第四十一話『人生のどん底から』【椿視点】
※タイトルにもあります通り、今回も椿視点です。
ほんの少しの残業をして、帰宅したのは夜の八時半を回った頃だった。
疲れ切っていた俺は、着替えもせずにずっと敷きっぱなしの布団に倒れ込む。
少しの間、目を閉じて身体を休めていたのだが、唐突に鳴り響く腹の音。
「…そういや、飯食わなきゃな…」
のっそりと起き上がって財布を開く。
お札は一枚もなく、あるのは細かい小銭のみ。
「…給料日まであと五日…カップ麺で一日二食って考えれば、ぎりぎりいけるくらいか…?」
安いカップ麺ならばおそらく十二個くらいは買えるだけのお金はあった。
そうと決まれば近所のスーパーに…。
「って、うわ…マジかよ…九時過ぎてるからもうスーパー閉まってるじゃんか…」
時計を見ると時刻は夜の九時二十分だった。
布団に寝転がってないで、さっさと買いに行っとけよ…俺の馬鹿。
「…少し離れたところに二十四時間営業のスーパーがあったよな。そこに行くか…」
そう呟いて、俺は家を出る。
約二十分ちょっとの距離を歩いて、二十四時間営業のスーパーに到着した俺は、真っすぐにカップ麺のコーナーへと向かう。
なるべく安くて量の多いカップ麺を選び、頭の中で残金と購入金額を計算しながら吟味する。
家を出る前に計算していた通り、合計十二個のカップ麺が買える計算となった。
レジに向かうと、空いているレジは二つだった。
片方は、俺と同じくらい、もしくは少し年下であろう男性店員がいて、もう片方には小学生か中学生くらいにしか見えない背の高さの、綺麗な金髪の美少女店員が立っていた。
どうせなら、可愛い子の方に接客してもらいたいな。
そう思って、俺は金髪美少女のレジの方へと向かう。
「いらっしゃいませ~」
金髪美少女の元気の良い声が響く。
声も綺麗だな。肌もツヤツヤしてて楽しそうで…こういう人が人生の勝ち組なんだろうな。
若干の妬ましさも感じながら、俺はその美少女のカップ麺をレジに通していく作業を見守る。
よく見たらすっげぇ巨乳だな…身長は低いけど。何歳くらいなんだろうか?働いてるって事は高校生以上だとは思うけど、かなり若く見えるから、やっぱり高校生なのかな?
どう見ても小学生か中学生だけど…。
そんな事を考えていると、商品のスキャンが全部終わって、美少女店員が金額を読み上げる。
俺は財布を開いて若干の申し訳なさを感じながら、大量の小銭を受け皿へと置いていく。
確か、二十一枚以上の小銭での支払いって拒否できるんだったよな。…拒否されたらどうしよう…。
しかし、それは杞憂で金髪の美少女は丁寧に小銭を数えていた。
「はい!丁度お預かりいたします。こちら、レシー、ト…で…」
「…つ、椿…?」
「…ぇ?」
急に名前を呼ばれて呆気に取られてしまった。
「!! やっぱり、椿!椿だよな!あぁ、こんなにやつれて、かわいそうに…!」
な、なんだ?この子は俺の事知ってるのか?どこかで会った事あったかな…こんな美少女に会った事あるなら、忘れられないと思うんだけど…。
「あぁ…こんなにカップ麺ばかりで…栄養のあるもの、あまり食べてないんじゃないか?顔色だって良くないし」
「あ、あの…俺、あなたとどこかで会った事ありましたっけ…?」
もしもどこかで会っていた知り合いならごめん。
完全に忘れてしまってるから、ここは正直に聞くのが良いと思って、俺は目の前の美少女に質問をした。
「あ、いえ…その…え~っと…。わたしが一方的に知っているだけでして、わたしと椿さんが会った事は今まで一度もありません」
なんだそりゃ!?なんでこんな美少女が俺の事を一方的に知ってるんだよ!
