第五十四話 中学生編『恋の天使の始まり』
第七話中でカットされている話です。
「ねぇ、リリーちゃん。相談があるんだけど、良いかな?」
「お?内容によっては答えられないかもしれないけど、聞くだけ聞いてみるよ」
昼休み。教室内でパンツァーⅣのメンバーと昨日のオンラインゲームで特に熱かった一戦の話を終えた俺は、パンツァーⅣメンバー唯一の正真正銘の女性である立柳 理恵子に相談を持ちかけられる。
りえちゃんと呼ばせてもらっていて、りえちゃんは背中までかかる髪を首元で二つ結びのおさげにしているちょっと地味な見た目の女の子だ。
あまり人のいるところでは話したくないとの事なので、場所を移して人気のないところへと移動する。
「それで、相談って?」
「うん、それなんだけど…どうしよう…赤松くんに、す、好きだって告白されちゃって…」
あ~…告白されてどう返事をすれば良いのか迷ってるってパターンか。
「…戦車の話をし始めるまでは特になんとも思ってなかったけど…同じ趣味の話ができる人がいるのが嬉しくて、でも、男の子と付き合うのって今まで意識した事なかったから、どうしたらいいかわからなくて…」
ふむふむ。りえちゃんは同性ともあまり喋らない娘だからなぁ。
そんなりえちゃんが、いきなり異性と付き合うってなるとそりゃハードルも高くなるか。
「りえちゃんは、慎吾の事をどう思ってるの?」
「き、嫌いじゃないよ。でも、どうしたらいいか…」
う~む…。どう答えたら良いものか…。
「じゃあ、りえちゃんはどうしたいって思ってる?付き合ってみたい?それとも今の関係を維持したい?」
「わ、わかんないよ…」
まあ、それで迷わないなら相談なんて持ちかけてはこないわな。
しかし、困ったな。男側としての気持ちならある程度はわからないでもないが、女側の気持ちなんてあんまりわからないぞ。
特にりえちゃんみたいな引っ込み思案と俺とじゃ性格が真逆だ。戦車という共通の話題がなかったら今でもあんまり喋ってなかっただろうしな。
だからといって俺の考えた事をそのまま真逆にして答えても全く解決にはならないだろうし…。
ちなみに俺としては、りえちゃんと慎吾が付き合うのは良いのではないかと思っている。
同じ趣味の持ち主だから話題には困らないだろうし、男女の付き合いは経験しておくべきだろう。
それに俺達はまだ中学一年生。性的な間違いは…まあ、起こる可能性は無きにしも有らずだが、そうそう起こる事はないとは思う。
だったら経験を重ねる方が今後の人生にとっても有意義だ。
中にはその一回の経験がトラウマとなってしまう事だってあるけれど、失敗を恐れて何も行動を起こさないまま時が過ぎるくらいならば、失敗を恐れずに行動を起こし、失敗しても克服できる強さを持つべきだろう。
やらずに後悔は、この先もずっとたらればな事を考えて何十年と引きずってしまうけど、やって後悔は、後悔した直後だけは悲しくなるが、何年も経てば笑い話にできる事が多いもんな。
だから俺は…。
「とりあえずは、付き合う形で…でも、関係としては友達以上恋人未満な関係で、これから少しずつもっとお互いの事を知っていったら良いんじゃないかな?一応は恋人同士になる事で見える世界も変わるだろうし、何かあるなら俺も相談に乗るからさ」
慎吾はいきなり不純異性交遊を持ちかけるようなやつではないと信じてるし、同じ趣味同士ならばこれからもずっと付き合っていけるんじゃないだろうか?
時には喧嘩だってする事あるかもしれないけど、その時には俺が相談に乗れば良いし。
「そ、そうかな。うん、そうだね。それが良いよね」
なんか凄く自分に言い聞かせてるな。
大丈夫かな?今後もずっと誰かに相談しないと何も考えられない子になったりしないかな?
ほんの少しの不安を抱える事になってしまったが、その不安はどうやら杞憂だったようで、りえちゃんは慎吾と付き合い始めた事によってその性格を少しずつ改善していった。
これは少し先の話になるが、学年が上がってりえちゃんとは別のクラスになってしまったが、たまに遊びに来てくれる時なんかはかなり明るい性格になっていて、慎吾との仲も良好だった。
まあ、りえちゃんと慎吾が付き合う事になったと知ったのは、もう少しあとだけどね。
りえちゃんが告白の返事を返すのを躊躇って、数日引き伸ばしてしまったらしい。
しかし、恋人ができると人って変わるもんなんだな。
俺自身、今日も別のクラスの男子に告白されたけど、昼休みにサッカーで遊ぶ程度の仲で俺は相手の事良く知らないし、俺は元男だから、彼氏なんて作る気はさらさらないけどな…。
でも、もし俺にも万が一恋人ができたりしたら…俺は変わるのかなぁ?
