第四十八話 中学生編『女子中学生生活二日目』
第六話でカットされている話です。
この話から、本編中で登場はしているけど名前が後書きにしか出ていなかった人達が登場します。
リリーとなって二日目の中学校生活が始まった。今は自分の通う中学校に向かって登校をしている途中である。
「おはよーリリーちゃん」
学校の正門をくぐる直前、後ろから声がかけられる。
振り向くと、クラスメイトの女子が立っていた。
「おはよ。…えっと…伊吹さん、だっけ?」
流石に昨日の今日でクラスメイト全員の顔と名前は覚えられない。かなりの人数がうろ覚えだ。
それでも、必死に頭を回転させて目の前の女子の名前を思い出す。
「わ、もう名前覚えててくれたんだ!でも、改めて自己紹介するね。わたし、伊吹 京子。仲の良い友達からは『きょーちゃん』って呼ばれてるよ」
伊吹 京子と名乗った女子は、嬉しそうに笑って改めて自己紹介をしてくれた。
これは、俺もきょーちゃんって呼んで良いよって遠回しに言ってる解釈で良いのかな?
「ありがと。よろしくね、きょーちゃん」
「うん!」
きょーちゃんはおかっぱに近い髪型をした優しそうな顔立ちの女の子だ。
笑顔がとても可愛く、これは将来に期待がもてそうだ。
挨拶を終えた俺ときょーちゃんは、一緒に花園中学校と書かれた立派な看板がはめ込まれている正門をくぐった。
「おはよう。リリーちゃん」
「おはよ、えーっと…えーっと…」
下駄箱で靴を上履きに履き替えようとしたところで別のクラスメイトに挨拶をされる。
でも、今度は名前を思い出せなかった。…顔はなんとなく覚えてるんだけどな。
「さかき。榊 香織よ」
「榊さんね。悪いな、まださしゅがに全員の名前は覚えきれてなくて…」
「香織で良いわ。…リリーちゃんって…いや、やっぱりなんでもない」
…?
何か言いかけてたけど、香織は言うのをやめる。何を言おうとしてたのだろうか?
噛んだ事に対してのツッコミなら勘弁な。
香織は中学一年女子にしては長身で細身な女の子だ。
腰まで届きそうな長い髪を一纏めにしてポニーテールにしていて、顔立ちは少し凛々しい感じの、どちらかと言えばカッコイイという表現が似合いそうな女子である。
将来は美人さんに育ちそうだ。
上履きを履いて、三人で教室へと向かう。
教室へ向かう途中の廊下で、クラスメイトではない何人もの生徒が、俺を目で追っていたのがわかった。
「わ~…可愛い…」「キレーな金髪…」「あんな子、ウチの学校にいたか?」
「隣のクラスに昨日転入生が来てたみたいだから、その子だろ?」
「いーなー…あんな可愛い子、ウチのクラスにも転入してこねぇかなぁ」
すれ違う度に色んな話し声が聞こえてくる。
ほんと、リリーは凄いな。こんな美少女、滅多に見ないぞ。
噂の中心人物になりながら、俺は一年A組と書かれた教室へと入る。
俺の席は転入生が大体与えられる窓際の一番後ろだ。そこに向かって一直線に歩く。
その間に、すでに登校していたクラスメイト達にも挨拶をする。皆、笑顔で挨拶を返してくれた。
「おはよう、橘さん」
「おはよ。…んっと…ひな…なんだっけ?」
自分の前の席の子が振り向いて挨拶をしてくる。
すぐに挨拶は返したけど、名前が思い出せない…全く覚えてなかった香織よりはマシだけど、苗字の途中までしか思い出せなかった。
「雛菊 美智香。ヒナって呼ばれてるよ」
ヒナは、少しくせっ毛のついたナチュラルボブの可愛らしい女の子だ。
リリーよりほんの少しだけ身長が高い小柄な女子で、笑った時のえくぼは見ていて安心感を覚える。
「雛菊、美智香。…よし、覚えた!俺も皆と同じようにヒナって呼んで良いか?」
「それは構わないけど…」
「あ、俺の事も橘じゃなくて、み…じゃなかった。リリーって呼んでくれて良いから!」
危うく本名の『実』って言いかけてしまった。
「リリーちゃんって…こんなに可愛いのに男の子みたいに俺って言うんだね…なんだか意外…」
げ、しまった!ついつい素が出てしまっていたか。
昨日は一応気を付けてはいたんだけど、たった一日でボロが出てしまっていた。気を抜くの早すぎだろ…俺。
「やっぱり…さっきも思ったけど、リリーちゃんって何か男っぽい口調だよね?」
俺とヒナの会話を聞いていた香織が会話に加わってくる。
もしかして、さっき言いかけてたのはその事だったのかな?