心の中でツッコミを入れていたら、唐突に少女は俺の頬に手を伸ばしてきた。
「あ…ご、ごめんなさい…」
「いえ…じゃあ、俺はこれで…」
なんで触れられたのかはわからなかったけど、ここは早急に立ち去った方が良さそうだ。
そう思っていたのだが、呼び止められてしまう。
あと五分でバイトが終わるそうだけど、なんで俺がこの子を待たないといけないのだろうか?
でも、あんなに必死で呼び止めてくるのだから、何か話したい用でもあるのかな?
その用は、俺の想像の斜め上をいっていた。
何故か彼女は俺の家で料理を作りたいと言ってきたのだ。まるで意味がわからない。
少し遠回しに断ったのだけど、知ってる人のやつれてる姿を見て放ってはおけないと力押しされる。
そしてそのまま腕を引っ張られて俺は買い物に付き合う事になってしまった。
本当に俺の家に来る気なのだろうか?
畳みかけるような質問攻めに流されてしまい、俺は無駄に正直に答えてしまった。
その時に本当に俺の家に来る気なのかと聞いたら「当然です!」と力いっぱい答えられてしまい、思わず顔を顰めてしまった。
家への帰路、俺は彼女に質問をする事にした。
目的がわからない。…いや、俺に料理を振る舞うって事が目的と言っていたけど、どう考えても怪しすぎる。
もしかして、これは新手の詐欺か何かか?
俺の家に上がり込んで、何か盗んでいくとか、家に上げて少し経ったあとに強面の男が乗り込んでくるという美人局的な何かとか、宗教の勧誘とか…。
色々と考え込んでしまう。
彼女は「橘 リリー」と名乗った。
日本人とイギリス人のハーフらしい。
バスケ鑑賞が趣味だそうで、昔俺の試合を観に来た事もあったようで、そこで俺の事を知り、俺に憧れていたそうだ。
嘘は行ってなさそうだけど…何度か同じ質問をしてボロを出さないかどうか試してみるか。
結局、リリーは本当に俺の家まで押しかけてきた。
俺はもう考えるのが面倒になってとりあえず寝転がる事にした。
さっきまで空腹だったけど、それを通り越してしまって今はもうお腹はすいていない。
うたた寝をしていたところで体を揺り起こされる。
どうやら本当に料理を作ったようだ。
日本の朝食って感じのメニューがテーブルの上に並んでいる。
こういう作りたてのご飯って久しく食べていないな…。
せっかく作ってくれたのだから、ありがたくいただこう。
最初に味噌汁を口にする。…美味しかった。
インスタント味噌汁ですらもうずっと飲んでいなかった俺だ。その味噌汁の旨さに思わず感動を覚えてしまう。
もう一口だけ味噌汁を味わって、俺は厚焼き玉子に手をつける。
厚焼き玉子は懐かしい味がした。
てっきり甘いのだろうと思っていたのだが、味は俺がよく食べ慣れていたしょっぱい味がした。
母さんが作ってくれていた味にそっくりで、俺は思わず昔を思い出して涙を零してしまう。
(…なんで、俺は親に向かってあんな態度をとってしまっていたんだ…)
リリーが心配をしてくる。
俺は「大丈夫」と言って、その懐かしい味に思わず涙が出てしまった事を正直に話してしまった。
「こんなに温かな手料理を食べたのは何年ぶりだろうか…」
しばらく黙々と食べていたのだが、思わずそう呟いた。
本当に、こういう誰かの手料理を食べるのは何年ぶりだろうか…。
それからも俺はこの温かな手料理をじっくりと味わって食べた。
リリーはその間にお風呂を入れてくると言って立ち上がる。
…なんで、この子はそこまでしてくれるのだろうか?
料理を食べ終わり、風呂にも入って少しだけゆったりとした時間が流れていた時、リリーが俺の次の休みの日を聞いてくる。
なんでそんな事を話さないといけないのか?仕事の休みの日を聞いてどういうつもりなのだろうか?