そして数日が過ぎた。
「むぅ…今日もあるか…」
最近になって俺の下駄箱には連日嫌がらせの手紙が入るようになった。
内容としては毎日ほとんど一緒で『死ね』だの『ブス』だので、なんともバリエーションの少ない嫌がらせだな。と、乾いた笑いが出てしまう幼稚な手紙である。
しかし、それでも毎日続くとうんざりするものでもあるし、その内エスカレートしそうで怖い気持ちもある。
勝手なイメージだけど、女子のいじめって陰湿で恐ろしいイメージがあるんだ。
男のように面と向かってストレートで来るわけじゃなくて、一体誰がやっているのかわからないように仕組まれてる事が多いし。
しかも顔を合わせている時にはそれを感じさせない演技をしているから、いじめられてる側が全ての人間を信じられなくなってしまうような怖さがある。
実際、この手紙を俺の下駄箱に入れた主の正体は未だに掴めていない。それとなく日常会話で探りを入れているが、誰一人として尻尾を掴ませない。おそらくは別のクラスの女子だとは思うが…。もしも同じクラスの女子だとすると、これほど怖い事はない。
「どうしたの?リリーちゃん?」
「なんでもないよ。今日も音楽の授業があるなぁって」
俺の言葉を聞いた瞬間、きょーちゃんは顔を顰めた。
自分的には普通に歌えてるつもりなんだけど、そんなに酷いのかなぁ?あと、アルトリコーダーでの演奏でも何か相当ヤバかったらしいし。
そうした誤魔化しをして、俺は下駄箱に入っていた中傷の手紙を握りしめ、ゴミ箱へと捨てる。
そんな俺の様子を廊下の陰から見ていた人物に気付く事なく…。
それから更に数日が経過し、この嫌がらせ問題は解決の道を辿る事になった。
別のクラスの女子三人が、それぞれ好きな男子を取られた嫉妬心から俺に嫌がらせをしていたのだ。
わざわざ超早起きをして登校して下駄箱を見張ってた甲斐あったもんだ。
その時に、男心をアドバイスしたのだが、一人だけ違う方向性を見せてきた奴がいる…。
それが…。
「リリーちゃん。おはよう!」
「…お、おはよ…えっと…?」
昨日、嫌がらせをしてきていた犯人の内の一人の女子は、男らしい人が好きという理由で俺に懐いてしまっていた。
貞操やら何やらの危機を感じた俺はその場で逃走を図ったのだが、まあ、同じ学校内だから昨日逃げる事はできても今日逃げられるとは限らない。
しかし、まさか教室にまで突撃してくるとは思わなかったぞ…。
「黒木 百合だよ!百合って呼んでね!」
「黒木さんね」
「百合って呼んで?」
なんだろう…なんだかコイツは気安く名前で呼ぶ仲にはなりたくないんだけど…。
「黒木、さん」
「百合って呼んで?」
「黒…」
「百合!」
なんだこのやり取り?
ほら、子供っぽいヒナと薺ですら呆れた表情でこっちを見ているぞ?
「もう黒百合で良いんじゃない?」
ヒナと同じように呆れた表情をしながらこっちへやってきたのは香織だ。その傍らにはきょーちゃんもついてきている。
「そういえば、百合の花って英語でリリーって言うんだよね?」
あ~…もしかして、それが原因で百合って呼びたくないのかな?
「ブラックリリー…」
きょーちゃんがぼそりと呟く。
「何か俺が闇落ちしたみたいで嫌なんだけど!?」
「じゃあ、本家リリーちゃんはホワイトリリーだね。肌も白くて綺麗だし」
本家って何!?
「リリーちゃんがホワイト…わたしがブラック…じゃあ、二人は百合キュアだね!」
「色々危ないからやめて!?」
やばい、さっきからツッコミしかしてない。
しかも、そんな気安いやり取りをしたせいか、黒木さんも皆と馴染んでやがるし…。
ちなみに、黒木さんは腰まで届く長い髪をそのまま下ろしていて、中学一年女子からすればそこそこ背の高いスレンダーな体型の持ち主だった。
将来的にはそこそこ美人になりそうではあるが…これはあれだな。黙っていれば美人ってやつになりそうな残念な感じがする子だな。
「ところでリリーちゃん、さっき『俺』って言ってたよね?」
しまった!香織は聞き逃してなかったか!
