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第二十五話 真白き物語【後】

 ハヤメから料紙を受けとった紫月(ズーユェ)が、朱の紐をほどく。

 (マオ)族は夜目がきくから、わずかな月明かりでも蛇腹をひらいたそこになにが記されているのか、すぐにわかったことだろう。


「『白雪小哥妹(はくせつしょうかまい)』の、譜面か」

「えぇ。紫月兄さまもよくご存知のものです。そこに書いてあるものに関しては」

「……なんだって」


 だがハヤメの意味深長な言葉の意図までは、理解できないようで。


「あの曲には、続きがあるんです。あまりの難度に演奏できる弾き手がおらず、いつしか忘れ去られてしまったようですが」


 我に返ったように、譜面をめくる紫月。

 二枚目、三枚目……と目を通すたび、その整った(かんばせ)が歪む。

 そうさせるのは悲哀の情か、それとも。


「幻となってしまった譜面を、わが(ザオ)家の邸宅で見つけました。……最後に記しているのは、曲を締めくくる『本当の物語』です」


 紫月の悲痛な想いをぶつけられたことで、断片的ではあるが、ハヤメも思い出すことができた。


 梅雪(メイシェ)が、紫月をどう想っていたのかを。


「妹だって、兄を、愛していたんです」



  *  *  *



 静燕(ジンイェン)は聡明な少女だった。

 だれもを魅了する美人に成長しても、おごり高ぶることなく、謙虚さを忘れなかった。

 それは「どんなときも誠実であれ」という、兄、晴風(チンフォン)の言葉があったから。


 宮仕えをはじめてしばらく。後宮がやけにざわめいていた。

 甘ったるい香りと目に痛い極彩色の入り乱れる光景のわけを、静燕は知らない。

 あるとき、下級貴族の娘である宮女が、親切に静燕へ教えてくれた。


「あら、知らないの? 似顔絵師にとびきり美人に描いてもらうのよ」


 まぁ、あなたには関係ないことでしょうね──と白粉に塗りつぶされた低い鼻をならして、宮女はせせら嗤った。


 静燕は聡明な少女だった。

 皇帝の寵愛を勝ちとるため、宮女たちがこぞって似顔絵師に賄賂(わいろ)を渡していたことを悟った。


 静燕は、沈黙を貫いた。

 これに似顔絵師は腹を立て、賄賂を寄越さなかった静燕の似顔絵を、わざと醜く描いた。

 皇帝が静燕のもとをおとずれることは、なかった。


 それから数年後。晴風らしき人物が都をおとずれていることを、静燕は風のうわさで聞く。

 すぐさま有り金すべてをはたき、高級な衣と装飾品で着飾った。


(追い返さなきゃ)

()()を知れば、きっと私を連れ帰ろうとするわ)

(だから……追い返さなくちゃ。まっすぐで家族想いな兄さんを)


 宮女と似顔絵師の間で、当然のように取り引きされる賄賂。

 それに気づかない、愚鈍な皇帝。見て見ぬふりをする官僚たち。


 そんなことがまかり通る腐りきった場所に、正義感の強い晴風が、大切な妹を置いておくはずもない。


 だが、予想外のことが起こった。

 着飾ったことで美しさに磨きをかけた静燕を、偶然皇帝が目にし、妃にするなどと言い出したのだ。

 静燕が予想しうる、最悪の事態に違いなかった。


(……兄さんが殺されてしまう。皇帝の妃をかどわかそうとした重罪で)


 だから静燕は、うそをついた。


「おまえのような小汚い坊主など、知らない」


 静燕はおのれが知らぬ間に、両親が亡くなったことを知った。

 髪を切った兄が、それを売ってむしろにかえたことも。


 父に会いたかった。

 母に会いたかった。

 兄に合わせる顔がなかった。

 無知なおのれに憤りしかなかった。


「出て行け、二度と姿を現すな!」


 いっそ叫んでしまいたい静燕の本心は、かん高い金切り声にしかならなかった。


 これでいい。

 たったひとりの家族を守るためには、こうするしか。


 静燕は、そう自分に言い聞かせた。


 それから間もなく、晴風が行方知れずになったと、静燕は耳にした。

 故郷の雪山へ向かう兄の姿を、目撃した者がいるらしい。


 静燕は聡明な少女だった。

 兄がどこにいるのか、即座に理解した。


 皇帝との初夜を拒んだ静燕は、後宮を飛び出す。

 ひとり向かったのは、幼きころに兄と駆け回った故郷だ。

 冬は真白き怪物と化す、やさしくて無慈悲な雪山。


「ふたり一緒なら、さびしくないよね……」


 白い風に巻かれながら、静燕はわらっていた。

 それから彼女が戻ることも、なかった。


 だれが手向けたのか。

 不思議な(あお)い花が、春を知らぬ雪山に咲いていた。

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