第七話『恋の天使』
数週間が過ぎた。
「一目惚れです!僕と付き合ってください!」
「ごめん。俺…じゃなかった。わたし、誰とも付き合う気はないの」
ついつい素が出てしまう。
今、俺は校舎裏で同じ学年の男子生徒から告白を受けていた。
ちなみにこれで十七人目である。
リリーの見た目はかなりの美少女である。
今日も、授業中に消しゴムを落として拾おうとしたら、隣の席の男子が拾ってくれたので、「ありがとう」と微笑んだらその男子は顔を真っ赤にしていた。
そりゃ、こんな美少女からお礼を言われながら微笑まれたらドキリとしてしまうわな。
ただ美少女なだけなら、手の早い男子だけが告白してきたのだろうけど、明らかにそうではない男子からも告白をされている。
その理由が、俺との話しやすさだろう。
女子だけでなく、男子にも俺は気さくに話しかける。
むしろ、女子よりも男子の方と会話している事が多いんじゃないだろうか。
だって元々は男なのだから、女の気持ちよりも男の気持ちの方を理解している。男歴十八年に対して女歴二年とちょっとなのだから女子力は低いのは当然だ。しかも、その二年ちょっとはずっと入院中のリハビリ生活である。
女心などわかるわけがない。
きっと女子力を測る機械があれば、『女子力たったの五か、ゴミめ』って吐き捨てられるレベルの女子力の低さである。
そんなわけで、どちらかといえば俺は男子の方の会話に混じる事が多かったのだ。
言葉遣いも気を付けてはいるが、しょっちゅう男言葉になってしまう上に「俺」とか言ってしまって「リリーちゃんって姿に似合わず俺っ娘なんだね」と言われてしまう事もある。
ただ、それだけ男言葉で会話をしていると、男子達も距離感をあまり感じる事なく普通に喋れてしまうようであり、俺は他の女子と比べると男子との距離が非常に近くなっていた。
するとどうなるか。
男というのは単純な生き物であり、距離感が近い異性に対して「こいつ、俺に気があるんじゃないだろうか」と勘違いしてしまうのである。
うん、元々の俺がそうだった。
日常会話で気が合い、美少女であり、更には距離感が近い。
そりゃ、彼女にしたいって思うわな。
ちなみに、パンツァーⅣグループの男子の片割れにも告白をされた。
もう片方はもう一人の女子と付き合い始めたらしく、焦ったみたいだな。
ちょっと特殊な趣味を持っていると、その趣味を理解してくれる異性というのは中々出会えるものではない。
二人の男子は、ミリタリー系の中でも特に戦車が好きだったようで、そこに戦車の事を理解してくれる女子が現れたのなら、付き合いたいって思うだろうなぁ。
そんな感じで、俺は次々と男子生徒からの告白を受けていたのであった。
それから更に数日後。
「ん?なんだこれ?」
下駄箱を開けると中に四つ折りにされた紙が入っていた。
ラブレターにしては無機質すぎる。
そう思って開いてみるとそこには『死ね!ブス!!』という真っ赤ででかい文字が書かれていた。
ふむ、これはアレだな。妬みの類だろうな。
だって、リリーはどこからどう見ても美少女である。とてもじゃないがブスには見えない。
これがリリー本人だったならそうは思わない可能性も無きにしも非ずだが、生憎中身は別人である。
自分自身を客観的に見ても、リリーは美少女だ。
これでもう少し身長が高くて、胸が大きければ俺が付き合いたいくらいである。
そんなリリーに対してこういう手紙を送ってくるという事は、きっと俺に告白してきた男子を好きな女子がいたんだろうな。多すぎてわからんけど。
俺は下駄箱に入っていた手紙を丸めてゴミ箱に捨て、何も気にしないままいつもの日常へと戻っていった。
それから毎日、俺への嫌がらせは続いた。
これは良くないな。あまりこういったのが続くと更に酷いいじめへと発展してしまう可能性がある。
しかも、下駄箱だけでなくわざわざ教室の中の俺の机の上や中にも嫌がらせが発生し始めていたのだ。
時間の問題である。
対策はないかと考えていて、油断をしていた。
「っ痛ぅ!」
リリーの細くて白い指に綺麗な赤色の血が浮かぶ。
上履きの中に画鋲が仕込まれていて、それに刺さってしまったのだ。
「そうか…もうここまで来てしまったか…」
今までは主に手紙や落書きによる誹謗中傷であったのが、とうとう肉体的被害にまで発展してしまったのだ。
これ以上に発展する前に、止めなければどちらにとっても悲惨な目に遭う。
対策は何も考えていないが、まずは嫌がらせをしている奴らを特定しなければな。
次の日の早朝…。
他の生徒がまだ登校もしてこないようなかなり早い時間帯に、三人の女子生徒が登校してきた。
その目には嫉妬の炎の色が宿っており、真っすぐにリリーの下駄箱へと向かう。
「そこまでだ!」
リリーの下駄箱に嫌がらせの手紙と画鋲を仕込んでいた三人は、その声に驚いて振り向く。
当然、そこに立っているのは俺である。
「わざわざこんな早朝から勤勉なことだ…。そのエネルギーをもっと他の事に使えば良いのに…」
それ以上の早朝から張り込む羽目になった俺の事も考えてほしい。
「何よ、あんたが悪いんじゃないの…!わたしのマサツグくんを奪っておいて!!」
マサツグって誰だよ!!クラスメイトにはそんな名前の奴はいなかったから、他のクラスか?
