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第四十三話 転性編『リハビリ』

転性編の第二話と第三話の間の話です。

 俺がリリーとして目覚めてから、数日が過ぎた。

 流石に脳移植をしたという事は他の人には話す事ができないので、花蓮さんは、長い事眠りについていたリリーが回復して奇跡的に目覚めた、という事にしていた。

 まあ、そうなるよね。


 本当だったら、花蓮さんが付きっ切りで俺のリハビリを手伝いたかったみたいだけど、花蓮さんにも仕事がある。

 だから、俺はこの病院で働く整形外科医や看護婦さん達の指導や補助の下、リハビリを行っていた。


 と言っても、始めの内は俺一人では何一つできない。

 だって、指先すら自分ではまともに動かせないくらいなのだから。


 今は、筋を温めながらとにかくマッサージをしてもらってるところである。

 若い看護婦さんにこうやって全身をマッサージされるなんて…興奮するよな!

 …まあ、興奮したところで、反応する体の部位はないんだけど…。



 マッサージをただされるだけでは勿体ない。俺も自分でできる事を行う。

「……ぁ…ぃ………ぇ……」

 掠れた声を出しながら、俺は発生練習を行う。

 ほとんどが声になっていなく、今だって自分では普通に『あいうえお』って言おうとしたつもりだったのだけど、それすら必死に絞りだしてこの様である。

 これは、まともに喋れるようになるのは本当に時間がかかるだろうな…。


「リリーちゃんは頑張り屋さんね。早く喋れるようになると良いね」

 一生懸命マッサージをしてくれている看護婦さんが、笑顔で俺の発声練習を応援してくれた。



 それから二週間程が過ぎ、俺はようやく指先と首回りが動かせるようになってきた。

 それでも、まだ自分が思っている程まともには動かせない。

 力を込めて込めて…ようやく少し動かせるくらいだ。


 でも、自力で動かせるようになったなら、ベッドに寝かされているだけの暇な時間でも自分でリハビリができるから、これは大きな前進である。


「…あ……ぃ…ぅ……ぇ…お」

 声も、そこそこ出せるようになってきた。

 あまりはりきりすぎるとすぐに喉が渇いてしまうから、誰かがそばにいないと水分補給すらままならない。

 …早く動けるようになりたいな…。




 それからも毎日、俺のリハビリは続く。


 何気に嬉しかったのが、点滴からゼリー状のエネルギー補給食に変わって、そこからお粥などの消化に良い物、そして、とうとう固形食に変わった時だった。

 味気ない病人食ではあるけれど、やっぱりこうやって自分の口でしっかりと咀嚼をして飲み込む事ができるのって、嬉しいよね。

 今まで、どれだけ自分が食べる事のできる幸せってやつを、何も考えずにただ食べるだけって考えてしまっていたかの愚かさを思い知らされる。

 これからはしっかりと食べる事のできる幸せを噛みしめよう。


 勿論、そこまで来るのにも苦労の連続だった。


 顎の筋肉だって弱っているのだから、固い物は食べる事ができないし、食道だって弱っている。

 ちょっとでも大きな物を飲み込もうとするものなら、食道に詰まってしまうのだ。

 だから、これも毎日の積み重ねが大事だった。


 胃袋も、点滴の代わりに直接栄養剤などを流し込んだりする事はあったようだがそれでも五年近くもあまりモノを入れた事がなかったのだから、非常に弱っていた。

 水や生理食塩水などで、少しずつ少しずつ慣らしていき、胃をゆっくりと起こしていくのだって時間がかかった。

 でも、これからは舌で味わい、噛みしめる喜びを得られ、飲み込む事のできる幸せを感じられるのだ。



 喉も、発声練習と食べ物を飲み込む事を繰り返す事によって鍛えられ、拙い喋り方ではあるがそこそこ喋れるようになってきた。

 関節も動くようになってきて、動作は遅いけれど自分で水を飲む事だってできるようになった。


