第六十話 中学生編『お正月』
第八話の少し前。
「あけましておめでとうございます」
「うむ。あけましておめでとう、リリー」
一月一日の元旦、リビングで俺と婆ちゃんはテーブルに並べられたおせち料理を挟んで向かい合うように座って新年の挨拶を交わした。
リリーとなって三回目の年越しであるが、去年までは病院のベッドの上だったのだから、こうして家でゆったりと過ごしながら新年を迎えるのはリリーになって初めての事だ。
挨拶を終えた俺は、すぐに婆ちゃんに日本酒をお酌する。
多分だけど、こうして孫娘にお酌されるのは婆ちゃんの夢の一つだったのではないかと思ったのだ。
「おぉ、ありがとう」
婆ちゃんはとても嬉しそうにしてお猪口に注がれた日本酒を煽る。
こう嬉しそうな表情をしてくれるなら、やった甲斐あったものだ。
「そうじゃ、酔わんうちに渡しておくかのぅ」
そう言って、婆ちゃんは懐から何かを取り出した。
「改めて、リリー。あけましておめでとう。これはお年玉じゃ」
「えっ!?」
いやいや、すでに婆ちゃんからは一千万円という大金を受け取ってるのだから、これ以上受け取るのは忍びないよ。
そう思ったのだが、それを言って受け取りを拒否すると婆ちゃんは絶対悲しそうな表情をするだろうし、これは婆ちゃんの気持ちがこもった、婆ちゃんがしたくてしている事だ。
だったら、俺の取る行動として正しいのは…。
「ありがとう!婆ちゃん。大切に使うね!」
そう言って、俺は笑顔でお年玉を受け取った。婆ちゃんもとても嬉しそうに笑う。
そうだよな。やっぱり、可愛い孫娘にはお年玉あげたいって思うよな。
俺は受け取ったお年玉をそっとテーブルの端に置いて、再度婆ちゃんのお猪口にお酒を注ぐ。
本当に婆ちゃんには感謝しかない。
事故に遭って死にかけてた、というか一度は死んでしまった俺をこうして生き永らえさせてくれて、家に置いてくれてるのだから。
そしてとても可愛がってくれる。
例え、婆ちゃんが可愛がってるのはあくまでもリリーであって、俺ではないとしても、こうして穏やかな日々を過ごせるのは全て婆ちゃんのおかげなのだから。
「いつもありがとうね。さぁ!おせちも結構自信あるからどんどん食べてね!」
「うむ、美味しそうじゃのう」
勿論、今テーブルの上に並んでいるおせち料理は俺の手作りである。
レシピをインターネットで調べて、十一月頃から練習しておいたのだ。
練習の成果もあって、おせちはかなり上手にできていたと自負している。
数の子の味付けもばっちりだったようで、婆ちゃんは特に数の子を美味しそうに食べていた。好きなのかな?今度、また作ってあげようっと。
それからしばらくの間は、おせち料理を食べながらテレビを観て過ごし、俺と婆ちゃんはお正月の雰囲気を満喫した。
婆ちゃんがお腹いっぱいとなったところで、俺は余ったおせちをタッパーなどに移し替えて冷蔵庫に保管する。
そして後片付けと皿洗いを終えて部屋に戻ろうかと思った時だった。
(そういえば、お年玉はいくら入れたんだろうか?)
婆ちゃんの事だからそれなりに多く入れてそうだな。と、俺は苦笑をしながら袋を開く。
そして、中身の金額を見て、俺は驚きに目を見開いた。
「婆ちゃん!お年玉に十万円は多すぎるよ!お年玉ってレベルじゃにゃい!」
普通で五千円、多くても一万円だと思っていたら、まさかの一万円札が十枚という…予想外すぎた。
いや、婆ちゃんは金持ちなのだから、予想できていてもおかしくはなかったのだが、俺が男の時に家族や親戚からもらっていたお年玉は大体が一袋につき五千円だったから、俺の中の常識がそう勝手に思い込んでいただけだ。
でも、それでもやっぱりお年玉に十万円は多すぎるとは思ったので、突っ込まずにはいられなかった。
「そうかのぅ?ワシとしてはもっと多く入れたいところじゃったが、あまり多く入れすぎてもリリーに何か言われるかと思うて、少なめにしたのじゃが…」
少なめでこれだった!