すぐに指摘が入らなかったから、聞き逃したのかと思ってたけど、淡い期待だったようだ。
「…ごめんなさい。気を付けます」
「よろしい」
これでも最近頑張って女の子口調してるんだから、多少は見逃してくれても良いのになぁ。
「ちょっと待って。もしかして、リリーちゃんを女の子らしくしようとしてない?」
「そりゃそうよ。こんなに可愛いのに男の子っぽい口調なのは勿体ないわ」
ブラッ…黒木さんの言葉に対し、香織は得意げに胸を張る。
まるで「リリーはワシが育てた」みたいな感じだな。
「ダメよ!リリーちゃんは男らしいところが素敵なんだから!」
「香織!今度わたしが男っぽくなったら引っ叩いて良いから!」
そうだ!コイツは俺の男らしいところに惚れてるんだ!逆を言い返せば、男らしくなくなれば近寄ってこなくなるはずだ!
って、それじゃあ俺はますます女の子らしくしないといけなくなるのか…。今更だけど、もう男には戻れないなぁ…。
「ぁ、それはそうと。わたしの友達がリリーちゃんに続きのアドバイスをもらいたいみたいなんだけど?」
流れをぶった切って、黒木は俺のところに来た用事を思い出す。
ってか、それが用事なら先に言えよ。
「昨日の二人?」
「うん、そう」
「わかった。じゃあ昼休みにC組に行くよ」
だから早よ自分の教室に帰れ。
「改めて言うけど…わたしの事は百合って呼んでね?」
こいつ…もしかして俺が心の中でずっと黒木って言ってる事を感じ取ったのか!?
ちょっと怖い。
「…わかったよ。百合…とりあえず、そろそろ始業ベル鳴るから自分の教室に帰りなよ…」
「うん。それじゃあね!」
俺が百合と名前で呼ぶと、百合はパァっと顔を明るくさせてA組の教室から出ていく。
初対面の印象とあの性格がなければそれなりに可愛い子なんだろうけどな…。
「リリーちゃん、アドバイスって何?」
「ん?悩める乙女に男心を教える…まあ、恋の相談ってやつだよ」
その返答に皆が驚く。
「リリーちゃんってもしかして恋愛経験豊富なの!?」
「この見た目の可愛さよ。とっかえひっかえで十分あり得るわ!」
とっかえひっかえって…。
「いや、恋愛経験は皆無だよ。ってか、前にも言った事なかったかな?ただ、男心なら多少はわかるからそれを利用した恋愛相談くらいなら乗れるかと、ね」
確かに男っぽい行動や言動が目立つ。でも、それはあくまでもリリーが男ばかりの集団で育ってそれが癖になっただけであって、男心は流石にわからないのではないか?
というような視線を皆から感じた。
その時だった。
「リリーちゃん。おはよう。この間はありがとうね」
りえちゃんと慎吾が、まさかの手を繋いで教室に入ってきた。
しかも、繋いだ手を離す事なく俺のところへやってきて、お礼を言ってくる。
「その様子からして、どうやら上手くいってるみたいだね?」
「うん。あの時、リリーちゃんのアドバイスがなかったら、今こうして慎吾くんと付き合えてなかったかも…それどころか、せっかく仲良くなってきてたのに距離をとってしまっていたかも…」
流石に振った相手と今までと同じように仲良く。は、りえちゃんには無理だったかもしれないな。
「俺も聞いたよ。リリーちゃんがりえの背中を後押ししてくれたんだってな。本当にありがとう」
「礼には及ばんよ。それよりも、りえちゃんは良い子なんだから、泣かせたりしたら承知しねぇからな?」
男っぽい口調になったところで香織から頭を叩かれた。
くそ、さっき「引っ叩いて良い」って言葉を真に受けて即座に実行しやがった。
改めて二人は俺に礼を言ってから自分の机へと向かい、楽し気に会話を始めていた。
おそらくは戦車の話なんだろうけどな。
そして、俺はと言うと…。
「「「リリーちゃん!恋愛相談に乗ってくれるって本当!?」」」
先ほどの光景を見ていた他のクラスメイトから、俺は恋愛相談を受けるようになる。
実績を見せつけてしまった結果、かなりの信頼を得てしまったようだった。
こうして俺は、恋に悩む乙女達の恋愛相談に乗るようになった。
ごく稀に男からも恋愛相談を受ける事もあったが、流石に女心はわからんから仲を取り持つ程度にしか協力はできなかったけど、それでも感謝されていた。
そして、同級生だけでなく上級生からも相談を受けるようになる頃には、俺は『恋の天使』と呼ばれるようになっていたのであった。
今日(大晦日)も仕事で、明日(元旦)も仕事…。
休みたい(切実)。
残り少ない時間ですが、皆さんは良いお年を!!




