第三十七話『花蓮の嘘と椿の覚悟』
「さて、まずはおぬしにリリーの事を少し話さねばならぬかのぅ」
そう切り出したお婆ちゃんに、わたしはギョッとする。
もしかして、わたしが元は男で椿の親友だった事をバラすのではないかと思ったのだ。
でも、さすがにそれはないよねって思いながら、お婆ちゃんの行動を見守る。
「リリーの事、ですか…?」
椿もきょとんとしていた。
一体、わたしの何を話すのだろうかといった表情である。
「まあ、すぐに終わる話じゃ。リリーは幼い頃に両親を事故で亡くしておる。リリーの身内はワシだけじゃという事じゃ」
そっちの話だったか。びっくりしたよ。
わたしも、本物のリリーの話はある程度は聞いてるのでこれは驚くような話ではない。
でも、なんでその話を今するのだろうか?
「ワシも、残った家族はリリーだけじゃ。それも可愛い可愛い孫娘のな」
「………」
椿は黙って聞いている。
わたしも何も言わずに様子を見ていてほしいと言われているので口は挟まない。
「リリーと結婚をしたいそうじゃな?」
「はい!」
「じゃが、ワシは年金とリリーのバイトで細々と貧しい暮らしをしておる。それも、リリーが節約をしてやりくりをしてくれているおかげで何とか暮らしていけている状態じゃ」
ん?なんでそんな嘘をつくんだろう?
お婆ちゃんはお金持ちだ。毎月数千万の収入があるし、以前に「お金は使ってなんぼ」とか言ってレンタカーで良いはずのところを新車をぽんと買うくらいのお金持ちだ。
貧しい暮らしをしていると嘘をつく必要は全くない。
まあ、まだ様子を見てみるか。
「そんな中、最愛の孫のリリーを連れていかれたら、他に頼れる人のおらぬワシは暮らしていけぬし、ワシとしても最愛の孫娘のリリーと離れたくない。…言っている意味はわかるな?」
「…はい」
「それでもリリーと結婚したいというのであれば、おぬしはリリーの婿となってワシらと共に暮らしてもらいたいと思う。当然、ワシの世話もしなければならぬから、おぬしの負担はかなり増えるじゃろう」
色々とツッコミたいけど、まだ話は終わってないので我慢だ。
「おぬしにその覚悟はあるか?リリーを絶対に幸せにし、同時にワシも一緒に世話をするだけの覚悟が?」
「………」
椿は胸に手を当ててスーッと深呼吸をして、ゆっくりと息を吐き出す。
「まず、リリーさんは必ずぼくが幸せにしてみせます!当然、辛い事だってあるでしょうし、もしかすると喧嘩だってしてしまう事もあるでしょう…。ですが、最後には必ずぼくと結婚をして良かったと言ってもらえるような、そんな幸せな未来にすると、約束をします」
「ふむ、まあ口で言うのは簡単じゃな」
まあ、未来の約束って必ず守れるとは限らないもんね。
人生何が起きるかはわからない。
でも…それでも、椿がこれだけはっきりとわたしを幸せにしてみせると、宣言をしてくれたのは嬉しかった。
「婿に入る件に関しても問題はありません。…ぼくは両親に勘当されてしまってる身ですし」
そう言って、椿は後頭部をかきながら苦笑した。
「それと、ぼくも、リリーさんと結婚をする前に、花蓮さんに話をしようと思っていた事がありました」
「…なんじゃ?」
「ぼくらと一緒に暮らしませんか?と、言おうと思っていたのです。リリーさんがお婆様と二人で暮らしているっていうのは前から知っていましたので、離れ離れになるのは辛いかと思いまして」
これにはお婆ちゃんも驚いていた。
おそらくは椿の覚悟を色々と試そうと嘘を言っていたのだろうけど、椿の方は元々一緒に暮らそうかと考えていたのだから。
「なるほど。おぬしには全て覚悟が決まっておったというわけじゃな」
「はい。…まあ、今ぼくが住んでいるアパートは狭いしボロボロなので、仕事を頑張ってもう少し広くて良いアパートかマンションに引っ越さないといけないですけどね」
椿はもう一度だけ苦笑をする。
「…わかった。リリーとの結婚を認めるとしよう」
「…!! ありがとうございます!」
椿は勢いよく頭を下げて、テーブルに頭をぶつけてしまう。
ゴンッという鈍い音と椿の「いってぇ!!」と言う叫びが店内に響き、従業員が何事かと焦って様子を見に来た。
すぐにわたしが、大丈夫だという事を伝えると、従業員が何度も振り向きながら去っていく。
