第三十八話『心残り』
「リリーと結婚するにあたって、報告したい人がいるんだ」
六月のある日、そう言った椿に連れられてやってきたのは墓地だった。
最初は誰に報告をしたいのだろうか?と思っていたのだけど、墓地についた時からわたしは椿が誰に報告したいかは察していた。
この日は、わたしの命日だし、ほぼ間違いはないだろうかとは思っていたけど、完全に確信を持てるのは墓を見てからだ。
「よぅ、久しぶりだな…」
椿が一つの墓石の前で、友人に挨拶するかのようにして呟いた。
その墓に刻まれている名前は、やはりわたしの想像通りの名前が刻まれていた。
(…前の、わたしの名前…)
リリーに転性する前の、男の時の名前が墓に刻まれている。
どこかにわたしの…『俺』の墓はあるんだろうなぁって思ってはいたんだけど、ここだったんだなぁ。
父方の実家の墓って可能性も考えてたんだけど、新しくこっちに作ったのか…。お墓って結構高いはずなのに…ありがとうございます。
わたしと椿は墓石を洗い、線香を手向け黙祷をする。
以前にも、自分がトラックに轢かれた場所で手を合わせた事あるけど、なんだか不思議だよね。自分自身に黙祷するのって。
「…さて、と…」
黙祷を終えたあと、椿が立ち上がってわたしの姿が墓から見えるようにして半歩避ける。
「紹介するよ。恋人のリリーだ。…俺達、結婚するんだ。今日はその報告に来た」
椿は少しだけ照れくさそうに頬を人差し指でぽりぽりと搔きながら話す。
「毎年、お前には泣き言ばっかり聞かせてしまっていたからな。ようやく、明るい報告ができるようになった事が本当に嬉しいよ」
毎年…来てくれていたんだね…。
「お前が死んでから、俺は人生のどん底に落ちた気分だったよ…。いや、お前が悪いわけじゃないからな。その後の俺が悪すぎたんだ」
「………………」
「でも、ようやく…リリーのおかげでようやく幸せが掴めそうなんだ。…でもさ…」
そこで椿が一度口を閉じて黙ってしまう。どうしたのだろうか?
「…お前を差し置いて、俺は、幸せになっても良いんだろうか…そう思ってしまう時があるんだよ…」
椿は辛そうに…本当に辛そうに呟いた。
だからわたしは…『俺』は…。
「なぁに言ってやがんだ。良いに決まってんだろうが!」
椿が驚いた表情でこっちを見てくる。
そりゃ驚くだろう。突然リリーが男口調で喋りはじめるのだから。
「そりゃ、俺だって死にたかなかったさ。でも、死んでしまったもんはしょうがねぇし、それを親友であるお前にまで引きずられると、俺は死んでも死にきれねぇ」
「俺がどんだけいつもお前の事を心配して見ていたと思ってやがる?ほんと、ようやく立ち直りやがって…おせぇんだよ!!」
そう言いながら椿の胸を軽く叩く、そして呆れたような表情で椿を見ながら、『俺』は言葉を続ける。
「ようやく幸せが掴めそうなら、絶対に離すな!俺の分まで幸せになれ!そうしねぇと、しょうちしねぇからな!!」
椿がぽろぽろと涙を零す。
「そして、この娘を絶対に幸せにしろよ!不幸になんてさせんなよ?もし、不幸にさせたなら、化けて出てやるからな?」
親指で自分を差した後、椿を指差して発破をかける。
「じゃあな。幸せになれよ…」
最後にそう呟いて、一度目を瞑る。
そしてわざとよろめくように後ろに倒れ込もうとして…。
「うわっとっとっと…あはは、ごめん。ちょっと立ちくらみしちゃった」
そうやって演技をして誤魔化した。
まるで、『俺』がリリーに乗り移ったかのようにして。
「…椿?どうしたの?急に涙なんて流しちゃって?」
本当は少し前から椿が涙を流しているのは見ていたけど、乗り移られている間の意識はないように演技しておかないといけないもんね。
だから、意識が戻ったあとのわたしにとっては、椿が急に涙を流したようにしか見えない状態にした。
「なんでもないよ。…ちょっと、親友の声が聞こえたような気がして、それで涙が出てしまっただけさ」
椿は涙を拭きながら笑う。
「リリー…俺、絶対お前を幸せにするからな。俺の親友に誓う」
「…うん。絶対に、幸せにしてください」
わたしと椿は、『俺』の墓の前で抱き合い、誓いを交わす。
それから後片付けをして帰ろうと歩いている時だった。
前から歩いてくる人達がいる。
(…!! お父さん、お母さん…)
転性前のわたしの両親が、前から歩いてきていたのだった。
その傍らには、見たこともない女の子が一緒に歩いているけど、あれは誰なのだろうか?