婆ちゃんがくれた通帳のお金はほとんど食費として使用している。あとは携帯代だったりその他の必需品を買うのに使わせてもらっていて、個人的な使用は極力控えている。
ただ、一応、そこから月二千円のお小遣いをもらう形とさせてもらっていた。
いくらあまり使う機会がないとはいえ、月二千円だとほんの少し物足りない。
だから、今回くれたお年玉はせっかくなので有意義に使わせてもらおうかと思っていたのだが…。
「それがまさか十万円とはなぁ…」
一瞬、一万円を残して残りの九万円は返そうかと思ったけど、一度受け取ったモノを返すのは失礼だろうし、婆ちゃんが悲しみそうだったのでやめておいた。
う~ん…どうしようか…。
さすがにこの大金を自分個人で使うのはちょっとだけ忍びない、けど、だからといって九百万以上も入ってる口座に更に貯金するのもなぁ…。
「あ、そうだ」
俺個人の為に使うんじゃなくて、リリーの為に使おう。
洋服は婆ちゃんがリリーに着てもらいたい服をやたらと用意してて沢山あるけれど、俺のセンスでリリーに似合いそうな服やアクセサリーを購入すれば良いんだ。
前まではスカートなんて穿きたくないって思ってたけど、これだけ毎日穿いてたらもう慣れてしまったしな…。髪型だっていじるようになってしまったんだし、もはや今更だろう。
だから、自分の為じゃなく、あくまでもリリーを可愛くする為に、その為にこのお金は使わせてもらおう。
その方が婆ちゃんも喜ぶだろうしな。
ただ、俺一人では女の子の服の買い方や選び方なんてわからない。
その場に婆ちゃんを連れて行ったら絶対に婆ちゃんが払おうとするし、家で買ってきた服を着てみせてビックリさせたいから、婆ちゃんと一緒に行くのは却下だ。
だから、俺は友達を頼る事にした。
「えーっと…今度、服を、一緒に、見に行かない?…ん~、まあこんなもんで良いかな?送信っと」
仲の良い友達数人にメッセージを送信する。
するとすぐに返事が返ってきた。
『今から皆で初詣に行くからリリーちゃんも一緒に行こうよ。その後、服を見に行こう!』
「初詣か。そうだな、せっかくだから行くか」
すぐに返事を返して出かける準備をする。
髪の毛の両サイドの一部を緩い三つ編みにして、それをそのまま後ろに流して合流地点でリボンの付いたバンスクリップで止める。
「ん~?ちょっと不格好かな?まあ、いいや」
次は服装だ。
寒いのは嫌なので防寒力に極振りしたいと思います。
なので、スカートは論外。デニム一択だ。
少し前に友達から教わって試してみたら暖かかったから、スカート+タイツでも良いけれど、今日はやめておく。
上はハイネックのセーターを着て、更にその上にダウンコートを羽織る。
なんというか、ついさっきリリー可愛くする為に服を買おうって思ってたのに、かなり男っぽい恰好になった。
まあ、いっか。これでも十分リリーは可愛いし。
「婆ちゃん、今から友達と初詣に行ってくるよ」
「ん、気を付けて行くんじゃぞ」
スマホと財布を入れたハンドバッグを肩から下げて、俺はスニーカーを履いて出かけていく。
その俺の後ろ姿を見て、婆ちゃんは「もっと可愛い恰好すれば良いのに…」と、残念そうに呟きながら、新聞と年賀状が大量に入った郵便ポストを開けるのであった。
「みんな、あけましておめでとう!」
待ち合わせ場所に到着して、俺は皆と新年の挨拶を交わす。
香織ときょーちゃん、その他のクラスメイトの友達がいた。
この後も男子もやってくるようで、中々の大所帯となりそうだ。
ちなみにヒナと薺と百合は、年末に父方の実家に行くと言ってたのを聞いてたので、年が明けてすぐに新年の挨拶のメッセージを送っておいた。
だから百合は俺と出かけられるチャンスを逃した事を悔しがるだろうな。
その後、男子も数人合流して、俺たちは近所の神社へと向かう。
皆、俺の振袖姿を期待していたようで、少し残念そうにしていた。
神社で初詣をし、おみくじを引いたり甘酒を飲んだりして楽しんだ後、初売りをしている服屋へと向かう。
ついてきた男子たちは、その二時間後くらいについてきた事を後悔するようにげっそりとしていた。
ついでに俺もげっそりとしていた。
こう…オススメの服を教えてくれたり選び方を教えてくれるのは助かるけど、かなり振り回されるのは本当に疲れるな…。
しかも、今回はかなりの大所帯となってるから、その騒がしさも倍増だ。
(今度、百合だけを誘って改めて見にこよう…)
普段は振り回される事も多いけれど、百合はこういう時には適度な距離で接してくれるから本当に助かる。
最近になって百合への評価が変わってきた俺は、一緒に来ていた男子たちと共に、まだまだパワフルな女子たちの様子を見て、深いため息を吐くのであった。




