第三十六話『プロポーズ』
大学四年生になった。
女である事を自覚したわたしは、メイクやファッションにも拘るようになり、自分で言ってなんだけど、ますます可愛くなった。
ただ可愛いだけじゃない。綺麗さを兼ね備えた可愛さなのだ。
身長の低さを誤魔化す為に、少し高めのヒールを穿く。
最初は慣れなかったけど、今はだいぶ慣れてきた。
でも、やっぱり運動靴が一番だとは思ってたりもする。
その努力のおかげもあってか、今のわたしは学内ですれ違った男が全員振り向くような美貌をしていた。
椿以外の男には見せる必要なんてないんだけど、周囲の反応も見ておかないと自分では良いと思っていても男にとっては微妙って事もあるもんね。
一応、前はわたしも『男』だったのだから、気持ちはある程度はわかるんだけど、それはあくまでも思春期の男子高校生までの気持ちであり、今はその気持ちも薄らいでいってしまっている。
でも、後悔などはしていない。
そりゃ、もしもあの時事故に遭わずにいて男のまま過ごせていたら、別の幸せだって掴めていたかもしれない。
ただ、その場合だと、わたしは椿と付き合う事など絶対になかっただろう。
男同士だもんね。
そういう趣味がない限りは付き合う事ってないもんね。
あと、椿には悪いけど、椿が借金で苦しむ生活をしてくれていて、本当に良かったと思う。
もしも、椿が何の不自由もなく生活をしていたら、わたしは椿を見かけても「元気で良かった」と思う程度で話しかけもせずに、それからは一生すれ違う事もなく過ごしていたはずだ。
だから、出会うきっかけとなった、話しかけるきっかけとなった椿の状況に感謝をしている。
今もわたしは椿と変わらぬ関係を送っている。
前とちょっと違うのは、椿の家に行く予定がなくてもちょくちょく会いに行く頻度が増えたくらいである。
それでも大体はご飯を作りに行くのがメインだけどね。
あと、お婆ちゃんが泊まりで家にいない時なんかは、わたしが椿のところに泊まる事も増えてきた。
お婆ちゃんがいないなら、家に帰ってもしょうがないもんね。
それだったら、好きな人と一緒にいたいって思うし。
それと椿からこんな話を聞いた。
椿は始め、わたしの事を疑っていたらしい。
何に対しての疑いなのかと聞いてみると、詐欺師なのではないかとの事だった。
まあ、知り合いでもない人が突然ぐいぐいと来たらそりゃ詐欺とかそういうの疑うよね。
でも、わたしと一緒に過ごすにつれてその疑いは少しずつ晴れていき、ほとんど疑う事はなくなった時に、逆にわたしの事を好きになったのだと。
まあ、詐欺を行おうとする人間が借金を肩代わりしたり、世話とかをしようとはあんまり思わないだろうしね。
それでも、心のどこかではやっぱりまだちょっぴり疑っていた。
美人局とかを特に疑っていたみたいで、好きになってからもずっとわたしに手を出せずにいたみたいだった。
もしもわたしに手を出して、変な輩が家に乗り込んできたら…そう思うと怖かったらしい。
その疑惑が完全に晴れたのは、わたしと椿が初めて体を重ねた日である。
よもや処女だった人が美人局なんてするわけがないと、椿はわたしへの疑惑を完全になくしたそうだった。
ちょっと酷いよね。それって、わたしが純潔じゃなかったら今もまだ実は疑ってたって事だもんね。
わたしが頬を膨らませて怒ると、椿は土下座で謝ってきた。
本気で怒っていたわけではないわたしは、すぐに椿を許してその分愛してほしいとお願いをしたくらいである。
でも、なんで美人局かもしれないってちょっぴり疑ってたのに、わたしに手を出したのかだけは聞いてみた。
答えとしては「騙されたとしても、もうリリーが好きだという気持ちを抑えきれなくなった」からだそうで、それを真剣な表情で言われたものだから、わたしは顔を真っ赤にしてしまったくらいである。
それからはそれまでの分を取り戻すかのようにして、わたしと椿は思う存分イチャついた。
例年なら、クリスマスなんかは中学や高校の友達と遊びに行っていたのだけど、今回のクリスマスは、椿と一緒にデートをして楽しんだりなんかした。
クリスマスに恋人とデートって、初めてだったから嬉しかった。
そして現在に至る。
大学の春期休暇が終わったばかりの頃だった。
「リリー、大事な話がある」
椿が非常に真剣な表情でわたしの顔を見る。
なんだろうと思い、わたしは真っ直ぐに椿の目を見た。
「俺はまだ、リリーにお金を返し終わってないし、しっかりとした準備もできていない」
「でも、リリーが好きだという気持ちは抑えきれないし、これからもずっと一緒にいたいって思っている」
うん、わたしも同じ気持ちだよ。
「この逸る気持ちは抑えきれない。リリー、大学を卒業したら、俺と、結婚をしてくれないか」
あまりの驚きに口元を隠してしまった。
椿が、わたしにプロポーズをしてきた。
「はい!喜んで!!」
どうしよう、返事はなんて返そうか……あれ?わたし、今なんて言った?
