タクシーと都市伝説
Dさんの証言
その客は、矢板駅に近い飲み屋街で、12時頃乗車して来た。
白っぽい和服、髪をアップの憂いを帯びた美人、どこかのホステスらしい。
「長峰墓園の少し先まで、お願いね」
「はい、承知しました」
タクシーは走り出した。
新人の頃には、先輩にコワい話しを聞かされてきた。
包丁を突き付けた強盗の話、もらい事故の話、乱暴な酔っ払いの話、「金が足りない。すぐそこが家だから、取りに行く」と言ってそのまま消えた話、肘をブラブラさせた骨折しているらしい気持ちの悪い人の話とか。
その中に、夜乗せた美女が墓場付近で振り返ると居なくなっていて、後座席が濡れていたというもの。
それって、どこかで聞いた都市伝説じゃないか。
そんなことを、思い出した。白い和服の美人のせいかな。
「長峰墓園の先ですか、墓場の近くで怖くはないですか」
「人はいずれ死ぬでしょうに、怖がるなんておかしいわ。『人間、いたるところ青山あり』
というでしょう。人間とは人間と書いて人と人の間のこと。青山とは墓場のこと。
要は、人間にはいたるところに死に場所があるということ、ということはいたるところに生ける場所はあるということね。つまり、小さなことなど気にする必要はない。ということ」
「へえ~、お客さん、学がありますね」
「あらイケナイ。ヘンなところでヘンなもの出しちゃったわ。ダメねえ、私たちは聞き役でなきゃいけないのに、修行が足りないかな」
「ふ~ん、インテリじゃダメなんですね」
「そうなの、知ったかぶりはダメ。かと言って丸切りのバカじゃ話にならない。けっこう、そのサジ加減が難しいものなのよ」
「それと、美しい人じゃなきゃならない」
「ほほほ、お上手ですこと」
そんなことを話しているうち、長峰墓園に着いた。
「お客さん、着きましたよ」
Dさんが振り向くと、お客さんは消えていた。
背筋に悪寒がはしり、
思わず「出た~」と車外に飛び出すと「それって、『出た~』じゃなく『消えた~』じゃないの」という声がした。
よく見ると、お客さんは座席に腹ばいになっていた。
「なにやってんですか」
「あのね~、コンタクトレンズ落としちゃって・・・」
「おどろかさないで下さいよ~」
真夜中、墓場、美女、灯りは車のヘッドライトのみ、周りは真っ暗、何か心臓に悪いなぁ。
料金をいただき帰る時、バックミラーに映る彼女が白くぼんやりと浮かんでいて、果たして生きている人か死んでいる人か分からない感じがした。
翌日、新聞を読んでいたら『長峰』の文字が目に付いた。
「あれ~」と思い、記事を読むと長峰墓園近くの家での刺殺事件。男女の愛憎のもつれらしい。写真が出ていた。
「えっ」
これって、昨夜の客。
事件が起きたのは昨夜の11時ごろ。
何だ、やっぱり別人だと思った。
昼のテレビのローカルニュースで、事件の報道があった。より鮮明なあでやかに微笑む、顔写真が出た。やっぱり、彼女だ。
彼女は双子だったのだろうか、それとも姉か妹がいたのだろうか。新聞社に尋ねたら、分かるだろうか。
いや、止めておこう。
『あの女の人以外に考えられない』なんて答えだったら、怖くて深夜の仕事が出来ない。
運転手仲間でも話題になっていて、何気なく聞いた話しだとその家の娘は彼女一人だという。
脇にニチャという感触があり、私はかなり脇汗をかいていたことを知った。