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第百十五話 破滅の在り処【後】

 緋色の視線がからまる。

 まっすぐ見つめ返す息子に、なにを思うたか。飛龍フェイロンは、ふ……と口もとをほころばせる。


「殊勝なことだ」

「……父上?」

「そういったことは、もうすこし背を伸ばしてから申すがよい」

「なっ、俺はまだ成長期なんですっ!」


 つい素が出てしまった。そのうえ卓を引っぱたいて立ち上がっていたことに気づき、暗珠アンジュはいそいそと椅子へ座り直す。

 目測でおよそ160センチ強。それが現在の暫定身長。暗珠がひそかにコンプレックスに感じていたことである。


 対して飛龍は、180センチはあるだろう十頭身。おなじ血が流れているはずだから、じぶんとて将来有望なのだと暗珠も声高に主張したい。

 顔が燃えるような心地の暗珠をよそに、涼しい面持ちの飛龍は続ける。


「心身ともに休まるいとまがないというなら、この場に居続ける理由もなかろう」

「失礼ですが、それは『後宮を出ろ』というお言葉に聞こえます」

「ならば話は早い。暗珠よ、貴泉(きせん)へゆけ。避暑のためにつくらせた離宮がある。かの地にてしばらく養生をするように」

「貴泉ですって……お待ちください、それは!」


 暗珠は、ふいに頭を殴られたようだった。

 離宮へ行く。天陽(てんよう)を、都を出る。それはつまり。


(ハヤメさんを、探しに行けるかもしれない!)


 暗珠が欲してやまなかった、自由が手に入るということ。突如射し込んだ希望の光だ。


「出立は三日後だ。荷造りをしておきなさい」


 感動に打ち震える暗珠を視界におさめ、飛龍はおもむろに腰を上げる。


「細やかなご配慮、ありがとうございます、父上!」


 歓喜のままに深々と頭を垂れる暗珠は、知るよしもない。


「暗珠、このところ精進しているようだな。()()()()()()()、稽古をつけてやろう」


 最後に飛龍が口にした、その意図を。



  *  *  *



 これは宮廷の中でも、ごく限られた専属医官しか知らないことだが。

 皇帝陛下は、就寝前に『薬』を所望される。

 むろん『薬』とは名ばかりの、毒を混ぜた酒だ。


「──味がせんな」


 漆黒の夜更け。飛龍は私室でひじ掛けにもたれ、毒酒を飲み干すや、抑揚のない声でつぶやく。

 猪すら泡をふいて卒倒する猛毒を、なんでもないように飲み下すなど、尋常ではない。


 ──二年だ。飛龍が毒酒を欲するようになって、もう二年がたった。

 この間、飛龍は食事らしい食事をまったく摂っていない。それだけでも信じがたいけれど、ある日、不幸な医官は目にしてしまった。


 若い宮女を殺し、まだあたたかいその血を毒酒に混ぜ、口にする飛龍のすがたを。


(この方は、もはや人ではない……!)


 今宵も毒酒の用意を命じられた医官は、『異常』な男の前に跪き、震えることしかできない。

 一瞬後のおのれの生死すらわからず恐怖する医官を背に、飛龍はうたうように独りごちる。


「わが梅花の姫、梅雪(メイシェ)。気の長い私にも、我慢の限界というものがあるのだぞ?」


 飛龍は嗚呼、と感嘆をもらしながら、うっとりと、虚空の闇へわらいかけている。


「梅雪。私の可愛い梅雪。その柔肌を食いやぶって、桃の果実のごとく瑞々しくあまい血を、そのやわらかな肢体を、喰らい尽くしてしまいたい。あぁ……今度こそじかに抱いて、また孕ませてやろうか。私の子を、何人でも生んでおくれ、梅雪……ふ、っくく、はははははっ!」


 愛欲に狂った男のわらいが、闇夜にこだまする。

 これが、道を外した者のすがただというならば──


 なぜ、いまだに破滅がおとずれないのだろう。

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