第五十話 中学生編『バスケット』
第七話の少し前の話です。
俺が女子中学生となって一週間が経過した。
始めはやっぱり穿きたくなかったスカートであったが、流石に毎日穿いてれば慣れてしまったもので、その日も何の疑いもなく俺はスカートを穿く。
「それじゃ、行ってきま~す」
「気を付けて行って来るのじゃぞ」
婆ちゃんに見送られて、俺はこの日も自分の通う中学校へ向かう。
その日の給食の時間である。
「リリーちゃんって小柄なのに沢山食べるよね」
同じ班であるヒナが、おそらくこの数日間ずっと思っていて、でも口に出さなかった事をとうとう口にした。
「いやぁ…食べても食べてもお腹いっぱいにならなくてね…」
一度スプーンを置いてから返事を返す。
この日も、いつものように給食係に「大盛りで!」と言ってご飯を大盛りでよそってもらったのだ。
他の給食も余っていればすぐにおかわりに走るし、牛乳嫌いの友達から牛乳も貰っている。
今、この教室で一番食べる量の多いのは、間違いなく俺だった。
「家でもそれくらい食べてるの?」
「家じゃこれ以上食べてるよ」
「「「これ以上!?」」」
同じ班の他の女子達も同時にツッコミを入れる。
まあ、確かに食べ過ぎだとは思うけど…でも、全然食べ足りないんだよ。
もはや皆は苦笑しかできないようであった。
そうやっていつものように給食の時間が終わり、このまま昼休みを迎えるのかと思った矢先であった。
「今日は先輩達、体育館使わないって言ってたから、バスケしに行こうぜ!」
クラスメイトの男子が他の男子をバスケに誘っていた。
あの男子は…確か、安西 柾って言ったかな?
短髪に切りそろえた髪をツンツンに立てている男子で、中学一年にしてはそれなりの高身長だ。
って、ちょっと待って、今、バスケって言わなかったか!?
「バスケ!?」
ガタッと音を立てて俺は立ち上がる。
「うわっ!ビックリした!」
それを間近で見ていたヒナが驚きに目を丸くする。
「ち、ちょっと待って!安西くん!!」
俺は慌てて安西くんのそばまで駆け寄る。
「ん?橘、どうした?」
安西くんは首を傾げる。
バスケをするなら、俺も…。
そう思ったのだが、今の俺は女子だ。断られたらどうしよう…。
不安に駆られ、少し自信なさげに俺は口を開く。
「バスケが…バスケがしたいです…」
周りにいた皆がきょとんとしていた。
何故、急にバスケがしたくなったのだろうか?とでも思っているのだろう。
でも、俺は元々はバスケの強豪校でバスケをしていた男だ。二年以上もボールに触ってなかったのだから、バスケをしたくなるのは当然の事なのだ。
「…あ、ああ…わかった。じゃあ、橘も給食食べ終わったら、体育館に来たらいいよ」
「いいの!?ありがとう!!」
俺はパッと顔を明るくさせて笑顔を見せる。
この時、正面から俺の笑顔が見れていたクラスメイト達は、その天使の笑顔に見惚れてしまっていた。
「よっしゃ!バスケするの久しぶりだからテンション上がるぜ!」
自分の席に戻り、残っている給食を口の中にかきこむ。
そのあまりにも優雅さに欠ける食べ方に、班の皆は呆れていた。
「こら!口調もだけど食べ方!」
すでに先に給食を食べ終わっていて、俺の様子を見ていた香織が注意しにくる。
香織はちょっとでも俺の口調や行動が悪いと注意するようになったのだ。おそらく本人としては「あなたの為にやってあげてる」って感覚で、悪気はないんだろうな。
注意してくれるのはありがたいんだけど、あまりにその回数が多いとやっぱりちょっとだけげんなりしてしまうよ。まあ、それだけ俺が相変わらず男口調で喋ってしまってるってのもあるんだけどね。
いつもならすぐに何かしらの返事を返すのだが、今は一気に口の中に食べ物を頬張った状態なので喋る事ができなかった。
ハムスターのように頬を膨らませ、もぐもぐと咀嚼をする。
しかも、香織の目を見ながらだ。
「あ~もう…可愛いなぁ!!」
耐えきれなかった香織が、思わず俺に抱き付いてくる。
やめて、まだ全然飲み込めてないのだから。
ゆっくりと咀嚼をして食べ物を飲み込み、牛乳を飲んで一息つける。
そして香織の方へと向き直り…。
「いつも注意してくれてありがとうね」
笑顔でお礼を言った。
「はぅあ!!何この天使可愛すぎる!!言葉遣いが直れば完璧なのに!」
香織が長いポニーテールの髪をぶんぶんと振り回して、まるで犬が尻尾を振るかのような動作をしていた。
そして、その周囲でも俺の笑顔に見惚れた皆が「なんだ、ただの天使か…」とか呟いていた。
何か、最近天使って呼ばれ始めてる気がするんだよなぁ…。
まあ、確かにリリーは天使のように可愛いもんな!しょうがないよね。
給食を食べ終わった俺は、うきうきと心躍らせながら体育館へと向かう。
なんていったって、久しぶりにバスケができるんだもんな。
本当に久しぶりだ…。やっぱり、バスケは俺の生きがいだよな。
そうして体育館へと辿り着くと、そこでは一コート丸々使って一年A組の男子と別の教室の男子がバスケをして遊んでいた。
別の教室の男子は五人いるが、A組は四人しかいない。俺を入れれば五人になるから丁度良いな。
「お、橘。来たのか」
安西くんが体育館に入ってきた俺の存在に気付く。
「もちろんだよ!」
俺は小走りでコートの中に踏み入る。
あぁ…このキュッキュッ鳴る感触、久しぶりだ…。
「うわ、間近で見たら超可愛いな!いーなー安西。こんな可愛い子が同じクラスに転入してきて」
