43話
○白猿の遺跡 神殿
「………」
汗が俺の頬を伝い溢れる。
ポタリ
神殿内が静寂に満たされており、それは自身の汗が地面に落ちる音が聞こえるほどだ。
もちろん神殿内の気温が高いわけでは無い、むしろ自然の中に作られていることもあり少し肌寒い。
体長は遠目から見た限り、160cm程度と猿という括りの中では大きいのであろうサイズだが、距離のせいでもあるだろうが、人間である俺からすればそれほど大きいとも思えないサイズだ。
しかし、俺はその姿を目にして、全く動けず声を出すことすら出来なかった。
俺はゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らす。
目の前の白猿が技神ヴァーニアなのだろう。
目にしただけでそれを理解した。
その小柄な身体とは比べ物にならないほどの圧倒的存在感を放つ目の前の白い猿を前に、俺はただその姿を見るだけしか出来ない。
直ぐにでも戦闘態勢を取らなければならない状態なのだろうが、それを拒否するように身体は全く動かず、それは俺の身体が目の前の存在に対して本能的に危機感を抱いてしまっている状態だと悟る。
何よりも彼が喋り出すまで俺は目の前にいた彼に一切気づくことができなかった。
その場に居るだけで周りにこれほどの影響与えるほどの存在感を、全く感じ取らせないほど抑え込む事ができるというその技量を考えるだけでも、頭が痛くなってくる。
今更ながらここにきたことを後悔してきた。
ルシュトールの試練の時を考えると、試練の際に最低でもアルブトーラム並みの敵が出てきたりするんじゃ無いんだろうか……。
俺はアルブトーラムとの激闘を思い出す。
あの時は本当に運が良かったとしか言いようがない気がする。
あぁ…気軽にここにくると決めた数十分前の俺をぶん殴りたい。
ルシュトールの試練のことを思い出し、これから受けるであろう試練の難易度を考えると心からそう思う。
しかもなんか知らんがめちゃくちゃ機嫌悪そうだし……。
「無理ゲーだろ……」
それがさっきまでの考えなど諸々を元に喉から絞り出して出てきた言葉だ。
そう言葉を吐きながら俺がその場で動けずに居るとヴァーニアが座ったまま話し出す。
「あってはならんのだよ。わしの領域内にあの阿保犬の祝福を受けた者が入ると言うことは……わしの領域は阿保犬を、その僕どもを拒絶するように出来ておるのだからな」
そう言いながら肘掛に腕をかけ、人差し指を小刻みにその肘掛に当てトントンと音を立てる。
その仕草に明らかに隠しきれていないあちら側の怒りが現れている。
しかしながら俺はその"阿保犬"という存在を知らないんだが……。
俺は阿保犬という存在について考えているとヴァーニアは話を進める。
「問おう。何故お主はあやつの祝福を受けながらわしの領域に入る事ができている?世の理も同然たる其れを破るなどあり得てはならんのだよ」
そう言って白猿は俺に問いかけてくる。
祝福と言われやっとわかったが多分阿保犬とはルシュトールのことを言っているんだろう。
それでルシュトールの加護を受けているとここには入ることができないように出来ているらしい。
しかし、俺は何かに遮られることもなく入れており、それはどうしてだと言いたいわけだ。
そんなことを言われても、ぱっと思いつくものなど……。
……あった。
「……この世のあらゆる制限をなくす能力のある称号を持っている」
「ほう、【理を外れし者】と言うやつか、何処でそれを手に入れた?それ程の力、人の身に宿すものでは無い」
俺のステータスが観れているんなら最初からそれで見ればいい気がするが……。
「試練の報酬で受け取った…」
「ぬ……あやつがお主に与えおったか。なら、やはりお主がここに来るのはあやつの目論見ということ……。何とも陰湿な…」
なにかわからないが納得したようだ。
先程まで発せられていた怒りが少し治ったようだ。
ちょっとすれ違いが起きている気がしないでも無いが今は気にしないでおこう。
「しかしながら、お主はここを見つけ出したという事実は変わらない…。遺憾ながらわしはお主に試練を課さねばならんのだ」
ここまできてやっと本題に戻ってきた気がする。
と言うか今更ながら思ったんだが、彼が俺に対してこうも敵意を出しているのは俺が悪いんじゃなく、勝手に俺を試練に掛けて加護をつけて行ったルシュトールなんじゃ無いのか…?
