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1.婚約破棄、そして新しい嫁ぎ先

「婚約破棄だ、イリス。空気のように地味な君よりも、華やかで愛らしいアイリアを妻に迎える」


 婚約者であるストレリツィ侯爵子息、ミハイル様の御宅の客間にて、私は藪から棒に婚約破棄を告げられました。


「ごめんなさいお姉様。決まったことだから」


 妹アイリアは髪をいじりながらぞんざいな謝罪を口にしました。

 一緒に訪問したはずのアイリアは、いつの間にかミハイル様の隣に座ってしなだれかかっています。


「イリス、君は妹に嫉妬して彼女の社交を邪魔していたそうじゃないか」

「それは……」

「いい訳なんて聞きたくない。姉という立場でありながら、妹の幸せを妬むなんて信じられない」

「いいんですミハイル様。お姉様は周りの皆から私の影とか、空気とか言われていて傷ついていたんです」

「だからってアイリアを蔑ろにしていい理由にはならない! ああ、優しいアイリア……」


 ミハイル様に抱きしめられ、妹はふふん、と足を組み、私を見下して微笑んでいます。

 ああ。お行儀が治らないから社交界デビューもぎりぎりまで遅らせて、必死で教育していたというのに。


 ミハイル様は私が嫉妬で妹が表に出ないようにしていたと思いこんでいます。

 妹も勿論そう思っているのでしょう。

 不意に、以前妹に言われた言葉が思い出されます。


――お姉様の婚約者のミハイル様、美男子ね。空気のお姉様が見えなくなっちゃうくらい。


 あの時から妹は、婚約者を意識していたのだと私は漸く気付きました。


 妹アイリアは正真正銘の美少女です。

 母譲りの波打つ金髪に、白くつるりとした肌と薔薇色の唇に、薄く華やかな化粧を施した姿は宗教画で祈りを捧げる聖女のよう。異母姉妹である私から見ても、自慢の妹です。


 それに比べて私は。

 肩を滑るまっすぐな黒髪は長いばかりで華やかさがなく、瞳も真っ黒。手足は棒のよう。どんなドレスを着てもぱっとしない、地味で「空気」でつまらない姉です。


 ミハイル様が心変わりしてしまうのも、当然の帰結です。

 彼は冷淡な顔をして私にしっしっ、と手を払います。


「もう君は帰って良い。……さあアイリア。屋敷を案内するよ。まずは自慢の庭を見に行こう」

「はい、ミハイル様」


 取り付くしまもありません。

 私は立ち上がり、精一杯綺麗に別れのカーテシーをしました。


「ミハイル様。妹はほがらかで明るい子です。どうか貴方様のもとでも、妹が笑顔で暮らせますように祈っています」

「当然だ。アイリアが涙をこぼす事を僕は許さない」


 最後のあいさつを交わし、私は実家――カレリア家のタウンハウスへと戻ります。馬車で待つ馭者は私だけが帰ることに怪訝な顔をしましたが、仔細を告げると押し黙り、そのまま馬車を走らせました。

 過ぎていく景色を眺めながら、私は頭を抱えました。


「……妹に、ミハイル様の妻が務まるかしら」


 ミハイル様の御母上――ストレリツィ侯爵夫人はとても礼儀作法に厳しい方です。私は花嫁修業の一環として毎月お茶会に呼ばれていましたが、元義母様の注意を受けない日はありませんでした。


『色気づかないで地味にしていなさい。好色だと言われやすい泣きぼくろは隠せないのだから』

『貴方はただでさえ暗いのだから、せめて「淀み」ではなく「空気」でいなさい』

『亡くなったお母様が守ったカレリア家の名に傷をつけないように』


 厳しい方でしたが、病で没した私の実母の代わりに厳しく躾けてくださっていた元義母様。

 妹はきっと、義母様の目から見て最も癇に障る娘に違い有りません。


「結婚までは時間があるわ。妹には最低限の礼儀作法を教えて、妹と義母様との仲を取り持っておかないと……」


 考え事をしている間に、馬車はあっという間に屋敷へと着きました。

 帰宅してすぐ、私は父に呼び出されました。

 

「お父様。婚約者の変更についてミハイル様に伺いました。私が至らないばかりにご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「そんなことは過ぎた話だ」


 父は私を振り返ります。意外にも、その顔には落胆はありません。

 

「喜べ。傷がついたお前を欲しがっているやつがいる」

「え……?」


 寝耳に水です。


「本当は妹がよかったらしいが、元平民にはお前で十分だ」


 父はどうやら早速、私に新しい嫁ぎ先を見つけていたというのです。


「商業都市ソラリティカの成金、ルーカスという男爵だ。事業を当てて爵位を金で買った下品な男だ。うちの借金を一部肩代わりする代わりに、妹を嫁に寄越せと言い出した」

「あ、あの……唐突すぎて……」

「あいにく妹はすでにストレリツィ侯爵のご子息と婚約している。だから、余っている姉なら与えると伝えておいた」


 なんということでしょう。

 いくら姉から妹への婚約変更とはいえ、王家の承認をいただいて手続を進めていた婚姻が、こうも急に変更となるのはおかしいと思っていたのです。


「しかし、私が嫁げばこの家はどうなるのですか」

「お前の継母はまだ30歳、あと1人くらいは十分生める。それが男子じゃなかろうが、儂が現役ならいくらでも別に世継ぎは仕込めるからな」


 娘の前で下卑た顔で笑う父に、実父ながら寒気がします。父はカレリア家相続のために私の実母と遠縁から政略結婚を経て爵位を得た身。カレリア家の誇りはすでに母と共に死んでいるのが現状です。

 しかも、嫁ぎ先はソラリティカ。

 ここ王都から馬車で一週間もかかる貿易都市です。

 山を越えた先の街なので、王都に情報は殆ど入ってこない、言葉も文化も違う。そんな場所です。

 父は、溺愛する美しい妹を遠方の元平民に嫁がせたくなくて、私と妹を入れ替えたのでしょう。

 そしてミハイル様に恋慕していた妹にとっても、それは願ってもない名案だったのでしょう。


「イリス。お前は今まで通り大人しく元平民に嫁ぐといい。どうせ王都でお前は「空気」だっただろう? かえって王都より住みやすいだろうさ」


 カレリア家は実母が病没して以来、転がり落ちるように没落の一途を辿っておりました。しかしまさか借金を理由に私が嫁がなければならないほど困窮していたなんて。


「お父様。私は亡き母の愛したカレリア家が安泰となることを願っております。母の遺品は、持っていってもよろしいでしょうか」

「ああ、好きにすると良い。正式な結婚披露は来年行うそうだが、あちらの要望でお前にはなるべく早くにソラリティカに発ってもらう。家の為に、堪えてくれるな?」

「……もちろんです、お父様」


 私は部屋を後にしました。

 涙すら、出ませんでした。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き誠にありがとうございます。

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本日複数回投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 父親は入り婿で、正式に血を引いているのは主人公だけというご理解で良いのかしら。
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