俺はリリーを突き放すような態度をとる。
すると、リリーは泣きそうな表情をしながら俺に謝ってきて、帰り支度をする。
掃除もしてくれて、手料理だって作ってくれた相手に向かってして良い態度ではない事をすぐに思い直す。
…でも、こいつがもし、俺を何かに陥れようとする悪人だったなら…。そんな悪人には見えないけど、人は見かけで判断はできない。
だから警戒をしていたのだが、リリーが我慢できなかったのか涙を零すのを見て罪悪感が込み上げる。
玄関に向かおうとするリリーに俺は謝罪をして、料理を作ってくれたお礼を言っていなかった事を思い出してお礼を言う。
すると、リリーはその顔を破顔させて泣きだす。…女の子の涙には弱いな…。
お元気で、と言って立ち去ろうとするリリーに、俺は明後日が休みだという事を教える。
このまま泣かせたままの別れは流石に後味が悪い。
リリーはきょとんとした顔をした後に、来ても良いのかと聞いてくる。だから、俺は来るなら勝手に来いと素直じゃない反応で返してしまった。
それなのに、この子は嬉しそうに笑い、作り置きをしてくれているという料理が冷蔵庫にあるという事を教えてくれる。
「明後日は、朝に大学の講義がありますので、昼にお伺いしますね」
「…大学生だったのか」
どう見ても小中学生にしか見えなかったから、いってても高校生かと思ってた。
まさか大学生とはな…。まあ、高校生だったりしたら、俺は未成年を家に連れ込んだって事になってしまうから、大学生で良かったと思うべきか。
二日後、本当にリリーは来た。
しかも、掃除に使いそうな道具などを買ってから来た。
彼女の何がそうさせるのだろうか、不思議でたまらない。もしも、これが俺を信用させてあとから大金をせしめる詐欺の手段だとしても、なんというか遠回りなやり方にしか思えない。
リリーがダイニングキッチンの掃除を始め、俺はとりあえず邪魔にならないように部屋にいた。
一応、二日前にリリーがまとめていたゴミは、前日がゴミの日だったので捨てておいた。
ダイニングキッチンの掃除が終わり、今度はリリーが部屋へと移動してくる。
俺の家には基本的に捨てられたら困る物なんてないが、リリーはしっかりと捨てても大丈夫な物かどうかを丁寧に分別をしていた。
その時だった。
「……? これは、督促状…?」
リリーがゴミの中から以前に何度も借金を滞納した時に届いた督促状を見つける。
「椿、さん。…これ…借金、してるのですか?」
そんなに意外か…?俺が、借金をせずに、暮らしていけるとでも…?
「ぇ?いや…一体どれくらいの借金が…?いえ、そもそも、なんで借金なんか!」
「だってしょうがないだろ!!」
思わず声を荒らげてしまった。
「両親に勘当されて!バイトを始めたけど生活だって苦しくて!…俺だって、できる事なら借金なんてしたくもなかった!!」
「でも、そうでもしないと、家賃だって払えない!食べる事すらままならない!!他に方法がなかったんだ!!」
日々の生活の苦しさを俺はぶちまける。
そして声に出してから自覚する。なんで、俺は借金なんてしてしまったのか、と…。
そこからは、親友の墓の前でしか言わなかった泣き言を打ち明ける。
すると、リリーはそんな俺の頭を抱きしめてきて、頭を撫でてきて……慰めてくれた。
それからのリリーの行動は早かったし強引だった。
俺の借金の総額を聞くと、すぐに銀行へ行って自分の貯金を全額引き落とし、俺の借金を肩代わりした。
もちろん、最初はそんな事させたら悪いと思って断ったけど、強引に押し通された。
