表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/264

第九十八話 射陽【後】

「あれは、矢……? だれかが、おれたちを射殺そうとしてる! なんでっ!」

「……私たちが、禁忌を犯したからだ」

「どういうことですか、(ファン)兄上!」

「おまえたちはもどりなさい。私は父上の……木王父(ぼくおうふ)さまのもとへゆく」

「そんなっ、兄上!」

「──うぁああっ!」


 黒雲(ヘイユン)が、墜ちる。

 それを呆然と目の当たりにした黒嵐(ヘイラン)も、墜ちる。


「いけないっ、皇兄上っ!」


 そして黒皇(ヘイファン)の目の前で、兄をかばった黒俊(ヘイジュン)も、立派に成長した翼を射抜かれ。


 墜ちる、墜ちる。

 愛しい弟たちが、次々と。


 ──これは罰なのだ。

 ──神の怒りなのだ。


「おやめください、父上ッ!」


 黒皇はもう、夢中だった。


「翼は……もう飛べなくてもかまいません。ですからどうか、弟たちのいのちだけはお助けください! 罰なら私がお受けします! どうか、どうか……!」


 黒皇がいくら叫ぼうとも、天を穿うがつ矢の勢いは衰えない。


「皇あにうえ……!」

「……小慧(シャオフゥイ)!?」


 幻覚を見たのかと、黒皇はしばし思考停止した。

 だが、ほほをかすめた矢が刻んだ痛みは、たしかなもの。


(フゥイ)はここです! だから、あにうえ……!」

「もどれッ!」

「ひゃっ……!」


 考えるまでもなかった。

 身をおどらせた黒皇は、おぼつかない羽ばたきで近寄るおさない弟の襟首をつかみ、力任せに放る。


「もどれ!」

「なんで! あにうえ、慧をひとりにしないで、あにうえぇっ!」

「もどれッ! 二度と来るなッ!」


 怒りだけが、最後の気力だった。

 黒皇は猛然と羽ばたき、巻き起こした竜巻で黒慧(ヘイフゥイ)を吹き飛ばす。

 七色の雲海の、その向こうまで届くように。


「さようなら、小慧……ごめんね……」


 か細い声でつぶやいた刹那、黒皇の片翼を、灼熱が貫いた。



  *  *  *



 禁忌を犯した。決して許されない罪だ。

 当然だ。(とお)も太陽があって、人の世が無事ですむはずがない。

 下界は灼熱の地獄につつまれたはずだ。

 だからこれは、報いなのだ。


 下界に射落とされた黒皇は、血だまりの中で慟哭していた。

 陽功(ようこう)を取り上げられ、翼は傷つき。


 ──せめて、弟たちのいのちだけは。


 懇願した最後の希望さえも、打ち砕かれて。


黒俊(ヘイジュン)黒文(ヘイウォン)黒春(ヘイチュン)……」


 じぶんがいないとき、よい兄でいてくれた、しっかり者の弟たち。


黒東(ヘイドン)黒倫(ヘイルン)黒杏(ヘイシン)……」


 いたずらには悩まされたけれど、みなを楽しい気持ちにさせてくれた、明るい弟たち。


黒嵐(ヘイラン)黒雲(ヘイユン)……」


 だれより末の弟を可愛がってくれた、純粋で想いやりにあふれた弟たち。


小慧(シャオフゥイ)……黒慧(ヘイフゥイ)


 そして、こんなじぶんを兄と慕ってくれた、ひたむきで無垢な弟。


「かわいいかわいい、私の弟たち……」


 もう、顔を見ることができない。二度と。


「うぅ……あぁあ、ぁあああぁあああ!!」


 なにもかもをうしなった黒皇は、泣き叫んだ。

 声が枯れても、涙が枯れても、こころで泣き叫んだ。


 黒俊、黒文、黒春、黒東、黒倫、黒杏、黒嵐、黒雲。

 八人だ。八人の弟が、おのれの不注意のせいで死んでしまった。

 もっと言い聞かせていれば。だが、そんな『もしも』を想像をしたところで、おのれの愚かさが弟たちを死に至らしめた事実は変わらない。


(……なぜ私が、生きているのだろう)


 弟を殺したも同然の、じぶんが。


(太陽は……ひとつでいい)


 なんということはない。その使命を担う真の選ばれし者が、末の弟だったというだけ。

 そう考えたら、黒皇も不思議と楽になれた気がした。


 どれだけの年月を、さまよっていたのかはわからない。

 ただの非力な烏として生きる黒皇は、自身のいのちに執着がなかった。

 どこぞの辺境で野良猫に襲われて、古傷のうずく翼を引っかかれ、あぁ、死ぬのだろうなぁと他人事のように思った。


「汚い烏だな」


 そんなときだったか。不吉の象徴だとして、だれも気にもとめないじぶんの前に、だれかが足をとめたのは。

 うつろだった日々のなか、黒皇は顔を上げる。


「来い、おれの食料にしてやる」


 野良猫を追い払い、そういって黒皇を抱き上げたこどもは、とてもやさしく、ふれてくれた。


「わぁ、烏さんだぁ。はじめまして! わたしは梅雪(メイシェ)!」


 追い討ちのごとく聞こえた鈴の声音のほうを見上げ、黒皇は愕然とした。

 はにかむその笑顔は、まばゆい瑠璃色の瞳は。


(『ハヤメ』さま……『ハヤメ』さま!)


 間違いない。髪は翡翠色だったし、おさなかったけれど、その瑠璃の瞳も面影も、彼女のものだった。

 

紫月(ズーユェ)、その子どうするの?」

「おれの食料にする」

「うそだぁ」


 絶望の奥底へ沈んだ黒皇の前に突然あらわれた、こどもたち。

 おさない兄妹が言い合う、秋の夕暮れ。


「ねぇ烏さん、わたし、お友だちになりたいなぁ」


 黄金色につつまれたまぶしいその日のことを、黒皇は決して忘れることはないだろう。



  *  *  *



 央原(おうげん)の空に、十の太陽があらわれた。

 たちまち灼熱に飲み込まれ、多くのひとびとが倒れた。

 川は干上がり、草木は枯れた。

 だれもが神に祈った。どうか、お助けください……と。


 やがて、ひとつ、またひとつと、太陽が墜ちゆく。

 天をも穿つ矢が、九つの太陽を射落としたのだ。


「やった……やったぞ! さすがです将軍! 万歳! 万歳! 万歳!」


 周囲で沸き立つ男たちをよそに、弓をおろした青年は、深く息を吐き出す。

 その漆黒の髪が、吹き抜けた涼風にひるがえる。


「おや、どうなされましたか、われらが(ルオ)将軍。ご気分でも?」

「いや、大事ない」


 簡潔に返答した青年は、ひろい上げた黄金に輝く枝を懐に仕舞い、きびすを返す。


「もどるぞ」


 颯爽と馬にまたがる青年の双眸は、鮮やかな緋色をたたえていた。


 これが古くから伝わる『射陽伝説』──そして羅皇室の、はじまりの物語である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