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第百二十九話 氷風はすさぶ【前】

 そよ風の吹き抜ける回廊で、早梅はやめ桃英(タオイン)と向かい合う。


 父は物静かで、あまり口うるさくしつけをする性分ではない。

 かといって、妻の桜雨(ヨウユイ)に育児を丸投げもしなかったし、むしろ時間を見つけては、進んで世話をしてくれた。

 (ザオ)家当主と父親。どちらもないがしろにすることなく、立派につとめていたのだ。


 そんな桃英を前にして、早梅はあらためて緊張していた。


「私の息子です。蓮虎(リェンフー)といいます」


 胸に抱いた赤ん坊を、そっと差し出す。


「……父親は、(ルオ)飛龍(フェイロン)です」


 娘が声音を硬くさせた意味を、多くをきかずとも、桃英は理解したことだろう。にわかに、瑠璃の瞳が鋭利な色をおびる。


「──あの男は、わが一族をどれほど愚弄すれば気が済むのだ」


 一族は滅ぼされ、生きのびた娘は慰みものにされた。

 桃英がいだく憤怒は、地獄の業火よりも激しいものだろう。


 なにも知らぬ赤子は、翡翠の髪。

 そしてゆらめく大粒の双眸は、あざやかな緋色。

 ややあって、厳かな言葉がつむがれる。


梅雪(メイシェ)

「はい」

「彼を、愛しているか」

「いいえ」

「この子を、愛しているか」

「はい」


 続けざまに問う桃英の声音は、ひどく静かだ。

 怒りを、さまざまな感情をおさえ、内包した声だ。

 早梅も、えも言われぬ感情の荒波が押し寄せるのを唇を噛みしめて堪えながら、答えた。


「……うぅ、あぁあ!」


 張りつめた空気に耐えかねたのは、蓮虎だった。手足をばたつかせて、愚図り出す。


小蓮(シャオリェン)!」


 怖がらせてしまった。赤ん坊は、周囲の人間の感情に敏感なのに。

 すぐになだめようとする早梅だけれども、のびてきた腕が、蓮虎を抱き上げた。


「すまなかったな、蓮虎」

「あぅ……」

「よしよし」

「んんぅ……」


 桃英だった。蓮虎を胸に抱き、揺りかごのようにからだを揺らしながら、ひろい手のひらで包み込むように頭をなでている。


 一度愚図り出したらなかなか泣きやまない蓮虎が、暴れるのをやめて、濡れた緋色の瞳で桃英を見上げる。その表情といったら。


「ぷっ……小蓮ってば」


 ほほ笑んだ桃英につられて、にぱっと笑う蓮虎。つい先ほどまで泣いていたことなど、忘れてしまったようだ。

 けろっとしたわが子に緊張をほぐされた早梅は、桃英に寄り添って、問う。


「どうですか? お父さま」

「こどもは、かわいいな。それと」

「それと?」

「三十八で孫の顔を見るとは、思わなかった」


 おどろいた、と瑠璃の瞳を丸くさせる桃英に、早梅はまた吹き出してしまう。


「次の子は、私が名付けたい」

「もうお父さまったら、気が早いです!」

「そうか? 黒皇(ヘイファン)はいつでも準備ができているらしいぞ」

「ちょっ……あのねぇ、へいふぁーん? お父さまになに言ってくれちゃってるのー!?」


 桃英、突然の爆弾投下である。

 後ろをふり返れば、親子のやり取りを見守っていた愛烏(まなからす)は、至極真面目な顔でひと言。


「立候補させていただきました」

「選挙じゃないんだから!」

「私は十人兄弟ですので、あと九人はほしいですね」

「いや、どんだけがんばるし、がんばらせるつもりなのよ、野球でもするのかい!?」

「やきゅう? 以前、お嬢さまがおっしゃっていた競技のことですか? 九人と九人で闘うなら、ぜんぶで十八人必要なのでは?」

「墓穴を掘った!」

「ちょっとがんばってみます……」

「ぜんぶ君がやるつもりなのね!」


 そんなの無理だろと言いたいところだが、あいにく黒皇は霊鳥で、早梅は仙女。不老長生なのである。

 つまり、十八人でも百人でも、つくろうと思えばできなくもなかったりする。

 いやでも、そこはまだ人間の感覚が抜けきらないために、遠慮したい早梅である。


「こどもをつくるなら、結婚をしないといけないぞ」

「えぇ、おっしゃるとおりでございます、旦那さま」

「着実に外堀から埋められている!」


 まさか桃英からその話題を出されるとは。

 父がすでにこの調子である。黒皇に対する好感度が高すぎやしないだろうか。


「お嬢さまは、私との結婚はお嫌ですか?」

「あとでね!!」

「わかりました。ではあとで」


 色々と言いたいことがごちゃまぜになった結果、ほぼ敗北宣言も同様の叫びをひびかせた早梅だった。

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