三社の消費者金融の借金を全額リリーが返済し、俺は借金を肩代わりしてくれたリリーにお礼を言ってから、必ずお金を返す事を約束する。
利子はつけないと言ってくれた事には、感謝しか出てこなかった。申し訳ないけど、そこは素直に甘えさせてもらおう。
それからは理髪店や紳士服の店などに俺は連れ回された。
「身なりをきちんとしないと、営業で良い成績なんて出せないですよ!」
それに関してはぐうの音も出ない。
自分でも、俺は自分の身なりが清潔だとは思っていない。
営業先で結構うさんくさい感じの目で見られる事はしょっちゅうだし、俺の姿を見るだけで断ってくる人も少なくない。
そんな俺の見た目を、リリーは変えてくれた。
あまりにも恐縮なものだったから謝罪をしたら、そういう時にはお礼を言ってほしいと言われてしまう。
確かに、謝られるよりも、お礼を言われる方がこういう時には嬉しいよな。
思えば営業でも営業先の人に謝ってばかりだったな…契約できた時にはお礼を言うか。
それから帰宅してからは、俺も掃除を手伝う事にした。
そもそも、自分の家なのだから、自分で掃除をするのが当たり前なのに、リリー任せにしていたなんて本当にどうかしている。
これからはきちんと掃除をしよう。
夕方頃、リリーが時計を見て焦っていた。
なんでも、お婆ちゃんと二人暮らしをしていて、お婆ちゃんの夕飯を作らなければいけないらしい。
凄いな、お婆ちゃんと二人暮らしで苦労をしているだろうに、こうして俺の面倒まで見ようとしてくれるなんて。
買い物に行った時に、リリーの事を人生の勝ち組だと思ったりした事もあったけど、改めてみるとそんな事はなかったかもな。…いや、勝手な判断はだめだな。
リリーは帰る直前に俺が仕事から帰ってくる時間を聞いてくる。
まだ押しかけてくるつもりなのか…。でもまあ、リリーに借りているお金だって返さないといけないし、正直に答えておいた。
次の日、リリーは懐かしい料理を作ってくれた。
俺の通っていた高校の食堂の看板メニューで、俺が一番好きだったチキン南蛮タルタルソース付だ。
味も、俺の覚えのある味で再現度は非常に高かった。
リリーも俺の隣で美味しそうに食べている。
同じ高校に通ったとはな…憧れって言ってたけど、憧れだけでそこまで行動されると、もはやストーカーじゃないか?
そう思ったけど、それは口には出さなかった。
その日、リリーが風呂掃除をしている最中に、トイレが使いたくなったけど、漂白剤の臭いがしたからリリーに使っても大丈夫かと許可を求めようと風呂場のドアを開けたら、ピンクの可愛い下着姿のリリーがそこにいて、俺は非常に驚いてしまった。
身長は低いけど、巨乳でスタイルも良いから、目に焼き付いてしまって離れなかった。
それからの俺の日々は、以前までの人生のどん底と打って変わって順風満帆だった。
会社では見た目が清潔に爽やかになった事を褒められ、営業成績も上げられるようになった。
青白い顔色も、栄養のある温かな手料理を毎日食べ続けたおかげで良くなり、前までの体調を崩しやすかったのは一体なんだったのだろうかというくらい、身体は健康的になった。
それもこれも、全てリリーのおかげであった。
たまに、ただの日常会話中に過去の事を質問され、俺はいつの間にか正直に答えてしまっていた。
これが、俺の過去を知り、詐欺の手口に使おうと思っているのだとしたら、ここまで俺が気付かないほど自然な流れで聞いてくるのなら、本当に凄い詐欺師だなと感心してしまう。
