇はそれで終わりじゃなかった。
「見ツケタ。聖女……ウルスラ」
地の底から聞こえてくるようなおぞましい重低音に、私は息が止まりそうになる。木々を押しのけ、目の前の暗闇から腐った体の怪物が姿を現わした。
「ド、ドラゴンゾンビ……!?」
私は思わず後ずさる。私がアマデウス様と取引するきっかけとなった化け物だ。
私の反応に、ドラゴンゾンビは「驚イタカ?」とケタケタ笑った。
「貴様ヲ、探シテ、イタ。我ニ……痛イ目ヲ、見セタ、貴様ヲ、倒ス……タメ、ニ」
「な、何よ! 逆恨みってこと!?」
半年前に王都の近くに現われたドラゴンゾンビを私は撃退した。でも、慈悲をかけてとどめは刺さずに逃がしてあげたんだ。
だけど、私にやられたことをドラゴンゾンビは相当根に持っていたらしい。こんな辺境までやって来るんだからその執念は異常だ。私は自分の甘さを後悔した。
「我ノ、恨ミ……思イ知レッ!」
ドラゴンゾンビが爪を振り下ろしてくる。私は急いで魔法で障壁を張った。
しかし、ドラゴンゾンビの攻撃を受け止めきることはできない。深く食い込んだ爪が、障壁に巨大な穴を開ける。
「ど、どうして……!?」
半年前の戦いでは、これで相手の攻撃を弾き返せたはずだ。ドラゴンゾンビはニヤリと笑う。
「昔ノ我ト、思ウナ。憎シミ、ガ、我ニ力ヲ、与エタ……。聖女ウルスラ……覚悟!」
ドラゴンゾンビが私に飛びかかってくる。障壁を解除した私はすぐさま横に飛び退いた。
けれど、その途端に足がズキリと痛み、地面に倒れ伏す。あっと思った時には、ドラゴンゾンビの巨大な影に包まれていた。
「ウルスラは聖女ではなく大聖女だぞ!」
しかし、私が命を落とすことはなかった。体が地面から離れた直後、上空の冷たい夜風に頬をなでられる。アマデウス様に抱きかかえられていると気付いた私は瞠目した。
「どうして……?」
「妻の危機だ。助けに行かないという選択肢はない」
アマデウス様は私を安全なところへ降ろした。よく見れば、服はボロボロになって体にもアザが残っている。
もしかして、無理に拘束を抜けてきたの?
「……ほら、これで大丈夫だ」
アマデウス様は自分の上着を裂いて、ひねってしまった私の足首を固定した。怪我をしたなんて一言も言ってないのに……。
アマデウス様が目元を緩ませる。
「ウルスラ、ここで待っていろ。お前の花婿が格好よく敵を撃退するところを見て、惚れ直すといい」
そう言って、アマデウス様はドラゴンゾンビへ向かっていく。
「アマデウス様!」
なんてバカなことをするんですか! と私は心の中で叫んだ。
今のアマデウス様は私の封印術のせいで魔法が使えない。いくら魔王とはいえ、そんな状態でドラゴンゾンビと戦うなんて無茶だ。
「邪魔ヲ……スルナッ!」
ドラゴンゾンビがアマデウス様に向けて炎を吐いた。アマデウス様は器用に飛びながらそれを避ける。その間隙を縫ってドラゴンゾンビが尾を振り回した。
アマデウス様はその攻撃を完全には見切れなかったようだ。強烈な一撃を叩き込まれ、体が吹き飛ぶ。近くに転がり落ちたアマデウス様に、私は足を引きずりながら駆け寄った。
「私が悪魔じゃなかったら……今ので木っ端微塵だったな」
アマデウス様は口から流れ出る血を手の甲で拭いながら不敵に笑っている。私は「バカ!」と叫んだ。
「私のことなんか放っておけばよかったじゃないですか! 嫌われてるって分からないんですか!?」
「ウルスラ、大聖女なのに嘘はダメだぞ」
アマデウス様が肩を竦めた。
「私のことが嫌いなら、そんなに心配なんかしないだろ」
図星を指されたような気がして私は黙り込む。アマデウス様が私の頭をなでた。
「それに、お前が私を嫌いでも、私はお前のことが好きだからな」
「……どうしてですか」
「お前が私の花嫁だからだ」
めちゃくちゃだ。全然筋が通ってない。
アマデウス様は私に求婚されたと思い込んでいるけどそれは勘違いだ。それに、私は彼の花嫁になる気はない。平穏無事に暮らしたいんだ。
それなのに……どうしてこんなに泣きそうになってるの?
「バカ……」
私は目元をこすった。
「本当に……バカ……」
私は気付いてしまった。
アマデウス様だってバカだけど、それと同じくらいには私も大バカ者だ。
私は人から愛されなくなって、初めて愛がどれほど貴重なものなのか理解したんだろう。そして、愛が得られないのならその代わりに、と平穏を望んだだけだったに違いない。
でも、そんな私を愛してくれる人がいるのなら……。
私は涙を拭って目の前の怪物を見据えた。
「化け物! 覚悟しなさい!」
私はドラゴンゾンビに向けて術を放った。その腐った体が黄金の鎖で絡め取られる。
「何ッ!? 貴様如キニ……我ガ、後レヲ……取ル、ナド……!」
ドラゴンゾンビは落ちくぼんだ目玉を震わせている。私は鼻を鳴らした。
「あなた、憎しみで強くなったんでしょう? だったら、私にだって同じことができるとは思わなかったの?」
ただし、私に力を与えたのはもっと別の感情だった。
私はアマデウス様の額に手を当てる。彼にかけていた魔法封じを解いた。
「啖呵を切ってしまってから言うのも何ですが、あまり長くは拘束できないと思います」
私はアマデウス様にこそっと囁く。「充分だ」と彼は満足げに頷いた。
「夫を助けるなんて妻の鑑だな。ならば私も、よい夫として妻を支えなければ!」
アマデウス様が私の足の怪我を治し、肩を抱き寄せる。……『支える』って物理的にってこと?
「さあ行くぞウルスラ! 初めての共同作業だ!」
アマデウス様から放たれた黒いオーラがドラゴンゾンビを包む。不穏なものを感じた怪物は暴れ出した。私は目を細める。
「逃げられないわよ」
私は指を鳴らした。巨体を縛っていた黄金の鎖が解け、無数の矢に変わる。その矢がドラゴンゾンビを射貫くのと、アマデウス様の魔法が怪物を取り込むのが同時だった。
「ギャアアアッ!」
ドラゴンゾンビが恐ろしい悲鳴を上げる。黒いオーラが霧消した後には、一欠片の骨すら残っていなかった。
「ウルスラ~! 私たちの愛の勝利だな!」
歓喜したアマデウス様がキスしようと顔を近づけてきた。私はそっぽを向いて彼から離れる。
「さあ、帰りましょう。皆が心配します」
「待ってくれ、ウルスラ! ……手ぐらいなら繋いでもいいだろう?」
許可が下りる傍から、アマデウス様は私の手をがっちりと掴んでいる。まるで、もう離さない、とでも言うかのように。
でも、私はそれを振り払う気にはなれなかった。
「帰ったら式を挙げよう。私たちは愛の結晶という名の合体魔法まで作ってしまったんだ。ちゃんと責任を取って結婚しないとな」
またアマデウス様が変なことを言い始める。でも、このおかしな理屈に屈する日も、そう遠くはないのかもしれないと思ってしまった。
深まる夜空を流れる風が、森の木の葉をそよがせる。それは、私を騒がしい日常へと手招きする音に聞こえた。