第五十八話 中学生編『期末テストと通知表』
第八話の少し前の話。
期末テストの時期がやってきた。
校内では中間テストの時と同様に辛気臭い空気が漂っている。
「リリーちゃん、ごめん。ここ教えて!!」
「ん~?あぁ、ここはこれだよ」
中間テストで全教科満点を叩きだした俺は、皆から頼られる存在になってしまった。
婆ちゃんの教え方を参考に丁寧になるべくわかりやすいように教えるからか、皆は先生よりも俺の方に質問をしにくるようになってしまった。
もちろん、先生の教え方が悪いわけではない。
先生は、生徒全員に対して最適化をしたやり方で授業を行っている。
だから基本的にはその授業をしっかりと聞いていれば誰だって理解できるはずなのだ。
しかし、そうはならないのが人間である。
一説明するだけで十理解できる者もいれば、逆に十説明しても半分も理解できない者だっている。
それぞれ得意な分野が違うから起こる弊害だ。
そういった理解に乏しい人に対しては、その人に合った教え方をすると途端に理解が良くなり成績はグンと伸びる。
例えば、今俺が勉強を教えている守なんかはゲームや戦車の事ならすぐに覚える事ができるから、ゲーム感覚で勉強をさせてみたり、戦車で例えて教えてやるとスムーズに覚える事ができていた。
歴史上の人物を、戦車の史実や特徴で例えたらすぐに覚えたのにはちょっと笑ったりもした。
でも、それで覚えてしまったせいで間違って答案用紙に戦車名を書いたりするなよとは注意しておいたが、まあ、流石にそんな事はしないだろう。
そうして皆に勉強を教えていれば、自然と俺の勉強も捗ってしまうものだ。
元々理解していた事なのに、人に合わせて色々と工夫する教え方をした結果、あらゆるパターンで完璧に理解するという、まさに正のループができあがったというわけだ。
やっぱり、一人で勉強するんじゃなくて勉強を教えたり問題を出してあげる方が良い勉強になるな。
そして、テスト期間中ということで何故か恒例となってしまった早口言葉。
まあ、俺だけでなく他の皆も早口言葉に挑んでいる。そして当然ながら噛むのは俺だけじゃないからちょっとだけ安心している。
ちょっとした気分転換にもなるし、なるかどうかはわからないけど、少しくらいは頭の体操にもなってるだろう。
脳は刺激すれば刺激するだけ活発になるしな。きっと悪い結果にはならないだろう。
あと、せっかくだから四字熟語を早口で言わせるようにしてみた。
国語のテストで出題されると思われる四字熟語を何度も口に出させる事によって覚えさせるという手段だ。
無言で黙々と勉強するよりも、こうして声に出した方が覚えられるからね。それに、聞いてる皆も何度も聞くことによって記憶することができるだろうし。良いこと尽くめじゃないか。
ちなみに、これは良い結果をもたらせたようで今回の国語の四字熟語はウチのクラスは皆しっかりと答案を埋めることができていた。
まあ、中には漢字がうろおぼえなせいで残念ながら不正解になった者もいたが、知識としてはしっかりと蓄えられたようである。
たまにある四字熟語穴埋め問題でわからなかったからネタに走って『○肉○食』を『焼肉定食』にしたり『中途半端』と書くところを『中洲川端』と書くような輩は自分たちのクラスには現れなかった。
いや、中洲川端はさすがにないか…あれは確か福岡にある町だし。
ただ、基本教科の五教科は教えることができても、実技教科はそうもいかない。
美術、音楽、保健/体育、技術/家庭、これらは俺も本腰入れて勉強しないといくら中学一年レベルとはいえ良い点数は残せないだろう。
まあ、保健体育はすでに習っていた事の復習だからおそらくは問題ないだろう。
むしろ、満点叩き出して『むっつりスケベ』とか言われないかが心配だ。なんで保健体育って高得点を取れば取るほど周りにいじられるようになってしまうんだろうね?ふしぎふしぎ。
ただ、やっぱり美術と技術、そして音楽に関しては中々厳しいところがある。
特に音楽はかなりのハンデを背負ってしまっているしな…。
音楽は筆記テストではそれなりの点数を出せたとしても、実際の実技の方で相当なマイナスポイントがついてしまっている。
下手をすれば通知表が『1』になるかもしれない。それだけは避けたい。
美術と技術に関しては、音楽と違って絶望的ということはない。至って普通だった。
絵を描くのだって、中学一年レベルであれば及第点というくらいの絵は描けるし、技術の物作りに関してもまるっきり作れないわけでもない。
センスが皆無というわけでもなかったが、抜群のセンスを持っているわけでもないので俺の生み出した作品は本当に至って平凡な物であった。
むしろ物凄く絵が上手な人や抜群のセンスと閃きを持ってる人がいて、その発想はなかったと素直に感心してしまうような物が作り出されていて皆がそっちばかりに気を取られるから、俺の作品は誰の目にも止まらない。仮に目を向けてもらえたとしても「普通だね」といったコメントくらいしかもらえない。
だから、テストでそれなりの点数さえ出せれば悪くても通知表で『3』の評価はもらえるはずだ。
『1』とか『2』じゃなければそれで良い。
そうして、俺はクラスメイトに基本教科の勉強を教えつつ、実技教科の勉強を続けていった。
期末テストを乗り越え、ようやく生徒全員がテスト期間という成績優秀者以外には憂鬱な期間が終わって数日後、全てのテストの答案が自分たちの元へと帰ってきた。
人によっては、テスト期間よりもテストが返却される時の方が憂鬱という者もいるだろうな。