 そうして、俺がリリーとして目覚めてから半年と少しが過ぎ、髪の毛がショートヘアくらいまで伸びた頃だった。

(みのる)よ、おぬし、両親に一目だけでも会いたいとは思わんか?」

 花蓮さんが車椅子を持ってやってきた。


「…とーしゃん、と、かーしゃん…うん、あぃ…たい…」

 当然の返事だ。

 父さんや母さんだけじゃない、親友の椿やバスケ部の仲間達、先生にだって会いたいって思っている。

 今、皆どうしているのだろうかと気になってもいるのだから。


「よし、ではワシが押してやるから行くとするか」

「は、い」


 久しく顔を見る事ができる。

 期待と不安で胸がいっぱいだ。



 花蓮さんに補助してもらって俺は車椅子に乗る。

 車椅子には何度か乗った事はあるから、だいぶ慣れてきた。

 太陽の光を浴びに病院の敷地内を少しだけ散歩した程度だけどね。しかも、その散歩も自分で移動したわけじゃなくて花蓮さんや看護婦さんに車椅子を押してもらっての移動だ。

 なので、リリーとして目覚めてから初めての病院の外への外出である。


 花蓮さんの補助を借りて車に乗り、俺の住んでいる地域まで移動をする。

 家からそんなに離れていないコインパーキングに車を停めて、俺は再び車椅子に乗って花蓮さんに押してもらって家の方へと向かう。


 その途中だった。

「もしも打ち明けたいのであれば、おぬしの両親にはワシからも事情を説明するが、どうする?」

 その突然の提案に俺は驚く。


 姿形は変わっても、俺は父さんと母さんの子供だ。

 打ち明けられるのであれば、打ち明けたい。


「まあ、おぬしの両親にも流石に脳移植の事については秘密にしてもらわんといかんがの」

 それは当然だよね。


 …父さんと母さんに、姿は変わったけど生きて帰る事ができたって報告ができる。

 まず、なんて説明しようか。色々と悩んでしまう。

 いきなり家にやってきた女の子が、交通事故に遭って死んでしまった息子だと聞かされても、最初は信じてもらえないだろうし…。


 色々と考え込んでいたら、あと少しで俺の家に到着をする距離になった。

 その時だった…。


(!! 父さん!母さん!)

 前方から、両親が歩いてくる。

 丁度、出かけようとしていたのだろうか。

 心の準備がまだ出来てないのに、いきなり接触する事になるとは思ってもいなく、俺は緊張してしまう。

 そして、もう少しだけ近づいたところで、気付いてしまった。


 両親は、どちらも酷くやつれていた。

 遠目から見たら腕を組んで仲睦まじい夫婦のように見えた歩き方だったのだが、(じつ)は父が母を支えながら歩いていたのだった。


 目には光りが宿っていない。まるで死人のような目だ…。

 その両親の姿を見て、俺は自分が息子の(みのる)であるという事を打ち明ける気分にはなれなかった。


 亡くなった息子を名乗る別人が今の状態の両親の前に現れたら…とてもじゃないが信じてもらえないだろう。

 花蓮さんが事情を説明してくれると言っていたけど、普通なら信じられる内容ではない。

 それに息子の死を思い出して精神的に辛くなるはずだ。



 俺は涙が出そうになるのを我慢し、まもなくすれ違おうとする両親の顔を目に焼き付ける。

(…これで、もう一生のお別れだ…)

 将来、再び交流ができるようになる事を知らない…それどころか親族にもなる事を知らないこの時の俺は、両親との別れを決意する。

 本当なら、自分はすでにこの世にいないはずの人間なので、最後に一目見れただけでも良かったと考えるべきだろう。


 そして、両親とすれ違うその瞬間、俺はふと口を開いて拙い口調で両親に応援の言葉を贈った。

「がんばってください」


 すれ違った後の父さんと母さんが立ち止まった気配を感じた。

 でも、俺は振り返らずにそのまま花蓮さんに進んでもらった。

 後方から母さんのすすり泣く声が聞こえた気がした。

(頑張って…生きてください…)



