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第九話 劣を射る

 きじが雪原でその子狼を見かけるようになったのは、数日前。

 新雪のように白い毛なみだったので、うっかり踏んづけてしまったほどだ。

 怒った白狼(はくろう)が追いかけてきたが、すぐに息を切らして雪のなかへ倒れ込んでしまった。


 ふん、ざまあみろ。

 見向きもせずに歩きだした雉は、ぐったりとした白狼のことなど三歩で忘れた。


 それから何日たったか。ふたたび両者は相まみえる。


 雉は余裕綽々だった。

 光沢のある緑の羽毛を見せびらかすように、胸を張っていた。

 目の前の犬っころには、どうせなにもできやしないのだと、せせら笑いながら。


 だけれどそれは、雉の大きな誤算だった。


 白狼が近づいてくる。

 きしり、きしりと四つ足で雪を踏みしめながら、にじり寄ってくる。

 じっと雉をとらえた柘榴色の瞳の輝きは、捕食者のそれだ。


 ──喰われる!


 たまらず、雉は身をひるがえした。

 逃げて逃げて、入り組んだ雑木林までやってきたところで、ふと我に返る。


 振り返れど、白狼が追いかけてくる様子はない。

 雉は安堵(あんど)するとともに、懲りずにせせら笑った。

 そら見たことか。ろくに狩りもできない駄犬め。


 静まりかえった白い雑木林の合間を、雉はポテポテと歩き出す。

 一歩、二歩、そして。


 ──どすっ。


 三歩目を踏み込むよりさきに、衝撃が走る。

 驚いた雉は「ケーン!」と鳴いて慌ただしく飛び立つも、あえなく落っこちるしかない。

 自身の羽にまみれ、動かなくなった雉。後頭からくちばしの付け根にかけて、深々と矢が貫いていた。


 白狼がやってきて、息絶えた雉のまわりを一周したのちに、くわえ上げる。

 それからひくりと鼻をうずかせるや、たっと前足で雪を蹴る。


「こっちだよ。おいで」


 雑木林の影にはハヤメが待ちかまえていた。

 手にしていた長弓をおろす代わりに、小脇にたたんであった紺の長羽織を両腕いっぱいに広げる。


 白狼がぽとりと雉を地面に落とし、紺色のなかへ飛び込んでくる。

 軽い衝撃を抱きとめて包み込んだハヤメの腕から、ややあって、月白の髪をした少年がもぞもぞと顔をだした。


「おれ、うまくできた?」

「もちろん。私は君から逃げきれたと相手が油断した隙をついただけさ、憂炎(ユーエン)


 きゅっとハヤメの襟をにぎりしめ、上目遣う白狼の少年、憂炎の頭をなでてやれば、色白のほほにぽっと朱がともる。

 ぐりぐりと胸もとに鼻先をこすりつけてくる行動の意味を、知らないハヤメではない。


「ようし、憂炎をいじめた悪い雉はやっつけたことだし、雉鍋にして食べてしまおう」


 憂炎をひとしきりなでくり回してやったハヤメは、頃合いをみて声を上げたのだった。



  *  *  *



 ザオ一族が生まれながらにもつ体内毒、『氷毒(ひょうどく)』に解毒薬は存在せず、この世界には血液透析のような医療技術もない。

 ひとたび『氷毒』のえじきになったならば、全身が凍てつく苦しみを味わいながら、絶えゆく運命を待つのみだった。

 もし憂炎が人間であったならば、の話だが。


 (ラン)族は毒に強い耐性をもつ。

 毒素に対する免疫機能が、人間の数千倍もすぐれているためだ。

 獣人のなかでも飛び抜けて見られる、彼ら特有の体質である。

 ゆえに、毒矢をもちいた狩猟をくらしの重要な柱としている早一族にとって、唯一天敵と呼べる存在だった。


 結局のところ、ハヤメはたいしたことをしていない。

 憂炎を抱きしめて、静かに声をかけ続けていただけだ。

 それはほぐした麻縄でつつんだ火種に、そっと呼気をふき込むようなもの。

 いのちの灯火をふたたび燃え上がらせたのは、ほかのだれでもない、憂炎だ。


 寝ずの番をすること一晩。

 意識を取りもどした憂炎の世話をすること、もう一晩。

 猛毒に倒れた憂炎は、驚異的な回復を見せた。

 だからというわけでもないが。


「ちょっと外に出てくるよ」

「なんで! だめ!」


 ひと息つくと、腹は減るもの。

 粟粥(あわがゆ)もいいが、たまには肉を食べたくなるときもある。


 壁に引っかけてあった長弓と矢筒をもって小屋を出ようとしたハヤメだが、飛び起きた憂炎に袖を引っぱられてしまった。

 どうやら憂炎は、ハヤメに置いていかれると思ったらしい。


 ひと悶着あり、降参したのはハヤメ。

 駄々をこねるほどの元気坊主なら、予定を変えてもさしつかえないだろう。


『なんでも』はないが、『必要なもの』はそろっている棚から、手にもてるだけの荷物を拝借する。

 こうして、二日とすこしを過ごした小屋を後にし、ふたりつれ立って雪原へくり出した次第だ。


 きのう裏手にある井戸で水を汲んだときに気づいたのだが、ハヤメたちが身を寄せていた小屋は小高い山の中腹にあった。

 すこし下ると、ふもとのほうから人の気配が。

 どうやら、それなりに大きな街があるようだ。一、二時間も歩けば、たどりつけるだろう。


 ハヤメは長弓と、麻縄でくくった雉を背負い、ゆるやかな雪道をすり足で()く。


「私がうまいことやるから、だれかになにか言われても、無理してしゃべらなくていいからね」


 手を引いた憂炎に言い含めるのは、街についてからのこと。

 耳や尻尾をはやしているわけでもなし、まさかいきなり獣人とばれることもあるまい。

 が、真白の髪に赤い瞳という、文字どおり異彩をはなつ憂炎だ。

 良くも悪くも、人目を引くことはさけられないだろう。


「しゃべらない。姐姐(おねえちゃん)のいうとおりにする」


 柘榴色の瞳を、ぽうっと熱にうかされてからだ。憂炎はハヤメの言動を、ことごとく肯定するようになっていた。


「そうか、いい子だ」


 ──私が守らねば。憂炎自身は、人間不信を克服したわけではないのだから。


 ハヤメは使命感を胸に、手と手のつながりを強くした。

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