「あ~…まあ、昔からずっとこの口調で喋ってたからな…相変わらず癖が抜けねぇんだよ」
婆ちゃんにも指摘されたけど、そりゃ十八年間男だったんだから、男口調がすぐに抜けるわけないんだよなぁ。
しかも、俺はその中でもちょっとだけ口の利き方が悪い男だったし…。
「どんな環境で育ったら、そんな口調になるのよ…」
「あはは…。ちょっと男の多い親戚の家で育ったから、そこで口調が移っちまってな」
これは婆ちゃんと決めた嘘である。
転校をしてくれば、当然、以前に住んでいた場所や学校の質問をされるのは当然の話である。
だから、確実にされる質問の中で、正直に答える事のできないものに関してはある程度の嘘を決めていた。
何故わざわざ転校を?となると、幼い頃に両親を交通事故で亡くし、中学生になるまでは親戚の家で預かってもらう事になっていた。という事にしていた。
ただ、婆ちゃんの仕事の関係上、夏休みになるまでは向こうの中学校に通う事になってしまったから、夏休み明けから転校してきた。という事にしたのである。
これは、両親の話を持ちかけられた時の為用の決め事も混ざっていた。
俺の本当の両親である、柊 冬馬や柊 明美の話はする事ができないからね。
だからといって、俺の知らないリリーの両親の話は俺にはする事ができない。
一応、名前や勤めていた会社、趣味などは聞いているけど、リリーの両親の事で話ができる事は数少ないのだ。
ちなみに、リリーの父親の名前は『橘 春彦』で、母親の名前はフルネームだと『アイリス・スコット・橘』となっている。
リリーと母親のアイリスのミドルネームのスコットは、文字通りスコットランドからの由来らしい。
これはアイリスの父親がスコットランド出身で、そこからミドルネームとしたらしいのだ。
でも、一応その理由は聞いていたけど、友達には「橘 リリー」と名乗って、スコットのスの字も出さないのだから、あんまり聞く必要はなかった情報だったかもな。
しかも、アイリス自身も日本では「橘 アイリス」と名乗っていたらしいし。
そして、婆ちゃんが「どうせすぐに男口調になったりするじゃろうから」と、予め男の多い家で育ったからという事にしておくのが良いと助言してくれていたのだ。
流石婆ちゃん、なんでもお見通しだぜ…。
転校してきた理由、転校前に住んでいた場所、両親の事、その他色々な質問はある程度は昨日の内に答えられていた。
そして、昨日は口調を気を付けていた事と緊張からきちんと女の子らしく喋る事ができていたから(しかし噛みまくっていた)、男口調に関する質問など起こる事はなかったのだった。
しかし、二日目でこの様である。
「リリーちゃん…こんなに可愛いんだから、言葉遣いもしっかり気を付けなきゃダメよ。そりゃ、環境で身についてしまった癖は、すぐには抜けないかもしれないけど、しっかりと直すこと!」
「ぜ、善処しましゅ…」
「噛むのは可愛いから許す!」
「そこは許しゃないでほしいかな!?」
認められると恥ずかしい。
もっと発声練習頑張って滑舌良くならないとな。
「でも、俺っ娘ってちょっと良いよな。特に橘さんは背も低いから相手に舐められたりしないように背伸びしてしまってる本当はか弱い乙女感があって、逆にそれが良い!ってなるよ」
クラスメイトの男子達が会話に混ざってくる。
しかし、今の言葉にはちょっとムッときた。
「かっちーん。誰がか弱い乙女だ!これでもかなり鍛えてて力には自信あるんだからな!」
「怒るのそこなの!?」
ヒナがツッコミを入れる。
「へぇ、じゃあ腕相撲でもして力比べしてみる?」
「望むところだ!」
男子の挑発に俺はノった。
実は、この男子は昨日リリーの姿を見てから一目惚れをしていた男子だった。
しかし、思春期の男子特有の素直になれない気持ちから、ある程度は褒めたとしても完全には褒めちぎらず、どちらかと言うと相手を小馬鹿にするような態度を取っていたのだった。
だから、腕相撲をすることになり、リリーと手を握る事に成功したこの男子は、内心では大はしゃぎをしていた。
もちろん、リリーのような小柄な女子に負けるわけがないと思っていたので、ワザと力を緩めて、挑発するような態度を取っておきながら少しでも長く手を握っていようと考えている。
教室内のクラスメイト達が俺と男子の腕相撲勝負を見る為に集まってきた。
最初は何事かと思っていただけだったのが、面白そうな事になっているとわかったからである。
