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第二十七話 紅に染まる【後】

「さてと。『灼毒(しゃくどく)』の問題は解決した。ならあとは、この物騒な街からさっさとおさらばするだけだな」

「その前に、憂炎(ユーエン)を見つけましょう」

「はぁ、そういやいたな。そんな小僧」

紫月(ズーユェ)兄さま!」


『灼毒』うんぬんを話題に出したのは紫月なのだから、まさか本気で忘れていたわけでもないだろう。

 それにしたってぞんざいすぎる憂炎の扱いに、紫月へ詰め寄るハヤメ。

 慌てずさわがず、妹をなだめる紫月。

『いつもの光景』が、そこにあった。


「そう怒るな。(ラン)族は鼻がきく。身体能力だって高い。いくらヒョロヒョロのやせっぽちでも、『だいすきな梅姐姐(メイおねえちゃん)』のにおいを、そろそろ嗅ぎつけて──」


 とここで、不自然に紫月の言葉がとぎれる。

 無言で立ち上がった紫月が、()いた剣に左手を添え、周囲へすばやく視線を巡らせた。


「……におうな。犬でなくてもわかる」


 何事かと問うまでもない。

 紫月の目配せを受けたハヤメは、立ち上がりざまにうなずいてみせると、駆け出した紫月の背を追う。


 細い裏路地を抜け、大通りへ。

 軽くなったからだとは対照的に、空気が重苦しい。


 冬の夜にふさわしくない、じりじりと熱気をはらんだ風が、どこからか吹きつける。

 理由は、すぐにわかった。


 立ち込める黒煙。

 寝静まる街を突如襲った、赤、赤、赤。


「燃えてる……あれは『福音楼(ふくいんろう)』の方角です!」

「まて、梅雪(メイシェ)!」


 思わず踏み出したハヤメの腕を、声を張り上げた紫月が乱暴にさらう。

 直後、どす黒く煙る空から、赤い光が放物線を描いて降り注いだ。

 流れ星だとか、そんな風情のあるものではない。


 ハヤメと紫月は周辺でひときわ背の高い建物の影へすべり込み、赤々と色のともった往来をうかがう。


「矢……!?」

「ただの矢じゃない、火矢だ」


 一瞬でも、紫月の制止が遅れていたら。

 ハヤメはいまごろ燃えさかる炎の矢に脳天を射抜かれ、火達磨(ひだるま)になっていた。


 矢の先端に、燃えやすい油紙をくくりつけてあるのだろう。

 獲物をとらえられずとも、落ち葉などに飛び火し、みる間にあたり一帯へ延焼する。

 紅蓮の怪物が、街をのみ込みゆく。


「火事だ!」

「どういうこと! なにが起きてるの!?」

「逃げろ逃げろ! はやく……ぎゃっ!」

「おとうさん、おかあさぁん!」


 家を飛び出す者。

 錯乱して叫び散らす者。

 逃げまどい、結果として火の雨の餌食となってしまう者。

 泣き叫びながら親を呼ぶ、幼子の姿もある。


 まさに、地獄絵図。


「街ひとつ消し炭にするつもりか、下衆どもめ」

「どうして、こんな酷いことを!」

「倫理観を問いただしたところで、答える連中か? おまえのいた店で食事をしていた、ただそれだけの理由で、一般客をみな殺しにするやつらだぞ」


 ハヤメの脳裏に、血まみれの惨劇がよみがえる。

 これは見せしめなのだ。

 決して逃しはしない。次は、おまえだと。


「助け、ないと……」

「やめろ」


 うわごとをこぼすハヤメの肩を、紫月がぐいとつかんで引き戻す。


「やつらの狙いは、俺たちをあぶり出すことだ。のこのこと顔を見せてやる義理はない」


 余計な真似をするな。

 俺たちは、正義の味方ではないのだから。

 紫月はそう言っている。


「私のせい……なんですか」

「馬鹿を言え。見境なく殺しをするやつが悪いに決まってる」


 口早に告げた紫月に腕を引かれるまま、ハヤメは駆け出す。


「こわいよう、あついよう……おねえちゃん、おねえちゃあん!」


 どこかで、こどもが泣いている。

 姉を呼んで、泣いている。


 まとわりつくその声に、耳をふさぎ、背を向ける。

 ハヤメが唇を噛みしめてにらみつけた夜空は、(くれない)に染まっていた。

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