そうだ…そのはずだ。
だってさっきからルシュトールの加護を受けた者だという事以外で俺に対して怒りを見せてはいない。
ルシュトールの事を阿保犬とか呼んでるみたいだし……。
………。
考えてるだけで少しムカついてきた……何処に隠れてるか知らんが、絶対見つけ出して1発ぶん殴ってやる。
「なんという顔をしているのだ……。わしの試練を受けるのがそんなに嫌か?」
「いや、そういうわけじゃ無い。ただルシュトールに対してちょっとした怒りをだな……」
「ぬ…なんだと、あの阿保に対して怒りを抱くと言うのか?お主は、あやつの眷属では無いのか?いや…そのようなはずはない、お主から発せられるその陰湿極まりないオーラは間違いなくあやつのものだ」
「ひどい言われようだが……俺はちゃんとルシュトールの加護は持ってるぞ。一応あいつの試練をこえはしたからな」
目の前の神の怒りが自分に向いたものでないと確信したことで少し緊張がほぐれ、いつも通りに話せる程にはなった。
「ならば、尚のことおかしかろう。見たところお主が受けた加護は小。ならばあやつと直接あったわけではないのだろう」
「あぁ、そうだが……」
「ならばあやつがお主を認めたと言うことだ。神たる自身に対してそれ程の害意を抱くようなものに自らの加護を授ける試練を課すなどおかしかろうて」
「だが、事実こうやって貰ってるんだ。まぁ、半ば無理矢理だったがな……」
「何?無理矢理だと?」
俺の言葉に対してそう聞き返してくる。
俺はそれに対してチュートリアルルーム内での出来事を話す。
◆
「あの阿保めが、そのような事をしておったのか……」
ヴァーニアは自身の同胞の行いに落胆し、神座に座ったまま頭を抱える。
そして、「はぁ……」と大きなため息を一つつき、呆れたように首を振る。
そこにはあった時のような威圧感はなく、心から自らの同胞ルシュトールに対する呆れが見れる。
「気に入ったものがおったからと言って、無理矢理自身の加護を押し付ける神がおってたまるか……」
そう言うとヴァーニアは、小さく続ける。
「しかし、そうなるとやはり称号を与えたと言うことはこの者に託したと言うことか……」
少し訝しげにそう小さく言うと顔を上げ、こちらに向ける。
「お主も苦労しておるのだな……」
「まぁ、ルシュトールの加護は助かるんだが、あいつの眷属なんて言い方はされたくない」
「自らの加護を与えた相手にここまで言われるか……本当にあの阿保犬は……」
そう言いながらまた「はぁ……」と深いため息を吐く。
ヴァーニアも相当苦労しているのだろう。
何処と無く気が合いそうな気がする。
ヴァーニアは深く腰掛けていた身体を前のめりの姿勢に変えると、話を進める。
「わしの同胞の事は一先ず置いておこう…今はお主に課す試練の事だ」
そう言うと、スッと周囲一帯の雰囲気が変わる。
森の木々がザワザワ揺れ出す。
「わしの名は、ヴァーニア。今は欠けし獣神が一柱よ」
ヴァーニアのその一言を皮切りに神殿内へと様々な種類の猿がなだれ込んでくる。
それはまるでヴァーニアの言葉を待っていたかのように次々と止まる事なく流れ込んでくる。
先程までの少し和んでいた雰囲気は全く別のものへと一瞬にして変えられていく。
「問おう人間。技神たるわしに試練をこいしお主の名を」
「ロイドだ…」
俺はいきなり変わった場の雰囲気に戸惑いながらも確実にそう告げる。
「よろしい、ならばロイドよ。わしの名の下にお主に試練を課そう」
周りの猿たちが声を上げ、盛り上げる。
神殿内が、まるでスポーツスタジアムかのように観客の猿たちの上げる声により一気に熱気に包まれる。
「わしの試練は単純明快。闘争によりわしの眷属たちと"技"をぶつけ合うものだ」
「しかして、闘争とは対等な相手と行ってこそ意味をなす。故に、わしの領域内においてあらゆる生物はそのステータスをレベル1まで落とされる」
だから、ここに入った途端にステータス下げられたのか。
ここに来て、フィールド効果の理由がわかってきたが、そうは言っても種族によって基礎ステータスの差が出そうなものだが……。
俺は観客席のような場所にいる猿たちに目を移す。
そこには大小様々な種類がおりその中には確実にゴリラらしき存在がいたのを見逃さない。
それを含めての試練なのだろう。
「これより始まるのは、純粋な技での戦いだ。わしの眷属に打ち勝つことが出来し時には、わしの祝福をお主へ授けよう」
俺はそれに対して頷くことで、了承した事を示す。
ヴァーニアはそれを確認すると、その顔に笑みを浮かべ試練を開始する。
「では、始めようかわしの試練を」
《ユニーククエスト:【技神の試練】を開始します》




