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「あんたがカレリア侯爵令嬢か」


 夕食後にようやく顔を合わせたルーカス様は、背が高く手足が長く、スーツのよく似合うぎらぎらとした眼差しの男性でした。黄みの強い金糸雀カナリア色の金髪に、珍しい琥珀色の双眸をお持ちです。


「…………」

「おい、どうした?」

「……失礼いたしました。緊張で、言葉を失ってしまい……」


 不覚にもちょっと声が出ません。

 王都にいないタイプの男性で、ちょっと硬直してしまいました。

 狼に睨まれた草食動物の気持ちって、こんな感じなのでしょうか。

 私は気を取り直し、背筋を伸ばしてカーテシーで挨拶します。


「イリスと申します。はじめましてルーカス様」

「まあ、楽にしろよ。酒でも呑むか?」

「いえ……私は結構です」


 彼はソファーにどっかりと座り、長い足をゆったりと組んで私を眺めます。


「災難だったな。妹に婚約者を横取りされたんだって?」

「……ご存知だったのですね」


 彼の言葉に驚いてしまいます。遠いソラリティカにお住まいなのに、ルーカス様は中央貴族の動向をしっかり把握されているようです。

 私の表情を見透かして、彼は目を眇めて笑います。


「嫁に迎える女の情報を調べ尽くさねえ訳がねえだろうが。よほど妹を田舎ソラリティカの俺ごときに嫁がせたくなかったんだな、カレリア卿は」

「……不誠実な行い、申し訳ありません。カレリアの娘としてお詫び申し上げます」

「あーあー、そういう堅苦しいのはいいんだわ。俺は分かっててあんたを娶ると決めたんだからな」


 彼はジャケットから手紙を取り出して広げます。私が送った手紙です。


「確認事項は一つだ。とにかくあんたが、この手紙を渡してきたイリス嬢でいいんだな?」

「はい」

「じゃあ大歓迎だ。よろしくな、イリス嬢」


 彼はニヤリと笑い、そして続けます。


「まず最初に言っておくが、これはカレリア家と俺、双方の利害の一致した政略結婚だ。悪いが俺はあんたを色恋で娶るつもりはない」

「貴族の娘として当然のことと弁えております」

「……上等だ」


 彼は一瞬虚を衝かれたような顔をしましたが、すぐに元のギラギラとした態度に戻ります。


「俺は知っての通り、金の力で爵位を買った成金だ。貴族社会の情報や不文律のマナー、しきたりに関しちゃ分からねえ。俺と、俺の屋敷の連中に、あんたの知る王都の全てを教えてほしいのさ」


 尤もだと思いました。

 新興貴族が増えたのは、現国王陛下が王位を継いでからのここ4,5年のこと。

 暗黙の了解で受け継がれてきた伝統や不文律、情報の流れを、新興貴族の方々が知るすべはありません。特にソラリティカのルーカス様は、縁故から学ぶにしろ限りがあるでしょう。


「ソラリティカの辺境伯には世話になっているが、彼も高齢で王都の情勢に関しちゃわからねえところも多い。そこでカレリア家に対し、援助の代わりの結婚を申し込んだ」


 私はすとんと納得することができました。

 ルーカス様が、空気で地味な私を見てがっかりした顔をしなかったことも、手紙で妻として合格をいただいたのも。そもそも、なぜ彼がカレリア家の借金を肩代わりしてまで娶ってくださったのかも。

 私はマナーブックとしての役目を、彼に求められたのです。


「気を悪くしたら悪いが、俺は姉妹のどっちでもよかった。どうせ娘を寄越さないと思ったからな」


 彼は琥珀色の目を眇めて笑います。


「妹を望んだのは、姉のイリスに婚約者がいたから、それだけだ。そもそもカレリア侯爵家の令嬢が、まさか本当に田舎の成金男爵の嫁に来るとは思っていなかった。娘を嫁に出す代わりに、いい家庭教師ガヴァネスを紹介してもらえるかと思っていたんだが。……まさか本当に娘を売り飛ばすなんてな」

「私は売り飛ばされたとは思っておりません。私はルーカス様の妻になるためにまいりました」

「……そうか」


 彼はにやりと笑い、膝をパンと叩きます。


「気に入った! あんたなら女家庭教師を雇うよりよほど面白くなりそうだ」

「ありがとうございます」

「イリス嬢。王都から離れたソラリティカの、しかも新興貴族の家に嫁いできて不満も多いだろう。だが俺は手出しはしねえし、あんたがその気なら【白い結婚】で別れても構わないと思っている」


 白い結婚。あくまで書類の上での結婚――偽装結婚や政略結婚のことです。


「仮に別れようが、肩代わりした金を返せとも言わない」


 それだけ、カレリア家の伝統と格式を買ってくださっているということです。

 その事自体はとても光栄なことですが、大変申し訳なく思います。


「本当にそれでよろしいですか?」

「ああ。納得できねえか?」

「とんでもないです。妹のように華やかさも愛嬌もない私ですが、ルーカス様にお力添えができるように妻として励みたいと思います……あ、」

「なんだ?」

「妻となりますので、どうかイリスとお呼び下さい」

「そうだな。よろしくなイリス」


 彼は笑顔を見せます。どこか無邪気で人懐っこい笑顔に、私は不意打ちでどきりとします。

 失礼ながら怖そうな顔をしたルーカス様が笑うギャップにびっくりしたのかもしれません。


「白い結婚のお気遣いも必要ありません。妻として誠心誠意務めさせていただきます」

「っ!! こ、こっちが気にするんだ。あんたみたいな令嬢を……人生を俺なんかが引受けちまう訳には」


 彼は顔をそむけ、口元を覆います。耳が赤く見えるのは、気の所為でしょうか。


「ともかく――イリス。あんたが来てくれて嬉しいぜ」


 ルーカス様は優しくて、それだけでもソラリティカに来てよかった、と思える笑顔でした。


数ある小説の中からこの小説をお読み頂き誠にありがとうございます。

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