目の前にいる三人もクラスメイトじゃないし。
他の二人も、どちらも俺が知らない男子生徒の名前を叫んで俺に憎しみの視線を向けてくる。
「別に奪った覚えはねぇし?勝手にその男達が俺に惚れて玉砕していっただけだろ?」
嫌がらせを受けてきて多少イラついてた俺は少し乱暴な口調で喋る。
「あんたが現れなければ、毎日平穏な日々でマサツグくんを見る事ができていたのに…っ!あんたが現れた瞬間から、マサツグくんはあんたの事ばっかり話すようになった!!」
知らんがな。
「それってさぁ?お前自身は何か行動したのか?そのマサツグに好かれる為の行動をよぉ?」
ゆっくりと三人に近づき、その中でマサツグ好きの女子に対して壁ドンをする。
まだお互い中学一年生という事もあってあまり身長差がなかったのは助かった。
それでも相手の方が身長が高いので、ちょっとだけ見た目が情けなくはあるが。
マサツグ好きの女子は俺のその行動に驚き、ズルズルと下駄箱からズリ落ちて座り込んでしまう。
「てめぇらが誰かを好きになる事を悪ぃとは言わねぇ!むしろ思春期だし覆いに青春するべきだ!」
「でも、その好きになった相手が別の誰かを好きになったからと言って、その相手に対して嫌がらせを行って良い理由にはなってねぇ!」
これも当然の事である。
「好きな相手を別の誰かに盗られたくねぇなら、その相手を自分だけに釘づけにできるくらいに相手を惚れさせてみろ!」
俺のその言葉に立ったままの二人は悔しそうな表情をしている。
「俺が男心を教えてやる!悔しかったら見事に俺を利用して相手を取り返してみろ!」
「はぁ!?」
二人が驚く。一体こいつは何を言っているんだと言わんばかりの表情だ。
「思春期の男子は簡単だぜ?今から俺がそれをレクチャーしてやる」
そう言って、自分ではニヤリと笑ったつもりであったが、三人の目には天使が微笑んだようにしか見えなかったようである。
それから俺は場所を変えて三人に男を射止める心得を説く。
まずは男は意外と単純だというところからだ。
中には一途な男もいるけれど、そういう一途な男というのは奥手であるか告白をしてフラれても何度でもアプローチをかけてくるタイプが多い。
しかし、今回の三人の好きな男子は、転入してきたばかりの俺を好きになって告白をしてきて、フラれればあっさりと引き下がるタイプだった。
だったら、結構単純な性格をしているだろう。
男は単純ではあるが、変にプライドが高い所もある。
しかし、それでいて自分を包み込んでくれるような優しい母性の強い女性が好きなのが多い。
俺はそれらを説明し、三人に好きな男子へのアプローチ方法を変えてみるように勧める。
三人に話を聞いてみたら、三人共自分の好きな話題ばかりを相手に振っていたらしい。
三人の好きな男子はちゃんと話に乗ってくれて返事を返してくれてはいるみたいだが、他に興味を引くような事があればすぐにそっちへと移動をしてしまうとの事。
俺はそれだと相手に気をつかわせて疲れさせるだけになるから、相手にも話題を振らせるように誘導するように教える。
例えば、マサツグなんかはサッカー部所属だそうなので、サッカーに関する話題なら食いつきやすいし、会話も弾むだろう。
「でも、わたし…サッカーの事全然知らないし…」
「バッカ野郎!男は自分が好きな事を理解してくれる異性には特に興味を示すんだぞ!?」
パンツァーⅣの男子だってそうだ。男は自分の趣味を理解してくれる女性には特に心を開きやすい単純な生き物なんだから。
それに、昼休みに俺はしょっちゅう男子に混じってサッカーをしている。
あぁ、マサツグが俺に惚れたのってもしかしてそれが理由だったのかな?
