第百九話 七彩に舞う【前】
色とりどりの花畑のなかに、後ろすがたがひとつ、ふたつ。
「ほらできましたよっ、梅雪さま、蓮虎おぼっちゃま!」
太陽のような、というか、太陽そのものな黒慧が、まばゆい笑みをはじけさせる。
そして白詰草と菜の花で編んだ大小の花冠を、早梅とその腕の中の赤ん坊へかぶせた。
「きゃっ、きゃっ!」
「小蓮はお花が好きだもんねぇ。きれいだねぇ。ありがとう、黒慧」
「よろこんでいただけて、うれしいです! ところで」
歓喜にほほを染めていた黒慧は、そこでふと気づくことがあり、こてりと首をかしげた。
「皇兄上がいらっしゃらないと思ったら……どうして蓮虎おぼっちゃまのおくるみのなかに?」
「よくぞ聞いてくれたね。愛烏の刑を絶賛執行中だ」
「まなからすのけい?」
「私をたいそう可愛がってくれたからね。ニクいこんちくしょうは、小蓮に可愛がってもらえばいいのさ」
「兄上、なんで梅雪さまは笑いながら怒ってるんですか?」
「ちょっと愛情があふれすぎて」
「愛情? よくわかりませんが、雛をあたためている親鳥みたいですね!」
「そうだね。そのまま親になれたらどんなに……あの、申し訳ありません、おぼっちゃま。羽毛をむしらないでいただけると助かります」
「うー、あぅー!」
「はーい小蓮、そのへんにしとこうね。黒皇が禿げ鷹ならぬ禿げ烏になっちゃうよ」
乳児がいるからと、早梅が最大限オブラートに包んだ説明は、黒慧には三割程度しかつたわらなかったらしい。
(それでいい、君は純粋無垢なままでいてね)
早梅はほほ笑みかけた流れで、わが子といっしょに胸に抱いている黒皇を見下ろした。
黄金の隻眼をした烏が、じっと見上げてくる。
(なんだろう、すごく真っ直ぐ見つめてくるんだが)
決まりだ。これっぽっちも反省していない。というか黒皇は、悪いことをしたという認識自体がないのだろう。
そうだとしても、この烏がなんだかとってもやさしく襲ってきて、早梅がすこぶる恥ずかしい思いをした事実は変わらない。
「このロールキャベツ系男子め」
「ろーるきゃべつ?」
「草食かと思ったら肉食だったってことだよ」
「お嬢さま。黒皇も烏ですので、お肉もたべます」
「そうだったね!」
大真面目な返しを食らった。そういうとこだぞ、黒皇。これで無自覚。憎めない男である。
「ふふっ!」
そうこうしていると、笑い声をもらした黒慧が、早梅へぴたりと肩を寄せてきた。
「あら、どうしたの」
「なんでもないです」
「なんでもないことないよね?」
満面の笑みで、ほほをすり寄せられるのだ。
末っ子気質な黒慧はもともと甘えん坊だが、こんなにご機嫌なのもめずらしい。
「楽しいなぁ、しあわせだなぁって、思ったんです」
はにかみながらの黒慧のひと言は、春の陽気のようなあたたかさがある。
蓮虎は、いつの間にかすぴすぴと眠りこけていた。
「前の僕だったら、燃やしちゃうんじゃないかって、怖くてなにもできなかったから」
──黒皇がもどり、陽功の扱い方を学んだ黒慧は、上手くじぶんの力を扱えるようになった。
内功の無駄な消費をしなくなったことで、『おつとめ』後に疲労で倒れることもなくなった。
なにより、こうして花を摘んだり、愛しいひととふれあったりする『何気ないこと』を、どれほど黒慧が切望してきたか。
「ねぇ梅雪さま、ずっとここにいてくれませんか? そうしたら皇兄上もいてくださるでしょう? 僕、蓮虎おぼっちゃまのお世話もできます」
ぽうっと熱のこもったまなざしを受け、早梅はふわりと花の笑みをほころばせ、濡れ羽色の頭をなでる。
「ありがとう」
黄金の双眸が見ひらかれる。
明確な返答をしなかった。それでも、すこしさびしげな笑みが、早梅の真意としてつたわったのだろう。
「あ……そうだ、もうすぐおやつの時間ですね。お茶の準備をしてきます!」
やけに声高に告げた黒慧が、早梅からからだを離すなり、パタパタとせわしなく駆けていってしまった。
「黒慧……」
早梅は取り残された静けさのなかで、黒慧の名を呼ぶ。
するとそよ風が吹いて、胸に抱いたぬくもりがなくなっていた。
精悍な青年のすがたになった黒皇が、蓮虎を抱いている。
「おぼっちゃまは、私におまかせを。行ってあげてください」
さすが兄、といったところか。
たがいに、多くを語るまでもなかった。
「うん。ありがとう、黒皇」
力強い黒皇の後押しに、早梅は立ち上がり、花畑の向こうへ駆け出した。




