11話
○チュートリアルルーム 草原
あれから1時間は経っただろうか、パターンを覚え、避けては斬る、避けては斬るを繰り返していた。
地道にダメージを重ねていき、アルブトーラムのHPは残すところ2割強といったところだ。
ハァハァと息切れしかけているのを見るに、両者一時間の攻防からくる疲れが見て取れる。
だが本番はこれからだ、このあと発動するであろう[餓狼の矜持]をどうやって耐えきるかである。
全ステータスの100%上昇、今でも手こずっているのにさらに強くなってしまうのだ、普通勝てるはずがない。
だが今のアルブトーラムはその能力のほとんどを使用できない状態だ、本来自身のHPを回復しながら発動する能力だが、回復スキルを使用できない今発動すれば25秒で確実に死んでしまう能力である、故にーーー
「25秒間逃げ切れば俺の勝ちだ」
そう言って俺は最後の一撃をアルブトーラムに当てる。
するとアルブトーラムはダンッとその場から後ろに飛んで俺との距離を取る。
アルブトーラムの周りに赤黒いオーラの様なものが立ち込める。
その霧状のオーラがアルブトーラムに吸い込まれていき、
「グオォォォオオンッ!!!」
そのアルブトーラムの咆哮と共に放出され、爆発が起こる。
その爆発により起こった波動により俺はなすすべもなく飛ばされ、地面に転がる。
「ぐ……ッ!」
思わずそううめき声の様なものを上げてしまう、そして顔を上げるとそこには、先まで放出していた赤黒く禍々しいオーラをまとったアルブトーラムが[飢餓]により止まることなくで続けるヨダレを垂らしながら、こちらを睨みつけていた。
俺は次の攻撃から逃れるために立ち上がり体勢を立て直す。
アルブトーラムは予備動作も見えないほどの速度で俺との距離を詰める。
対する俺は、動きは見えないだろうと踏んで一か八かで短剣を振るうが、
ガキイィィインッ!
そんな音が鳴り響いたかと思うと短剣による攻撃を頭突きにより弾かれ、俺の手から短剣が飛んでいく。
俺自身も飛ばされる。
幸い、武器を弾くのが目的だったのかHPはあまり削れていない、だが武器がなければ残りの時間耐えることができない。
焦りながらもメニューを操作し、アイテムを取り出そうとする。
が、そんな俺をアルブトーラムが待ってくれるはずもなく、距離を詰めてくる。
完全に不意を突かれてしまったその攻撃に反応することができない、アイテムを取り出すことは間に合ったが、メニュー操作で前に出していたのもありそのアイテムごと腕に噛みつかれる。
「グ……ッ!!」
そのロイドの苦悶の表情を確認すると、アルブトーラムはロイドの腕に噛み付いたまま器用にニヤリと顔を歪ませる。
◆
アルブトーラムは勝ちを確信した。
残り時間20秒、この男にはたったそれだけの時間も耐えられるわけがない、後はこのまま勢いよく地面に叩きつければそれで終わる。
アルブトーラムはそう考える。
さっさと終わらせねば、そう思いロイドの腕を噛んだまま首の力で持ち上げようとするが、不意に倦怠感が襲う。
目眩がし、目の焦点が合わなくなり、霞む意識の中で、ロイドの声が聞こえる。
「俺の腕の味はどうだ」
そう言いながら、今度はロイドがニヤリと笑う。
遂には、足に力が入らなくなりその場に倒れこむ、その拍子に口にくわえていたロイドを離してしまう。
な、なんだ何が起こった、この男がやったのか?体にまるで力が入らん。
「ガハッ……!」
血を吐き出す。
数多の敵と戦ってきたアルブトーラムには記憶にある感覚だった。
……ッ!毒を使いよったのか!なんと卑怯な!
朦朧とする意識の中で、そんなことを考えロイドを睨みつける。
◆
アルブトーラムは地面に倒れたまま、ロイドを睨みつける。
「グルルル…」
「俺は正義の味方じゃないんでね、勝つためなら汚い手だって使うさ」
俺はHP回復ポーションを取り出して飲む、だが俺のHPは持続的に減っていく。
あそこで毒袋を選んでよかったな、手で持つだけで猛毒にかかるとは思わなかったが。
そうあの時ロイドがメニューから取り出したアイテムは[王毒袋]、毒の中でも上位に位置するもの、弱体化されているアルブトーラムでは耐えることもできない。
王毒とスキルの効果により、残り少ないアルブトーラムのHPを削っていきーーー
「俺の勝ちだ」
HPバーが消える。
それと共にアルブトーラムの身体がポリゴン状の粒子に変換されていく。
空に立ち込めていた暗雲が晴れ、餓狼との死闘を繰り広げた草原に光が差す。
《ユニークボスモンスター:【歴戦の隻狼アルブトーラム】の討伐を確認しました》
《これによりフィールドの天候が暗雲:雷から、晴天に変更されます》
《対象の討伐を確認しました》
《ユニーククエスト:【導き手の試練】が進行します。進行度100% 討伐数10/10》
《ユニーククエスト:【導き手の試練】の条件を達成しました》
クエストをクリアしたことを告げる。
「おにーさーん!おめでとー!」
頭の上からそんな元気いっぱいな声が聞こえてくる。
俺が顔を上げるとディルクが大きく手を振って空の方から降りてくる。
それに対し俺も手を振り返す。
「ああ、だがあれはお前の助力があったからだ。ありがとう」
その言葉を聞くと、ディルクはより一層笑顔になる。
ディルクは降りてきて地面に足をつける。
「ふふふ、ありがとうか……久しぶりに聞いたなぁ。本当におにーさんはいい人だ」
コホンと一度咳払いし話し出す。
「これでチュートリアルは終了だよ。こちらの事情に巻き込んじゃってごめんね。ルシュトールにはちゃんと言っておくから」
「構わない、友人のミスを色いろ言うほど野暮じゃない」
そう言うとディルクは驚いたように目を見開く。
そんなおかしなことを言っただろうか。
「…どうした?」
「…あはは、あはははは!そうさ!そうだよ僕らは友人、友達だ!」
ディルクは心底嬉しそうに手を握ってくる。
《称号【導き手の友】を取得しました》
「本当に、おにーさんに会えてよかったよ。これだけ長い間このフィールドにいた人はおにーさんが初めてだ」
「ん?確かに一時間くらい戦ってたが、全体を通してまだ二時間ぐらいじゃないのか?」
「何言ってんのさ?もう1日はここにいるよ。アルブトーラムとなんて半日以上も戦ってたじゃないか。」
「な!?て言うことはどのくらい経ってるんだ!確かゲーム内時間は3倍だから…」
「現実世界ではもう八時間は経ってるね。本当凄い集中力だよおにーさん」
まずい、完全に集中しすぎた。
チュートリアルが終わったら、フレンドの奴らと会う約束してたんだった。
「ディルク!早く戻してくれ、仲間を待たせてる」
「あははは!わかったよ今返すから」
ディルクがそう言うと、キャラメイクの時のように足元が光り出す。
「友達と無事会えるといいね。じゃあまたねー!」
笑顔で手を振りながらディルクは俺を見送る。
俺は光に飲み込まれる。
そして、また俺は第1の街ヌールに降り立った。




