8. 幸
小百合は微かな物音に目が覚めた。お堂の外で、人の声がする。
「うまくいって、本当によかった」
「ああ。無事竹も取れたし、あの調子ならきっと安平が優勝だろう」
その声を聞いて、小百合は飛びあがった。
確かに千寿丸の声だった。
扇など打ち捨て、扉を押し開け、外に飛び出した。
「千寿丸!」
簀子から呼びかけると、千寿丸とあかねは驚いた表情でこちらを見上げた。
「小百合、来ていたのか!」
そして千寿丸は満面の笑みで、手に持った竹の切れ端を、得意げに大きく左右に振ってみせた。
「小百合、河竹だぞ!全く元通りとはいかないが、直せるぞ。お前の笛が、大いに役にたったぞ!」
大粒の涙が頬を伝った。泣いたのは、何年ぶりだろう。心から泣くことなど、もう一生ないはずと思っていたのに。
気がつけば千寿丸の声がすぐ横に聞こえた。慌てて階を駆けあがってきたのだった。
「馬鹿だなあ、何で泣くんだよ」
そして頭を軽く撫でてくれた。再び、抑え切れない思いが溢れだした。
幼い頃、千寿丸がこうやって慰めてくれたことがあった。どうして泣いたのかは憶えていないけれど、温かい気持ちになったことだけは思い出せる。
千寿丸がいて、千寿丸の母君がいて、母上がいて、祖父もいた。
自分の大事な人が、皆いた。
そしてあの時の幸せな気持ちを、今、はっきりと感じられる。
小百合はわんわん泣いた。その場で泣き崩れ、千寿丸があたふたするのも構わず突っ伏して泣いた。
「ありがとう、千寿丸。ごめんなさい、ありがとう」
千寿丸が「どうしたんだよ。なあ、おい」と言うのが聞こえたが、それでも構わず言い続けた。あかねも簀子の端によじ登り、小百合の顔を心配そうに覗き込んだ。
「お姫様、悲しいの?やはりこれでは駄目だから?」
「いいえ、嬉しいのよ」
「よかった。お姫様が悲しいのはでなくて、よかった」
あかねの小さな手が、自分を包みこむのを感じた。ごわごわした着物の袖は土くさかったが、決して嫌な匂いには感じなかった。
その頬に自分の頬を寄せ、「ありがとう」と囁いた。あかねも泣いていた。
「まいったな、二人でめそめそするのはやめてくれ。女の涙は男には手が負えないんだ」
心底困ったように、しかし格好つけた調子で千寿丸が言うので、小百合とあかねは顔を見合わせ、漸く笑った。




