表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千寿丸  作者: spring
8/9

8. 幸


小百合は微かな物音に目が覚めた。お堂の外で、人の声がする。


「うまくいって、本当によかった」


「ああ。無事竹も取れたし、あの調子ならきっと安平が優勝だろう」


その声を聞いて、小百合は飛びあがった。

確かに千寿丸の声だった。


扇など打ち捨て、扉を押し開け、外に飛び出した。


「千寿丸!」


簀子から呼びかけると、千寿丸とあかねは驚いた表情でこちらを見上げた。


「小百合、来ていたのか!」


そして千寿丸は満面の笑みで、手に持った竹の切れ端を、得意げに大きく左右に振ってみせた。


「小百合、河竹だぞ!全く元通りとはいかないが、直せるぞ。お前の笛が、大いに役にたったぞ!」


大粒の涙が頬を伝った。泣いたのは、何年ぶりだろう。心から泣くことなど、もう一生ないはずと思っていたのに。


気がつけば千寿丸の声がすぐ横に聞こえた。慌てて階を駆けあがってきたのだった。


「馬鹿だなあ、何で泣くんだよ」


そして頭を軽く撫でてくれた。再び、抑え切れない思いが溢れだした。


幼い頃、千寿丸がこうやって慰めてくれたことがあった。どうして泣いたのかは憶えていないけれど、温かい気持ちになったことだけは思い出せる。


千寿丸がいて、千寿丸の母君がいて、母上がいて、祖父もいた。

自分の大事な人が、皆いた。

そしてあの時の幸せな気持ちを、今、はっきりと感じられる。


小百合はわんわん泣いた。その場で泣き崩れ、千寿丸があたふたするのも構わず突っ伏して泣いた。


「ありがとう、千寿丸。ごめんなさい、ありがとう」


千寿丸が「どうしたんだよ。なあ、おい」と言うのが聞こえたが、それでも構わず言い続けた。あかねも簀子の端によじ登り、小百合の顔を心配そうに覗き込んだ。


「お姫様、悲しいの?やはりこれでは駄目だから?」


「いいえ、嬉しいのよ」


「よかった。お姫様が悲しいのはでなくて、よかった」


あかねの小さな手が、自分を包みこむのを感じた。ごわごわした着物の袖は土くさかったが、決して嫌な匂いには感じなかった。

その頬に自分の頬を寄せ、「ありがとう」と囁いた。あかねも泣いていた。


「まいったな、二人でめそめそするのはやめてくれ。女の涙は男には手が負えないんだ」


心底困ったように、しかし格好つけた調子で千寿丸が言うので、小百合とあかねは顔を見合わせ、漸く笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