…でも、頭の隅でリリーの事を詐欺師であったり美人局をしようとしている人と疑ってかかるのは、本当に申し訳ない気分になっていた。
そもそも、俺を陥れようとするのであれば、俺の借金を肩代わりする必要なんてないのだ。
もしかしたら、それ以上の大金を俺からせしめる手段があるかもしれないけど、そうやって疑うよりも、信じた方がとても気楽だった。
「椿、お前最近ほんとよく頑張ってるな!」
会社の先輩に昼休憩をしている時に背中を叩かれて褒められる。
「これも皆が俺を大事にしてくれていたおかげですよ。俺、もっと頑張りますから!」
どうしようもないダメ人間だった俺を、見放すことなく大事に育てようとしてくれていた職場の人達は、俺のかけがえのない大切な仲間だ。
「ほんと、少し前のお前は死人のようだったからなぁ…でも、ここまで変わったとなったら…アレか?コレでもできたのか?」
そう言って、先輩は小指をたてていた。
「表現古いッスね…。彼女はできてないですよ。…それっぽいのが家に押しかけてくるようにはなりましたが」
「なんだそりゃ?」
でも、流石にリリーの事は打ち明けなかった。
先輩にそう言われた事もあり、俺は次第にリリーの事を意識するようになった。
はっきり言えば、リリーは俺の女性の好みではない。
巨乳という事以外は、全て俺の好みから外れているのだ。
でも、それはあくまでも俺の見た目に対する好みであって、内面を見るとリリーほど理想な女性は他にはいないだろう。
俺は、リリーの見た目ではなく、その性格に惚れていた。
勿論、リリーは見た目も非常に可愛い。身長の低さを除けば、ここまで完璧な女性はいないだろうって思えるほどにだ。
それ以上に、俺はリリーの性格が好きになっていたし、これからも一緒にいたいって思い始めていた。
それでも、俺がリリーに告白をしなかったのは、本当に万が一、リリーが美人局を企てているような輩なのではないかと疑う事が心の隅にあったからであった。
それから更に月日が流れ、俺はリリーの事が更に好きになったある日の事だった。
上司から褒められ、昇格・昇給する事が決まった。
その嬉しさに、俺は家で俺の帰りを待っていたリリーに今までのお礼を言う。
本当に、ここまでこれたのはリリーのおかげである。
そしてリリーは次の日にお祝いをしてくれた。
クリスマスシーズンでもあったから、まるでクリスマスパーティーで食べるようなご馳走メニューがテーブルに所狭しと並ぶ。
俺はリリーと一緒にシャンパンで乾杯をする。
前までの俺は、金もないのに酒に溺れる事は多かった。
でも、今はちょっと嗜む程度に飲むのが丁度良いって思っている。
だから、明日も仕事だし乾杯の一杯だけにする事にした。
「今日、お婆ちゃんが家にいないから、お風呂借りてっても良い?」
食後にリリーにそう言われた。
家で風呂を入れる手間と時間を省いて、ここで入れさせてもらった方が楽だとリリーは語る。
断る理由は何一つないので、俺はリリーに風呂を貸した。
風呂からあがったばかりのリリーからは、とても良い匂いがした。
俺と同じ石鹸やシャンプーを使ったはずなのに、どうしてこんなにも良い匂いがするのだろうか。
好きな異性が自分の家の風呂あがりというこのシチュエーション。それに俺はもう我慢ができなくなってしまった。
風呂あがりのリリーに話があると呼ぶと、リリーはとても可愛らしく俺の前にちょこんと座る。
…こうも警戒心がないのって、逆に不安になるよな。
でも、もう…騙されていても構わない。俺は、リリーが好きだ。リリーを愛したいんだ!
