第八十三話 落日の咎【中】
激昂した黒慧の周囲で荒れ狂う熱風が、容赦なく早梅へ吹きつける。
大気中の水分濃度が急低下し、炎にもまれているかのようだ。
「熱いっ……!」
「おさがりください、お嬢さま」
すぐさま、黒皇のひろい背が、早梅の前に立ちふさがる。
(内功が暴走しているのか、なんて陽功だ!)
凍える早梅をあたためてくれていたものとは、まるで次元がちがう。
それは、燃え上がる灼熱の太陽。自然の脅威そのものだ。
(黒慧を止めるためには、あれ以上の氷功をぶつけなければならない……! でも、それだけ反動も……)
自分はどうとでもなる。だがこの身は、自分だけのものではない。そのことが早梅を躊躇させた。
だからといって、早梅がなにもしなければ、かばい立つ黒皇に被害がおよぶ。
「梅雪さま、なんでわかってくれないんですか……兄上よりも僕のほうが、ずっとずっとあなたを……!」
「私を疎むのはいい。けれど梅雪お嬢さまに八つ当たりはだめだ」
「うるさいッ! あなたの指図なんて受けないッ!」
「やめなさい小慧、黒慧!」
彼ら兄弟を、被害者と加害者にしてはいけない。
その一心で、早梅は夢中だった。
どうしよう、どうすればいい? 考えろ、考えろ……!
「おいおい、若いってのはいいねぇ」
そこに、予想だにしない人物の介入がある。
どこからともなく姿を現し、黒皇と黒慧の間に割り入ったのは、晴風だ。瑠璃の瞳が、黒慧を射抜く。
「青風真君……」
「ここがどこだかわかってんのかい、慧坊。俺の茘枝を炭にする気か?」
早梅は息を飲む。こんなにも静かに怒る晴風を、はじめて目の当たりにしたからだ。
「──舐めるなよ、小僧」
そして早梅は、おどろくべき光景を目にする。
炎のごとくおそいかかる熱風を、猛烈な吹雪が飲み込むさまだ。
(そうだ、風おじいさまは、私たち早一族の祖先……!)
ならば人の境地に達し、いまや神仙たる晴風が、早梅の氷功をはるかに凌ぐそれを操ることができても、なんら不思議はない。
「ったくもう! 身重の梅梅になんてことさせようとすんだ! 説教だばかやろう!」
「いたたた、痛いです、青風真君!」
「若ぇのがこれくらいでピーピーわめくんじゃねぇ! 覚悟しろよ、そろそろ燕燕もすっ飛んでくるころだからな! 言っとくが、ぶち切れた燕燕は俺よりおっかねぇぞ、ご愁傷さまぁ!」
一瞬だった。晴風はあっという間に黒慧の耳と襟首をつかみ、『翠桃園』の方角へ引きずってゆく。
「おまえもだぞ、黒皇」
去り際、晴風はこちらをふり返る。
「腹にため込んでることがあるなら、吐き出しちまえ。梅梅はな、おまえが思ってる以上に、おまえが大好きなんだからな」
晴風の言葉を受けて、ようやく黒皇は、黄金の瞳をゆらめかせた。




