第六話『女子中学生はじめました』
「起立!礼!『おはようございます!』着席!」
扉の中から大勢の子供達の元気な声が響く。
俺は今、その扉の外の廊下でセーラー服を身に纏って立っていた。
「皆、おはよう!今日から二学期が始まる。さて、その二学期の始まるホームルームの前に、新しい友達を紹介しよう。…入って」
その合図を聞き、俺は胸に手を当て深呼吸をした後、扉に手をかけて扉の内側へと入室した。
「わぁ…小っちゃくて可愛い…」「金髪だ…」「お人形さんみたい…」
「どこから来たんだろ?」「彼氏いるのかな?」
ヒソヒソとそんな喋り声が聞こえてくる。
「え~…、今日からこのクラスに転入をしてきた…」
スーツを着た男性がそこで言葉を区切って、俺に視線を向けてくる。
俺は後ろを振り向き、チョークを手に取って黒板に『橘 リリー』と書き込んで、再度子供達の方へと振り向いて自己紹介をする。
「橘 リリーです。日本人とイギリス人のハーフです。これからよろしくお願いしましゅ」
…噛んだ…。
時は数日前に遡る。
「リリーよ。おぬし、学校はどうする?」
夕食後の皿洗いを終えた後、婆ちゃんからそう話題を切り出された。
「学校?行って良いなら行きたいけど…」
元の俺は当時十八歳の高校生だったが、今の俺は十二歳である。
本来であれば、義務教育を受けなければならない年齢である。
ちなみにリリーの誕生日は十二月二十六日なので、今年は満十三歳の中学生だ。
「そうか。今は学校は夏休み期間中じゃから、夏休みが明けたら近くの中学に通うと良いじゃろう」
「え!?いいの?」
ずっと寝たきりで小学校すら通ってないリリーである。
いきなり中学校に通っても良いのだろうか?
「問題ないぞ。まあ、学校なぞ通わずにずっとワシと一緒にいてくれても良いがの」
「それは良くない」
そこはバッサリと切り捨てる。
もしも、これが本来のリリーであったら通信制なりなんなりで通ってない小学校の分の遅れを取り戻したあとに、中学校へ入学をするべきなのだろうが、中身は高校生であった俺である。
教育に遅れなどないし、むしろ他の皆よりもちょっと先に進んでいるので、婆ちゃんも問題ないと語っていた。
手続きなどは全て婆ちゃんが終わらせてくれたので、こうして俺は人生二度目の中学校への入学を果たす。
ただし、一度目は学ランを着た男子生徒であり、二度目はセーラー服を着た女子生徒であるが…。
ホームルームが終わると同時に俺は転入生の洗礼を受けていた。
そう、つまりは質問攻めである。
「リリーちゃんはどこから来たの!?」「英語ペラペラなの?」「SNSやってたらアカウント教えて」
「どこに住んでる?」「彼氏いる?」「髪触って良い?」 などなど。
それらの質問に俺は逐一答えていく。
ただし、それは事前に婆ちゃんと打ち合わせした通りの答えではある。
当然の事ながら、俺が元男で脳移植をして現在は女として生きているのは内緒である。
喋れるわけがない。
本物のリリーは母親の実家のイギリスに行った事はあるが、俺は行った事はない。
なので、行った事のない場所に行った事があると嘘をついてもしょうがないので、完全な日本生まれの日本育ちで、海外には行った事もないし英語だって喋れないと決めていた。
それとつい最近まで入院をしていたのも秘密である。
俺はあくまでも、他県の小学校・中学校に通っていて、都合によって転校したという事にしたのだ。
そっちの方が、ずっと寝たきりの入院生活をしていたという事実を知る事によって、余計な気をつかわせてしまうという事もなくなるしな。
名前に関しては、本来は『リリー・スコット・橘』という本名であるが、ミドルネームは別にいらないだろうし、日本に住んでいるのだから『名字+名前』で良いんじゃないか、という事で、『橘 リリー』と名乗らせてもらった。
俺自身もそっちの方が言いやすい。ただ、本当の自分の本名を告げそうになるのだけは気を付けないといけないけど。
他にも色々決めた事はあるけど、ボロが出ない程度の決まり事なので、俺はスラスラとクラスメイトの質問に答えていった。
この日はあくまでも始業式とホームルームのみなので、クラスメイトも粗方の質問を終えると「また明日ね」と、まばらに散っていく。
とりあえずはクラスメイト全員と友達にならなきゃな。
この日は何人かの女子が途中まで一緒に帰ってくれた。
そうして俺は二度目の中学生活初日を終えるのであった。
「ただいま」
「おぉ、おかえり。どうじゃった?」
帰宅をしてリビングへと行くと、丁度休憩をしていた婆ちゃんが俺が買ってきたアプリコットティーを飲んでいた。
「今日は始業式とホームルームだけだからね。どうじゃったと言われてもクラスメイトの質問攻めに疲れた、としか言いようがないよ」