俺は意を決してリリーに告白をする。リリーは少し困惑した表情になっていた。
なんというか、珍しいとも思った。
それと同時に押し寄せる、振られたらどうしようかという不安。
リリーの沈黙に耐えきれなかった俺は、ズルい上に強引な手段に出た。
「リリー…嫌だったら、はっきりと拒絶してくれて良いから…」
リリーとのこれまでの付き合いでわかる。リリーは、これで断れる人間ではないという事を…。
俺は、リリーの顔を引き寄せて、その唇を強引に奪う。
もしも、この後に拒絶をされてしまったなら、それはしょうがない。諦めよう。
…でも、拒絶されなかったら…その時は…。
予想通り、リリーは拒否も拒絶もせず、俺を受け入れてくれた。
むしろ、協力的でもあった。
俺がどうしたいかを察した時にはそのように動いてくれるし、わからない時にはどうしたら良いかを聞いてくる。
全く慣れていない拙い動きで、リリーは俺を気持ち良くさせてくれようとしていた。
だからこそ、逆に興奮した。
俺は驚いた。リリーは処女だったという事実に。
痛みを我慢しながらも、リリーは俺に身を委ねてくる。
その時、俺は今までの自分のリリーへの疑いを恥じた。
ここまでしてくれて、初めてを捧げてくれたこの無垢で可憐な少女が、俺を騙そうなんて考えるわけがない。
俺は、今までリリーを疑ってしまっていたぶん、たっぷりとリリーを愛し、可愛がった。
晴れて俺とリリーは恋人同士になった。
次の日に、「今日から恋人で良いんだよな?」って確認した時に「違うよ」って言われた時には絶望してしまったけど、それは俺の勘違いとリリーの言葉選びが間違っていただけであり、リリーは「昨日から恋人」と訂正をしたかっただけだそうだ。
…本当に可愛いなぁ、俺の彼女は。
それから俺はとにかく何でも張り切った。
何でも頑張れる気分だったのだ。
そして、リリーも可愛い事に俺の為にと慣れない化粧やファッションに拘るようになったのだ。
本当に可愛い彼女だ。俺には勿体なさすぎるくらいである。
でも、決して離すもんか。
リリーが泊まりに来る事も増え、俺とリリーは恋人としての経験値を重ねる。
この熱は決して冷める事はないだろうけど、それ以上に熱く燃え上がらせたかった。
だから、俺はそれから僅か三ヶ月程で、リリーにプロポーズをした。
リリーへの借金だってまだ全然返せていないし、準備だって何もできていない。
でも、俺はリリーと結婚をして、これからもずっと一緒にいたかった。
だから、プロポーズした事に後悔はなかった。
リリーは「はい!喜んで!」と、目に涙を浮かべながら即答をしてくれた。
俺はそんなリリーに抱き付いた。
「絶対、絶対幸せにするからな!!」
必ず、俺が幸せにしてみせる!!俺は、心の中でそう誓った。
数日後、俺はリリーの祖母に呼び出される。
俺も、いつ挨拶に伺おうか迷っていたので渡りに舟だった。
自己紹介を交わし、リリーの祖母花蓮さんは俺の覚悟を試してきた。
後でリリーの家に行って驚く事になったけど、花蓮さんは俺に敢えて嘘をつき、俺の覚悟を試したのだ。
貧乏だから俺が苦労するだろうって嘘だったけど、例えそれが嘘じゃなくて本当に貧しい暮らしをしていたとしても、その分俺が頑張れば良いだけの話であり、リリーと夫婦になれるのであれば、どんな苦労だって厭わない覚悟であった。
まあ、花蓮さんは大金持ちだったけど…。
びっくりだよ、あんな豪邸に住んでいるとは。
それから俺は花蓮さんに気に入られ、すぐに一緒に暮らそうと切り出される。
俺としても、リリーと少しでも早く一緒に暮らせられるようになるなら、願ったり叶ったりであった。
リリーと花蓮さんとの同居を始め一ヶ月程が経ち、俺は親友の眠る場所へリリーを連れてきた。
今まで、泣き言しか報告できなかった親友に、俺は初めて嬉しい報告がする事ができた。
でも、それと同時に押し寄せる、親友への申し訳なさ。
「…お前を差し置いて、俺は、幸せになっても良いんだろうか…そう思ってしまう時があるんだよ…」
