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第百八話 ちっぽけなわがまま【後】

 早梅はやめ青涼宮(せいりょうぐう)(へや)にもどると、真顔の黒皇(ヘイファン)が待ちかまえており、ぎょっとする。


「たいへんお待ちしておりました」

「お、おぉ……」

「さぁ、お休みの時間です。こちらへ。支度はととのえております」

「早い早い早い! 展開が、早い!」


 扉をあけるなり、黒皇にひょいと抱き上げられ、そのまま寝台へ連行されたのだ。

 いつものことだが、この烏は過保護すぎる。


「このごろ、思うところがありまして」

「へぇ……たとえば?」

「お嬢さまは、おぼっちゃまのために眠る間も惜しんで毎日がんばっておられます。ではそのがんばりを、だれが一番に褒めてさしあげられるか──その存在が、黒皇でありたいのです」


 晴風(チンフォン)でも静燕(ジンイェン)でも金王母(こんおうぼ)でもなく、じぶんが。

 謙虚な黒皇がこうして我を主張するのは、めずらしい。


「黒皇なしでは生きられなくなるくらい、甘やかして溺愛したい。その気持ちはいまも変わりませんよ」

「うそつき」

「と、おっしゃいますと」

「半分うそだね。私を甘やかしたいだけじゃなくて、黒皇も、甘えたいんじゃないかい?」


 渾身の反撃。くすりと、早梅の頭上で笑みがもれる。


「大正解です」


 真顔だった黒皇のほほがゆるみ、ぎしりと、寝台がきしむ音。


小慧(シャオフゥイ)とだけ、ずるいです。黒皇とも、添い寝をしてほしいです」

「おやおや」

「早梅さまに、もっとふれたいです」

「くすぐったい、ははっ」


 すりすりとほほを寄せられると、濡れ羽色の髪が首すじをかすめ、早梅はたまらなくなってしまう。


 早梅を押しつぶさないよう、気をつけてくれてはいる黒皇だけれども、こうして『甘えん坊モード』になってしまうと、どうにも制御がきかないらしい。


「おいしそうな唇です……ねぇ、早梅さま、すこしくらい、いいでしょう?」


 近頃の黒皇は、変わったように思う。いい意味で遠慮がなくなったというか。

 ぐっと体重をかけ、ほかのだれにも見せないような甘い表情を至近距離まで近づけて、早梅が叶えてやれないこともない『ちっぽけなわがまま』をたくさん言ってくるのだ。


(さては(フォン)おじいさま、変な気をきかせたんじゃないだろうね?)


 事あるごとにふたりきりにさせられるんだもんなぁ、なんて他人事のように思いつつ。

 あたたかくて大きな手のひらにふれられるのは、すきだ。

 早梅は素直な気持ちで、覆いかぶさる黒皇の首へ腕をまわす。


「いいよ。どっちがいっぱい甘やかせるか、勝負しよう」


 負ける気はないけどね、と早梅が強がりを言おうとすれば、そんな唇はこうしてあげます、とばかりにふさがれる。


「……早梅さま」

「ん……はぁ」

「はやめ、さま……」

「っふ……んんっ」


 口づけの合間に名前をささやくのは、反則というものだ。

 早梅がむず痒くなって身をよじっても、余計に体重をかけられ、腕で囲われてしまうだけ。


「……まだ、足りないんです」


 早梅のひたい、目じり、ほほ、唇へ口づけの雨を降らせながら、黒皇は吐息のような感嘆をもらす。


「あとどれだけの愛をつたえれば、私とおなじところまで墜ちてきてくださいますか……?」


 もはやされるがままであるのに、早梅が身をゆだねても、黒皇はまだ足りないのだという。


「困ったねぇ……私があげられるものなんて、もうほとんどないんだけど」

「あります。私が一番ほしいものを、まだくださっておりません」

「えぇ? そうかなぁ」


 わがままなこどもをなだめるように、艶のある黒髪をなでるけれども、ごまかされてはくれない。


「私がほしいのは、早梅さまのすべてです」


 ふたを開けてみれば、単純明快なことだ。

 意外に押しの強いこの烏は、「これ以上焦らされるのはつらいです」だなんて、たたみかけてくるのだ。


「早梅さま。いますぐにとは申しませんが」


 甘くひびく声音をつむぐ唇が、早梅の耳をくすぐる。


「おぼっちゃまも、弟妹がいらっしゃるとうれしいと思うのです」

「ふむ……」

「ですから()()()()は、私にご相談くださいませ」


 いつの間にだろう。敷布へ縫いとめられた手に、指が絡められる。


「──がんばらせて、いただきますよ?」

「……ほんとに、もう。どこでおぼえてきたの、そういうの」


 普段は色恋沙汰とはみじんも縁のなさそうな生真面目なふるまいをしているくせに、なんという爆弾発言を。


 あぁもう、甘ったるくてしょうがないったら。


「じゃあ、それまで手は出さない?」

「お約束は、しかねます」

「こら、正直者め」

「それより、早梅さまはごじぶんがいま置かれている状況を、再度確認されたほうがよろしいのでは」

「ちょっと待とうか黒皇」

「そういうお可愛らしい反応をなされますと、男の思うつぼですよ」

「なにを言ってもだめだこりゃ!」

「早梅さま、私と遊んでいただけますか。遊び疲れたら、ぐっすりお休みできますよ」

「ちょっ、待っ、ほんと待っ……きゃーっ!」


 黄金の瞳をとろっとろに蕩けさせた黒皇は、もう止められない。


(襲われている! なんだかとっても、やさしく襲われている!)


 もはや情緒もへったくれもない。

 羞恥のあまりじたばたと暴れる手足もたやすく押さえ込まれては、俗にいうピンチというやつなのでは。


「お可愛らしい早梅さまを、私だけに見せてくださいね」


 あ、すごい笑顔だ……と思ったのが最後。

 深く口づけてきた黒皇が、帯に手をかけていて。

 やがて押しつぶされるような息苦しさと、ふれあう素肌の熱に、早梅は決して逃げられないことを悟った。



  *  *  *



「……黒皇」

「はい」

「手加減って知ってるかい?」

「手加減ですか。しました」

「あれで!?」

「早梅さまへの愛情は、だれにも負けませんということです」

「平然となに言っちゃってるの君!」

「早梅さま」

「今度はなにかな!」

「湯浴みのお手伝いをいたしましょうか。おつらいでしょう」

「うぅ……はい、おねがいします……」

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