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第百十六話 水郷につどう【前】

 夕焼けのきらめきを、見わたすかぎりの水面が反射している。


「ほぉー、たいしたもんだなぁ!」

「きれいですねぇ!」

「あぅぅ! きゃっ、きゃっ!」


 山奥育ちの晴風(チンフォン)早梅(はやめ)は、大海原のごとくひろがる大河の中心で揺られながら、瑠璃の瞳をかがやかせていた。

 その様子を目にした赤ん坊も、つられてえがおになる。


「へぇ、船を浮かべて水上で露店をやってるのか。あっ見て見て、あちらのお嬢さん、素敵な装いだねぇ!」

「流行の衣かもしれませんね。都から比較的近い街ですから、若者からご老年まで、さまざまな方がいらっしゃるのです。……梅雪(メイシェ)お嬢さま? どうなされましたか」

「えへへ、うちの黒皇(ヘイファン)が、物知りだと思って」

「そらそうだ。こいつ、俺より年食ってるからな」

青風真君(せいふうしんくん)……」

「え? なんだって?」

「……その言い方はどうかと思いますよ、若さま」


 晴風の心外な物言いと慣れない呼び方も相まって、黒皇はととのった眉根を寄せる。


「事実だろーがい。てかそれを言い出したら、(フゥイ)坊も梅梅(メイメイ)の百倍は生きてんだけどな」

「言われてみれば……黒慧(ヘイフゥイ)、私より年上だったんですね! 弟みたいに思ってました!」

「それ聞いたら慧坊泣くぞー、梅梅ー」

「きゃーごめん黒慧! 悪気はなかったのー!」


 言い出しっぺの確信犯である晴風はさておき、早梅はまだ燃えるような赤を地平線でにじませている西日に向かって、律儀に謝っていた。

 そうしてはしゃぐ祖先(おじいちゃん)子孫(まご)で、遊覧船上はにぎやかなものだった。


 黒皇はひろげていた地図を丁寧に折りたたむと(えり)元に仕舞い込み、夕暮れのすこし肌寒い風に濡れ羽色の髪をなびかせながら、口をひらく。


貴泉(きせん)郡が誇る水郷(すいごう)燈角(とうかく)に到着でございます」



  *  *  *



 貴泉郡は、都、天陽(てんよう)からみて北に位置する陽北(ようほく)地域。

 そのなかでも燈角は、水の豊かな景勝地として観光業のさかんな街だ。


 船からおりた早梅たちは、黒皇の案内で、細い裏路地へ引っ込む。

 観光客の喧騒も他人事のように感じる薄暗い道を、ひろい背だけを頼りに突き進んだ。


「やぁ」


 かろうじて落日に照らされた突き当たりで、早梅は灰色の外套をまとった人影とかち合う。

 早梅は黒皇の肩ごしに、さっと視線をはしらせた。

 華奢な体格だが、上背からして成人男性だろう。外套の帽子部分をまぶかに被っているため、その容姿まではうかがえない。


「『手形』をみせてくれる?」


 謎の人物は、若い男の声で話しかけてくる。

 黒皇は衿元に手を差し入れると、藤色の糸をむすばれた佩玉(はいぎょく)を取り出した。

 それに早梅は、並々ならぬ既視感をおぼえる。


(あれは、紫霞(ズーシャ)──紫月(ズーユェ)がもっていた佩玉だ!)


 子羊の角によって作られた佩玉。それを提示することが意味するのは。


「たしかに。ひさしぶりだね。おかえり、黒皇」


 目の前の男はそういって、外套の帽子を脱ぐ。

 現れたのは、ところどころに黒と白が混じった栗毛。二十五、六歳ほどの青年が、こちらに向かってはにかんでいる。


「そちらのおふたりは、はじめましてですね。僕は一心(イーシン)といいます。お見知りおきくださいね、人間のお嬢さん、お兄さん」


 ──そら来たぞ。


 無意識のうちに気を引きしめる早梅をよそに、一心と名乗った三毛の青年は、からだを反転させる。


「こちらへどうぞ。僕ら(マオ)族による『獬幇(かいほう)』支部へご案内します」


 日が落ちる。宵につつまれゆく景色のなか、一心の琥珀(こはく)色の眼光が、あざやかに瞬いていた。

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