その後、お婆ちゃんは席を立ち、椿に「ワシらの家へと案内しよう」と切り出して店を出る。
ごめんなさい。お婆ちゃんが飲んでたコーヒー一杯で居座っちゃって。
「着いたぞ。ここがワシとリリーが住んでいる家じゃ」
「…は?…え?」
豪邸を前にして、椿が訳が分からないといった表情をしていた。
まあ、そうだよね。ついさっき、お婆ちゃんは椿に対して貧しい生活をしているって言ってたもんね。
立派な表札にも『橘』と書かれているが、それでも椿は混乱していた。
「さっき、ワシらは貧しい生活をしていると言ったな。あれは嘘じゃ」
何そのどっかのコマンドーが言ってそうな台詞。
「すまんな。おぬしの覚悟を試させてもらった」
あ、ダメだ。椿はまだ混乱している。
「リリーって…お金持ちだったの…?」
「お金持ちなのはお婆ちゃんであって、わたしは普通だよ」
でもまあ、そんな家に住んでるのだから椿にしてみたらわたしもお金持ちか。
それからはわたしとお婆ちゃんは椿を家の中へと招き入れる。
椿はものすごく恐縮していたけど、覚悟を見せたおかげもあってかお婆ちゃんに気に入られていた。
リビングで紅茶を飲みつつ談笑をし、あとでわたしの部屋へと案内をする。
椿はわたしの天蓋付きベッドに驚いていた。驚くよね、わたしも初めは驚いたくらいだし。
夕食にもそのまま招き、お婆ちゃんと椿は、本人を目の前にしてリリーのどこが可愛いかを言い合って意気投合していた。
お婆ちゃんは主にわたしの容姿を可愛いと言っていて、椿は容姿も可愛いけど、それ以上に中身が可愛すぎると言って熱くなっていた。
やめて!せめてわたしのいないところでやって!!
「おぬし、ますます気に入ったぞ。来年といわず、明日からでもウチに住むと良い!善は急げというしな!!」
どうせ来年には一緒に住む事になるのだし、遅かれ早かれというやつである。
わたし達はしっかりと話し合って、明日すぐにというわけにはいかなかったけど、椿の引っ越しの準備と退居の手続きなどをしっかりと終えてから、同居する事を決定した。
わたしとしても、椿と一緒に住む事ができるようになるのは嬉しいから、それが早まるのは大歓迎だった。
空き部屋はあるけれど、わたしと椿は一緒の部屋で過ごすことにした。
これから夫婦になるんだ。家庭内で部屋を分ける必要はないと思う。
でも、少しだけ手狭な空き部屋を椿のプライベート空間として用意した。
元男であったわたしにはわかる。
男には時として一人で誰にも邪魔されずに過ごしたい時があるということを。
自分の世界があるということを。
例えるなら…そう、空を駆ける一筋の流れ星のような…これは違うか。
鍵付きの部屋なので、思う存分わたしに見られたくない物(主に十八禁な本とか)をこの部屋に隠すと良いよって言うと、流石に椿も焦っていた。
まあ、まだ結婚もしてないのに、隠し事とかしたくはないか。反省反省。
五月に入り、アパートの解約も終えて椿は完全に橘家で暮らす事になった。
とりあえず、椿の家にあった物で処分しなかった物は全部椿のプライベート空間に押し込めてある。
これから少しずつ必要な物だけわたしの部屋へと移していくのだ。
まあ、ほとんど移動させる事はなかったけど。
それと、今までわたしが寝るのに使っていた天蓋付きベッドは処分してダブルベッドを購入した。
椿も流石に天蓋付きベッドで寝るのはちょっと嫌だろうしね。
わたしも、もう二十歳を越えてるのだから、天蓋付きベッドで寝ているのは恥ずかしい。
それに、やっぱり夫婦といえばダブルベッドだ。
これからは思う存分、椿の温もりを味わいながら眠りにつくとしよう。
早く大学を卒業して、椿と完全に家族になりたいなぁ…。
あとおよそ一年、頑張ろうっと。
・次回更新予定:今日か明日。
・嘘次回予告
リリーには誰にも話していない秘密があった。
それは、リリーの部屋にある熊のぬいぐるみと会話ができるという秘密。
しかし、それはリリーの生み出したイマジナリーフレンドである。
大人になったリリーは、やがてその熊のぬいぐるみと会話ができなくなっていき…。
次回、家族がふえるよ!! 第三十八話『やったねリリーちゃん!』
※蓮コラみたいに検索してはいけないワード上位に食い込んでいると思うので、元ネタを知らない人は、知らないままでいた方が幸せです。(本当に)