「本当に良かったのか?」

 もう少しだけ進んだ後、花蓮さんが俺にそう質問をしてくる。やけに耳に残った。

 良くはない。良くはないのだが…仕方のない事だ…。


 俺は黙って頷き、そのまま病院へと連れて帰ってもらった。





 俺がリリーとして目覚めてから、およそ一年が経過した。

 髪の毛は肩から背中にかかるくらいのセミロングまで伸びている。


「あえいうえおあお、かけきくけこかこ」


 病院の屋上で花蓮さんに見守られながら俺は発声練習を繰り返す。

 だいぶ喉も鍛えられてきたのかかなり喋れるようになってきた。

 滑舌は良くないけど、日常会話で不便する事のない程度にはなっている。


「よし、きょーも喉のちょーしは良いちょーし!」

 発声練習が終わった俺は、その二本の足でゆっくりと歩いて屋上の出入り口で待つ花蓮さんの所へと向かう。



 トレーニングの甲斐あって、ようやく一人で歩けるようになったのだ。

 車椅子を卒業し、自分の足で立ち上がれた時は感動を覚えたものだ。

 それと同時に、その視点の低さに戸惑いを隠せずにいた。


 地面がすごく近くに感じられる。

 男の時は身長は百八十七センチメートルだったものだから、現在身長が百センチメートルちょっとのリリーの体ではあまりにも低すぎるその視点に、中々慣れなかった。

 一応はホルモン治療とかもしてるから、これから成長はしていくんだろうけど…それでもあまり身長は伸びないだろうな。


 あと、歩いている時に股の間が凄く寂しく感じられるのは、決して気のせいではないだろう…。

 歩いてる時だけじゃなく、トイレの時も寂しく感じられる。

 十八年間共に過ごしてきた文字通りの相棒は…もういないのだ…。


 まだ若干の違和感は残っているが、それも最初の頃に比べればだいぶ薄まってきた方である。

 最初は本当に違和感の塊だったし、トイレだって座って用を足すのに慣れるまで時間がかかった。


 風呂に入れさせてもらった時などで、見ちゃ悪いとは思っているけど、その部分を見てしまった時などは、「あぁ…本当にないんだなぁ…」って今でも落ち込んでしまうくらいである。

 ごめんな相棒…経験させる事なく消えてしまう事になってしまって…。



 そんなくだらない事を考えながら、俺はよちよちと花蓮さんの下へ到着する。

「おまたせ、です。では、とれーにんぐるーむに、行きましょーか」

 これからトレーニングルームでストレッチと筋トレだ。

 まだまだリリーの体は日常生活を送るのは筋肉が足りなさすぎる。

 しっかりと鍛えなければ、この先この身体で生きていく事なんてできやしないだろう。



 それからも俺は毎日のように発声練習とストレッチと筋トレを繰り返す。

 やがて、普通に日常生活を送れるほどまで回復した俺に、花蓮さんが退院をして一緒に住もうと切り出してくるのは、それからおよそ一年後の事であった。

書き溜めするとか書いておきながらあんまりできませんでした(泣


番外編の始まりです。

基本的には、ストーリー進行にあまり関係のないリリーの日常を淡々と描いたものになります。

番外編が終わったら、子供達視点の外伝もありますので、そこそこ長くなると思いますので、是非お付き合いいただけたらと思います。


また、本編中では我慢してましたが、番外編では結構パロディネタを使います。

なので、本文でネタを挟んで満足しているので、嘘次回予告とかは基本的にはありません!

楽しみにしていた方、申し訳ないです。

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[一言] 番外編楽しみです
[一言] 待ってました!
[一言] 更新ありがとうございます。 ♪ヽ(´▽`)/ 更新チェックしてて良かったw
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