これが入学当初からのクラスメイト同士であれば、別にそこまで集まらなかっただろう。
だが、昨日転入してきたばかりの、今一番話題を呼んでいる美少女が中心なのだ。これで人が集まらないわけがない。
「じゃあ、いくよー。レディ…ゴー!!」
香織の合図で、俺と男子は腕相撲勝負を始める。
握り合ってグッと力のこもった拳がビクリと動く。
そして次の瞬間だった。
「ぁ、もうダメだ…」
勝負をしていた男子がそう呟くと同時に、俺は一気に男子の拳を机に叩きつけた。
「………」
教室内が静まり返る。そして…。
「勝者!リリーちゃん!!」
香織のその宣言とともに、俺は両拳を握りしめて上へと掲げる。
クイズ番組であれば、きっと下にテロップで【答:コロンビア】と出ている事だろう。
負けた男子に、他の男子が「お前、こんな小さな女子に負けるとか情けねぇなぁ」と罵声を浴びせていた。
「お?何なら次はお前が勝負してみるか?」
今度は俺から挑発をして、腕相撲を待つ構えを取る。
「いいぜ、受けて立つ!!」
すぐに手を握り合って勝負の形をとった。
そして、同じように香織が合図を出してくれて勝負が始まる。
勝負の内容は、ほとんど一緒だった。
一応、最後に粘ろうとしていた力加減は感じたが、それでも男子は呆気なく俺に敗北する。
「すっごーい!リリーちゃん強いんだね!」
「ふっふっふ、毎日鍛えてるからね!」
きょーちゃんが褒めてきたので、俺は二の腕をぽんぽんと叩きながら力こぶを出してみた。
…あんまり目立たないな。もっと力こぶ出るかと思ったんだけど。
そして、それからは勝てないとわかっていても、俺に腕相撲勝負を挑んでくる男子達が後を絶たなかった。
皆、勝負よりも俺と手を握りたいだけである。
そんな男子達に、俺は連戦連勝を重ねる。
「お?何やってんだ?」
おそらく朝練をしていたのだろう。柔道着を持ったガタイのいいクラスメイトの男子が教室に入ってきた。
「凄いんだよ!リリーちゃんここにいる男子達に腕相撲で全勝してるの!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら興奮している女子は、あとでもう一度自己紹介をして名前を知ったのだが、松本 薺という名前の女子生徒だ。
セミロングの髪をツインテールにしていて、ちょっとだけ子供っぽい感じである。
でも、そのあどけない感じが可愛らしいとは思ったりもする。
「へぇ、橘さん力あるんだな。俺とも勝負してみない?」
「オッケー、受けてたちゅ!!」
せっかく決めてたのに台無しである。
俺は耳を真っ赤に染めながら、柔道部男子と腕相撲勝負をする。
「いくよー!レディ・ゴー!」
完全な号令係となっている香織の合図で、勝負が始まった。
「…っん!!」
「むむむ…」
力は拮抗していた。
しかし、それはあくまでも、俺が机の端を掴んで踏ん張っている状態での力の拮抗である。
相手の男子は机の端すら掴んでいない。
「ンンン……」
「…ぐ!!」
お互いに顔を真っ赤にしながら、とにかく相手の腕を倒そうと力を込める。
しかし、やがて俺の腕が下へと下がり始めた。
「んーーっ!!」
負けたくない一心で、更に力を込めるが、自分の力を超えた力を込めすぎると訪れるのは早い限界である。
まるで限界まで膨らんだ風船から一気に空気が抜けるかのようにして、ぷしゅーという音が聞こえる勢いで俺は力尽きた。
「……負けた~…」
力を出し切って負けてしまった。凄く悔しい。
「…ビックリした。橘さん、こんなに強いとは思わなかったよ」
相手をした柔道部男子も驚いていた。実は俺も驚いている。
毎日筋トレしていたとはいえ、ここまで力がついてるとは思わなかった。
転性前の実に比べれば、まだまだ遥かに力はないけど、同学年の男子よりも力があるとは思ってなかったのだ。
流石に俺以上に鍛えていた柔道部男子には敵わなかったが、それでもかなり善戦できた事には本当に驚きである。
…まあ、相手は机の端を持ってなかったから、もしも持っていて踏ん張ってこられてたらもっと呆気なくやられていたかもな…。
「こら~皆、席につけー。ホームルーム始めるぞ~」
丁度予鈴が鳴って先生が教室に入ってくる。
皆は慌てて自分の机へと戻っていく。
この日、この腕相撲勝負をきっかけに、俺は更にクラスメイトに馴染んだのであった。