そう言いながら俺は苦笑して、婆ちゃんに教わったやり方でアプリコットティーを淹れる。
「昨日も言ったが、もう少しだけ口調はどうにかならんかのう?」
「今までずっとこの口調で生きてきたんだから、直しゅにょにも時間かかるよ。一応、努力はする」
たまに噛む。
質問に答えている時にもたまに噛んでしまい、その度に顔を赤くしていたせいでクラス中から「可愛い!」と言われたくらいだった。
そして、流石にこんな美少女の姿で俺口調は痛すぎる。
恥ずかしいけど、ちょっとずつ女の子らしい喋り方には直していこうと考えてはいる。
「…リリーよ。手術って言ってみてくれ」
「やだよ。絶対噛む。ってかそれが狙いなんだろ?」
婆ちゃんも俺が噛んで恥ずかしがる姿を見るのを楽しんでやがる。
まあ、からかっているという訳ではなく、恥ずかしがる可愛い孫娘の姿がみたいって気持ちなんだろうけどな。
残念がる婆ちゃんをよそに、俺はアプリコットティーを飲んで一息つく。
「あ~…美味しい…」
以前までの俺は、何でこんなに美味しい物が苦手だったのだろうかと不思議に思う。
まあ、舌に合ってなかったんだろうけど、勿体ないなぁ。
それからは部屋に戻って明日からの準備である。
時間割も貰ってきたので、必要な教科書とノート、筆記用具をカバンに詰めていく。
すでに一度習っている事ではあるけど、習い直すのも悪くないね。人生何事も復習が肝心。
準備が終わったあとは夕食を作る時間になるまでネットサーフィンなりして時間を潰す。
途中、婆ちゃんが通販で買ったドレスを持ってきて着せてきたりもしたが、まあ、そこは婆ちゃん孝行の為にも素直に従っていた。
次の日からは普通に授業が始まる。
一度習っている事なので、俺の頭には授業の内容がスイスイ入ってきた。
ノートを取る時も、一度習った事のある事だからかなり綺麗に纏める事が出来たし、ちょっとでも女の子らしくしようとわかりやすく可愛いマーカーなんかも使ったりしてみた。
元の俺は三色ボールペンで下線を引く程度だったからなぁ。
数日が経過し、クラスメイトともかなり仲良くなった。
とりあえずはクラスメイト全員とは友達となっている。
今、一番良く会話をするグループはクラスの中にいたミリオタ男子二名と、後から加わった女子一名、そして俺を含めた、クラスメイトから影で『パンツァーⅣ』と呼ばれているグループだ。
『vor』ではなく『Ⅳ』であるのは、正しい。
単純に戦車の事を話す四人組という意味合いなのだ。
ある朝、クラスメイトの男子が何かの本を広げて楽しそうに会話をしていた。
俺は何だろうかと思って覗きこみ、その本に写っていた戦車の写真を見て喜びの声を挙げた。
「おぉ!戦車かぁ。いいねぇ」
「え!?リリーちゃん戦車に興味あるの!?」
「詳しい訳ではないけどね、ネットで戦車で対戦するゲームとかやってたし」
「そうなの!?どのゲーム!?一緒にやろうよ」
と、そこから意気投合したのである。
その時発生した会話である意味面白かったのが。
「リリーちゃんが一番好きな戦車って何?」
「ん~…やっぱⅡ号戦車L型かな」
「そこはイギリス戦車じゃないんだ!?」
と、言う会話だった。
当然、その後二人にも好きな戦車を聞いてみたが、やはりというかどっちも日本戦車を選んだりはしなかった。
「イギリス人とのハーフだからと言って、イギリス戦車が一番好きって事はないんだよ。二人が日本戦車が一番好きってわけじゃないのと同様に」
その会話の流れに、二人がシュンとなっていたのが面白かった。
まあ、もちろん俺も含め、二人も日本戦車の事が嫌いなわけではない。一番好きな戦車が別の国の戦車だっただけだ。
その数日後にクラスメイトの中であまり誰とも喋っていなかった隠れミリオタ女子が「わたしも、実は戦車が好き…」と会話に加わってきて、このパンツァーⅣグループは結成されたのである。
ただし、毎日このグループで行動している訳ではなく、たまに戦車の話をする程度なのでそこまで絡みが強いわけではないけど。
そういった感じで、俺は人生二度目の中学生生活を満喫していった。
次回更新予定:本日、起きたあと。
・裏設定
パンツァーⅣ男子1の名前:赤松 慎吾
パンツァーⅣ男子2の名前:杉山 守
パンツァーⅣ女子の名前:立柳 理恵子
・嘘次回予告
世界最大の人気競技『戦車の道』
その中学生大会で自身の失敗により優勝を逃してしまったリリー。
責任を感じ、逃げるようにして転校をした先の中学は廃校の危機に陥っていた。
廃校を回避する為に、すでに戦車の道が無くなっていた転校先の中学が戦車の道を復活させる。
経験者であるリリーは、生徒会長に脅されて否応なしに戦車の道に復帰する事になってしまう。
次回、戦車コレクション 第七話『軽戦車乗ります』