「橘 リリーです。皆さんよろしくお願いしましゅね」
香織に注意されたばかりなので、お淑やかを心がけて笑顔で自己紹介をする。
その瞬間、その場にいた九名の男子達はその笑顔に心を奪われてしまった。
これは後日の話になるのだが、この別のクラスの男子達全員から、俺は告白をされる事になる。
そりゃ、こんな笑顔が眩しい美少女なら彼女にしたいって思うわな。
まだ、中学一年という事もあって、小柄な体格というのはあまり気にされていない。
男の好みって、歳を取るたびに上から下へと下がっていくそうだよね。
幼い頃は顔、思春期に入ると胸、大人になると尻、中年辺りで足って感じで段々と好みの部位が下がっていくそうだ。
んで、今はまだ小学生から中学生になったばかりなので顔が好みの部位になってるって事だろう。
だから皆、体型は気にせずに告白をしてくるって事だ。
「橘ちゃん、よろしくね!俺、蓮野葉 葛っていうんだ!気軽に葛って呼んでくれ!」
「抜け駆けすんな葛!リリーちゃんって呼んで良いか!?俺は耽羅沢 蓋木って名前だよ。俺の事も名前で呼び捨てで良いから!」
そして他の男子達も「俺も俺も!」と自己紹介をしていく。
「皆ありがとう!これから仲良くしてね」
一気に自己紹介されたので、真っ先に自己紹介をしてきた葛と蓋木以外はまだ顔と名前が一致しないけど、これからゆっくりと覚えていこう。
そして、皆の自己紹介が終わったあとだった。
「あ~…橘」
「ん?どうしたの?安西くん」
同じクラスの安西くんが話しかけてきた。
どうしたのだろうか?
「いや…その、俺の事も、下の名前の…柾って呼んでくれて良いから…って思って」
「良いの?ありがとう、柾くん。わたしの事もリリーって呼んでね」
「あ、いや、その…まあ…うん…」
急に柾はもじもじとして斜め上の方向を向いた。
そっちに何かあるのだろうか?俺も柾と同じ方向を向いてみる。
…特に何もないな。フェレンゲルシュターデン現象かな?
しかも、結局柾は卒業するまで俺の事をリリーと呼ぶ事はなく、ずっと橘のままだった。
そんな彼が、俺の事をリリーと呼ぶ事になるのは、今から五年後の、高校生男子バスケットボール全国大会地区予選の試合会場で再会した時なのであった。
自己紹介も終わり、俺達は五対五に分かれてバスケットを行う事にした。
「ちょっとだけ練習させてね」
なにせボールを触るのも久しぶりなんだ。ちょっとだけでも感覚を取り戻しておかないとな。
そう思って、バスケットボールに手を伸ばす。
「…すごく、大きいです…」
リリーの手がちっちゃすぎて、バスケットボールが凄くでかく見えた。
転性前の実の体だったら、片手で掴む事ができていたのに、リリーのちっちゃい手じゃとてもじゃないが片手で掴む事はできなかった。ソフトボールでも片手で掴むの大変なんじゃないだろうか?
それどころか、両手で持っても持つ範囲が小さすぎてボールがくるりと廻ってしまう。
こりゃ慣れるまで時間かかるなぁ…。
それでも、久しぶりに触れる事のできたバスケットボールに、俺は感動を覚えた。
(あぁ…この感触…懐かしいぜ…)
ほんの少しの間、ボールをくるくると手と手の間で回転させてその感触を楽しむ。
そしてボールを床に落としてゆっくりとドリブルをしてみる。
空気がパンパンに入ったボールと体育館の床から軽快な音が木霊する。
あぁ、この音も懐かしい。
感動で涙が出そうになるが、あまり男子達を待たせてはいけない。
軽くステップを踏んでドリブルをする。
「うん、悪くない」
実の時の感覚でドリブルをすると、リズムがずれてしまうけど、きちんとリリーの体に合ったドリブルをしてみれば、問題なくドリブルをこなす事ができた。
まだ若干の違和感は残るけど、これなら問題はない。
そしてゴールリングへと向かってドリブルをして、キュッと言う音をたててブレーキをかけてそのままシュートを放つ。
ボールは綺麗な孤を描いて、リングへと向かっていき、リングに届く事なくそのまま床へと落ちていった。
「ありゃ?届かなかったか」
ここも調節が必要だな。実感覚でやると全然届かないや。
それからもう二本ほどドリブルからのシュートの練習をさせてもらい、俺達はA組対B組(あとでB組って知った)の勝負を開始する。
勝負の結果は、A組の…というよりも、俺の圧勝となった。
最初の内は中々慣れなかったけど、リリーの体でのバスケに慣れてきた俺は実の全盛期の半分くらいの実力を出す事ができた。
強豪校で揉まれてきた俺だ、全盛期の半分とは言っても、中学一年のバスケ初心者の男子達よりもその実力は上である。
小柄な体を生かしたスピードの速いバスケは、皆を置き去りにしてしまったのだった。
俺のバスケがあまりにも上手だと知った、この場にいるバスケ部員である柾、葛、蓋木の三人は、是非とも俺に男子バスケ部のマネージャーにならないかと勧誘をしてきた。
俺の通う花園中学は、かなりのバスケの弱小チームらしく、顧問の先生もちょっとルールを知ってる程度だから実力が上がらないらしい。
だから、バスケの上手な俺に手取り足取り教えてほしいって思ったそうだ。
正式なマネージャーにはならないが、たまに手伝いに行ったりする事を約束し、俺はこうして花園中学校をバスケの強豪校へと導く事になったのであった。
レビュー書いてくださってありがとうございました^^
これからも頑張ります!