逆に、趣味を否定して「こっちの方が良いよ」と押し付けてくる女の事は、男は嫌いになりやすい。
だからプライドの高い風紀委員みたいに自分の意見ばかり押し付けてくる女子に対して、男子はすぐに距離を取りたがるのだ。
趣味を理解し、許容し、応援してくれる相手に男はすぐに惚れてしまう。
段階を踏んでいって、今度は距離を近づけてボディタッチを繰り返したらすぐに「あれ?こいつ俺に気があるんじゃね?」となる。
そして男から近寄ってくるようになったら、少しだけ距離を取って追いかけてもらうように仕向ける。
ただし、ここで距離を取り過ぎると男は脈無しとみて離れていってしまうので、その距離感は大事だ。
地道にそれを繰り返し、相手が告白してくるのを待つのも良いが、奥手だった場合はきっかけとなるイベントがない限りは中々告白はしてこない。
そういう場合には偶然を装って一緒に下校するなりして、別れ際に告白なんかすると良いかもしれない。
まあ、今回の三人の好きな相手は、すぐに俺に告白をしてくるような相手なのだから、奥手ではないかもしれないけどね。
俺は三人にそうやって男心を伝えていった。
「相手が少しおかしな行動を取ったらすぐに相談に来るように!教えた事だけが全てではない!俺はいつだって相談に乗ってやる!」
三人は真剣な表情で俺の演説を聞いている。
「行け!お前達なら出来る!行って意中の相手を射止めて来い!」
「「はい!先生!!」」
すぐに二人が駆け出していく。
何か、いつの間にか先生って呼ばれていたけど…。
「あれ?お前は行かないのか?」
マサツグ好きな女子は、頬を赤くして熱っぽい表情で俺を見ていた。
「うん、もうマサツグくんの事は良いの…」
何故マサツグの事を諦めたんだ?
「ねぇ、リリーちゃんって…女の子に興味とかって…ある?」
ん?何か流れ変わったな?
「さっきの壁ドン、激しかった…わたし、リリーちゃんみたいに男らしい人って大好き」
「撤収!!」
「あ~ん、リリーちゃん待って~!」
俺は即座に反転してその場から逃げ出した。
それからというもの、俺のところには恋に悩む乙女が多く相談に来るようになった。
何か『恋の天使』という噂が広まっているらしい。
同級生だけでなく、二年三年といった上級生まで相談に来るようになったくらいだ。
俺は悩める乙女達の恋の相談に乗るようになる。
そして、その傍らにはいつも熱っぽい視線を向けてくる女子がいたそうな…いや、いました。
次回更新予定:本日、夕方頃。
・裏設定
マサツグ好きな女子の名前:黒木 百合
・天使の称号シリーズ
恋の天使(NEW)
男よりも男前な天使(NEW)
・嘘次回予告
天使のような可愛さを持ち、男以上に男前な天使であるリリー。
ある時、リリーは女子からもモテている事に気付く。
「これは、咲かぬなら 咲かせてみせます 百合の花、イケるんじゃね!?」
と、百合展開へと走ろうとする。
普段と変わらぬ態度を装いつつも、内心では下心満載。
毎日、話した事のない女の子を見つけては攻略を繰り返していき、リリーは学校内で百合ハーレムを築いてしまう。
それを見ていた男子達は、毎日のように「尊い…」と呟いていた。
次回、仰げば尊死 第八話『ニセユリ』