親友の墓に向かって俺がそう呟く…すると。
「なぁに言ってやがんだ。良いに決まってんだろうが!」
あまりにも突然だった。
リリーがまるで男のように、俺の親友のようにして喋り出したのだ。
「そりゃ、俺だって死にたかなかったさ。でも、死んでしまったもんはしょうがねぇし、それを親友であるお前にまで引きずられると、俺は死んでも死にきれねぇ」
その口調は、俺の知っている親友の、少し口の悪い喋り方そのもので。
「俺がどんだけいつもお前の事を心配して見ていたと思ってやがる?ほんと、ようやく立ち直りやがって…おせぇんだよ!!」
その仕草は、俺の知っている親友の、見慣れた動作そのものであった。
そしてリリーが俺の胸を軽く叩いてきて。
「ようやく幸せが掴めそうなら、絶対に離すな!俺の分まで幸せになれ!そうしねぇと、しょうちしねぇからな!!」
まるで…本当に、俺の親友が…リリーに乗り移ったかのように…。
思う事はあった、もしかすると、リリーは俺の親友の生まれ変わりか何かなのではないかと。
でも、そうすると年齢が合わない。
もしも生まれ変わりであるならば、現在リリーは早くても十二歳じゃないといけないのだ。
…まあ、見た目は十二歳くらいだけど。
だから俺は思ったのだ。
きっと、俺の親友がリリーを俺の元へと導いてくれたのだと。
俺は亡き親友を思い出し、感謝をし、涙を零す。
「そして、この娘を絶対に幸せにしろよ!不幸になんてさせんなよ?もし、不幸にさせたなら、化けて出てやるからな?」
本当に、俺の親友の仕草と口調そのものだった。
「じゃあな。幸せになれよ…」
そう言って、リリーは目を瞑ると、突然バランスを崩して後ろに転びかけた。
「うわっとっとっと…あはは、ごめん。ちょっと立ちくらみしちゃった」
本当に、俺の親友がリリーに乗り移ってたんだ…。
(ったく…何、俺の最愛の人に勝手に乗り移ってくれてんだよ!お前こそ、俺を励ましてくれるのがおせぇんだよ…ばぁか)
親友の口調を真似して、俺は悪態を吐く。
親友を失くしたばかりの頃であれば、絶対にこんな事は思えなかっただろう。
そして、リリーが大学を卒業してすぐに、俺とリリーは結婚式を挙げた。
式には、大勢の人がお祝いに駆けつけてくれた。
その中でも驚きだったのが、花蓮さんが俺の両親を連れてきてくれた事だった。
ずっと後悔していた。ずっと謝りたかった。
俺は両親に土下座で謝罪をする。
そして、お祝いに駆けつけてくれた事にお礼を言って喜んだ。
本当に、リリーも花蓮さんも…どうして俺なんかの為にここまでしてくれるのだろうか。
返しても返しきれない恩がまた一つ増えた。
でも、焦らなくて良い。ちょっとずつ、ちょっとずつその恩を返していこう。
だって、俺達はこれから家族になるのだから。
・次回更新予定:何とか明日中に。
・忙しい人の為の『転生はできなかったけど転性はしました』
柊 実(18)は、トラックに轢かれ瀕死の重傷を負い、目が覚めると橘 リリー(10)に転性を遂げていた。
転性した原因は、リリーの祖母花蓮の手によっての脳移植であり、実はこの日からリリーとして生きる事になる。
二年の間リハビリを続け、日常生活ができるようになったリリーは、花蓮の家に住む事になり近くの中学校に通う事になる。
天使と呼ばれたり、大勢の男子から告白をされたりと、慌ただしい毎日を繰り返して中学を卒業、男の時に通っていた高校に通い始める。
高校でも中学と同じように過ごし、少しだけ女の子らしく成長をする。
そして高校を卒業し、大学に通い始めてかつての親友、椿と再会を果たす。
今にも死にそうな椿への罪滅ぼしとして、得意の料理を振る舞ったり世話をしたリリーは、ある日椿から告白をされ、恋人となり、そしてプロポーズをされて結婚をするのであった。
次回、転生はできなかったけど転性はしました 最終話『ありがとう』
椿がリリーを墓に連れていく時の「リリーと花蓮さんとの同居を始め二ヶ月程が経ち」の『二ヶ月』は誤りで『一ヶ月』に修正しました。