転性前の実の時は、理数系以外はほとんどが平均点だったしバスケに夢中だったからあまりテストの点数って気にしたことはなかった。
でも、今は勉強ができる楽しさもあってかテストの点数は楽しみだった。
そうして返却されたテストだが、やはり期末テストは出題範囲も広いし引っかけ問題なんかもあったりして、数学以外に満点はなかった。
理科は一問だけド忘れしてしまった箇所があり、そこ以外は全問正解の九十八点。
国語は単純に漢字の書き間違えによる減点と、普通に答えを間違えてて九十五点。
社会は引っかけに騙されてしまって四問も間違えてしまって九十二点。
英語は色々と普通で九十点だった。
基本教科はこうして合計五百点満点中の四百七十五点と、かなりの高得点を叩き出せた。
ただ、やっぱりリリーがイギリス人とのハーフだからか、英語が基本教科の中で一番低い点数という事実に皆が驚いてたりもしていた。
でも、それって「じゃあ皆は日本人だから国語は満点取れて当然だよね?」って気分にもなり、それをそのまま伝えるとすぐに納得してもらえた。
まあ、実は日本語って海外の人からすればかなり難しい言語らしいけど。
『日本では○月一日は日曜日の休日で晴れの日でした』
前にどこかのサイトで見かけた海外での日本語をどれだけ理解しているかの例題だが、日本人ならなんてことのないただの日本語だ。
でも、この例題の中には『日』という文字が多数含まれている。
そしてそれぞれの『日』という文字がそれぞれ読み方が違う。
だから日本語は難しいと言われてしまうのだ。
家に帰ってから何となく調べてみたら『日』よりも『生』の方が読み方が多いという事実には驚いたけど。
でも、こうして見てみると確かに日本語って難しいよね。
音読み訓読みの差だけでなく、同じ漢字なのに意味が全く違う漢字だったり、同じ読み方なのに全然違う漢字だったりするし、更には平仮名カタカナも混ざってて余計にややこしいから、中国語よりも難しいと言う人も多いそうな。
「だから国語のテストで全然点数取れてなくても全く恥じる必要はないよ!」
「悲しくなるから言わないでくれ!!」
国語で平均点の半分以下の点数だった男子がいて、その男子を励ますためにそれを伝えたのだけど、かえって惨めな思いをさせてしまったようだった。
そうだよな、逆効果だよな。はんせいはんせい。
話が逸れてしまっていたが、基本教科は全教科九十点以上を出すことができた。
そして実技教科だが…。
「う~ん…家庭と体育は良いんだけどなぁ…」
家庭は英語と同じく九十点、保健体育は九十六点だった。
保健体育で高得点を出してるが、他の教科もきちんと高得点なために周囲からは『秀才な天使』といった、別にむっつりスケベ的な称号を贈られることはなかった。
その不名誉な称号を贈られるのは、あくまでも他の教科が全く結果が出せてないのに、保健体育だけ点数が高い。という人だけなのだろう。
だから俺にはその不名誉な称号は贈られることなく、まともな称号が与えられていた。
ただ、別に天使いらなくね?
「技術は七十二点、美術は六十三点、音楽は…五十点か…」
結構勉強をしたつもりだったけど、普通に難しかった。
一応、どれも平均点ギリギリは取れている。ってか技術の平均点が七十点って高くないか?ちょっとびっくりしたよ。
しかし、やはりというか音楽が厳しいなぁ…。
男の時もそこまで音楽の世界に詳しいわけじゃなかったから、今勉強しようと思ってもそこまで頭に入ってこなかった。
守に勉強を教えたように、何かに例えて覚えようかと思ったけど何に例えれば良いかがわからなくて頓挫してしまったんだよなぁ…。
歌も楽器での演奏も壊滅的だったから、これは通知表の結果がちょいと危ないかもな…。
期末テストが終わり、ほんの少しの通常授業が進められて数日後。
学生にとって嬉しい長期休暇の季節がやってきた。
今日はその長期休暇に入る終業式の日である。
体育館で終業式が行われた後、教室で通知表が渡される。
ドキドキと、久しぶりに味わう感覚を少しだけ堪能してから、俺は通知表を開いた。
国語:5
社会:5
数学:5
理科:5
音楽:1
美術:3
保健:5
技術・家庭:4
英語:4
「うぅん…音楽が変に目立つ…」
通知表の大体真ん中らへんにある教科は音楽で、その音楽はやはりというか『1』であった。
他がなまじ良いだけに変に目立ってしまう。
もちろん、友達に覗き込まれて苦笑されたのは言うまでもない。
帰宅してから婆ちゃんに通知表を渡したが、婆ちゃんは俺の成績は特に気にしていないようだった。
「それよりも、いつまでも笑顔でそばにいておくれ」
それが婆ちゃんの何よりの願いだそうだ。
そうだな。俺を生き永らえさせてくれたんだから、せめてもの恩返しとして、笑顔でそばにいる事くらいはしよう。
「でも、それはそれとして、やっぱりこれだけ5が多かったら褒めてほしかったなぁ…」
通知表を返してもらった時にぼそりと呟いたら、婆ちゃんは微笑んで俺の頭を撫でてくれた。
「そうじゃの。よく頑張ったの」
「うん!」
「…でも、音楽は…残念じゃったの…」
「…うん……」
上げて落とされた。次こそは必ず…。
しかし、それからも俺の通知表の音楽の数字は、1か2のどちらかとなるばかりであった。
パソコン直りました!
故障の原因はSSDが破損していたようです。
スマホはなくても生きていけるけど、パソコンないと生きていけないなぁ…って感じる数日間でした。