「おじさん、おばさん、こんにちわ」
椿がわたしの両親に挨拶をして、そのあとにその後ろの女の子にも挨拶をした。
「やあ、椿くん。毎年ありがとうね。うちの息子の墓参りをしてくれて」
お父さんは笑顔で椿にお礼を言っている。
わたしが、リリーとして目覚めて少し経ったあとに様子を見に行った時にはあんなにもやつれてこの世の終わりのような表情をしていたのに…立ち直ってくれたんだ…良かった。
心残りがまた一つ消えた。
「いえ、俺が好きでやってる事なので」
椿は照れくさそうに笑いながら、お父さんに返事を返す。
さっきの台詞からして、毎年わたしの命日に会っていたのだろうか?
「ところでそちらのお嬢さんは?」
お父さんがわたしの方を見る。
わたしはその懐かしい顔に少し涙が出そうになるのを我慢しながら、椿が紹介しやすいように少しだけ前に出た。
「俺の恋人のリリー。今度、リリーと結婚する事になったから、あいつにも報告しようと思って連れてきました」
「おぉ!椿くん結婚するのか!おめでとう!」
「ありがとうございます」
お父さんに続いて、お母さんも女の子も椿にお祝いの言葉を贈っていた。
「…本当に良かった…。椿くんは私達の息子が死んでから、ずっと落ち込んでいて見ていられなかったからね…心配していたんだけど、ようやく立ち直る事ができたんだな」
「ご心配をおかけしてしまい、すいませんでした」
でも、これからは違う。
お父さんとお母さんはとっくに立ち直っているし、椿だって立ち直った。
これからは笑顔で談笑ができるだろう。
その証拠に、わたし達は少しの間その場に立ち止まって談笑をしていた。
その顔には演技でもなんでもない笑顔が宿っていた。
「それじゃ、私達はこれから息子の墓参りをしてくるよ。結婚式には是非、呼んでくれよな」
「はい!招待しますので、絶対に来てください!」
椿ではなく、わたしが力いっぱい返事をした。
やった!お父さんとお母さんに晴れ姿を見せてあげる事ができる!!
本当だったら、新郎としての晴れ姿を見せてあげたかったけど、それはもう二度と叶わない。
でも、代わりに新婦としての晴れ姿を…見せて…。
そこでわたしは大粒の涙を流してしまった。
感極まってしまい、涙腺が崩壊してしまった。
お父さんとお母さんの傍にいた女の子がわたしの頭を撫でてくる。
この子は、お父さんとお母さんが立ち直ったあとに迎え入れた養女だそうだ。
わたしの代わりに、今度こそ子供を幸せに育てあげてみせると引き取った子供だそうである。
引き取った時は五歳であったそうだけど、それからもうおよそ十年が経過しているので今は十五歳の少女になっている。
そしてわたしよりも身長が高い為、わたしの方が年下に見えてしまうという…。
しかも、今わたしは泣いていて、頭を撫でられて慰められているため、傍から見れば完全にわたしの方が年下にしか見えないだろうなぁ…。
「ごめんね。ありがとう。ちょっとお父さんとお母さんの事を思い出しちゃって」
まあ、思い出してるのは、目の前のお父さんとお母さんの事だけど、それを聞いてる椿から見れば、わたしが五歳の時に交通事故で死んでしまった両親の事を思い出して泣いたようにしか見えなかっただろうなぁ。
今日この日、わたしの心残りにしていた事はもうほとんどなくなった。
本来だったら確認する事もできないし、消す事もできないはずの心残りだけど、リリーに転性した事によって、その心残りを解消する事ができた。
心残りは完全には解消はできないだろうけど、一番懸念していた心残りを消す事ができたのは、とても嬉しい事である。
そして、椿がわたしの両親と今も交流をもっていてくれた事に、わたしは深い感謝を捧げていた。
・次回更新予定:明日。
・裏設定
養子の女の子の名前:柊 咲夜
ついでに両親の名前:父・柊 冬馬
母・柊 明美
・嘘次回予告
いよいよ結婚する事になったリリーと椿。
そんな二人を祝う為、かつてのクラスメイト達がリリーに歌を贈る事に。
しかし、長年リリーの天使の歌声を聴いていたクラスメイト達の歌も、とてつもなく音痴となっていた。
次回、天使にレクイエムを 第三十九話『イルーム音楽』