頭でなんて返事を返そうかと考えていたのとは裏腹に、わたしの口はすでに椿のプロポーズを受ける言葉を出していた。
無意識って怖いね。
椿が感極まってわたしに抱き付いてくる。
「絶対、絶対幸せにするからな!!」
わたしは涙を流しながら、椿を抱き返した。
「リリーは、卒業したらどうするの?」
大学内での友達がわたしに質問をしてくる。
「わたし?わたしはもう就職先決まってるから」
「うそっ!?どこ!?」
わたしの答えに、友達は驚いていた。
今までわたしが就職活動をするところは友達は見ていない。
だからこその驚きだろう。
「…椿のお嫁さんっていう、永久就職先…」
照れながら答える。
「え?それ、本当なの?」
「本当だよ。卒業したら結婚しようって」
「おめでとう!!幸せになってね!リリー!」
「ありがとう」
そういえば、まだお婆ちゃんには報告してないなぁ。
結婚するって報告もだけど、実はお婆ちゃんにはわたしがお付き合いをさせてもらってる人がいるって事すら報告していない。
あれだけ家でも「彼氏は作らない、結婚もしない」って言ってたから、なんとなく言いそびれてしまっていたのだ。
でも、結婚をする事になるのだから、報告はしないとな。
その日の夕方の夕食中、わたしはお婆ちゃんに現在付き合ってる人がいる事と、卒業をしたらその人と結婚をする事を打ち明けた。
「………」
お婆ちゃんはわたしの報告を聞き、何かを考えるようにして無言になっていた。
「あの…?お婆ちゃん…?」
怒られちゃうかな…?それとも、反対されちゃうのかな…?
ちょっと怖くなってきた。
「最近、色々とリリーが女らしくなったと思ったら、そういう事じゃったか…」
お婆ちゃんはお茶を飲んで一息つく。
「おめでとう、リリー。まさかリリーが結婚する事になるとは思ってもなかったわい」
「あ、ありがとう。怒ったり反対したりはしないの…?」
「可愛い孫娘が決めた事じゃ。怒ったりも反対したりもするものか!」
まあ、花蓮お婆ちゃんならそう言うよね。
「でも、そうじゃの。条件は付けさせてもらおうか」
「…条件?」
わたしが何かをするのに、お婆ちゃんが条件を持ちかけてくるのは初めてだ。
それだけにちょっと恐ろしく感じてしまう。
「大丈夫。簡単な事じゃよ」
そう言って、お婆ちゃんは優しく微笑み、わたしにその条件を伝える。
数日後、わたしは椿と共に家の近くのファミレスへと向かった。
そのファミレスでお婆ちゃんが待っている。
お婆ちゃんの言った条件は、難しいものではなかった。
ただ、椿に会ってみたいというものである。
椿もわたしのお婆ちゃんにいつ挨拶に伺おうかと悩んでいたタイミングだったので、その申し出にすぐに頷いた。
わたしは椿に、自分の家の事はお婆ちゃんと二人暮らしをしている、という事以外は何も話していなかった。
結婚をする事になるのだから、家の事とかで話していなかった事を話そうかと思っていたのだけど、お婆ちゃんが家の事は一切話さずに連れてこいと言ってきた。
一体どうする気なのだろうか?
「あ、お婆ちゃん」
テーブル席に座って、お婆ちゃんはコーヒーを飲みながらわたし達を待っていた。
「来たか…」
お婆ちゃんの眼光が鋭くなる。
まるで、品定めをするかのような目付きで、椿を見ていた。
椿に緊張が走る。
当然か、これから挨拶をするのは、結婚相手となるわたしの保護者なのだから。
「ご、ごごご、ご挨拶がおおおお遅くなななって、ししまい…」
「落ち着かんか」
椿のあまりの緊張具合に流石にお婆ちゃんも苦笑をしていた。
椿は深呼吸をして、改めて挨拶をする。
「ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。リリーさんとお付き合いさせていただいてます、黒川 椿です」
「リリーの祖母の橘 花蓮じゃ」
椿が深々とお辞儀をする。
わたしは二人のやり取りをジッと眺めていた。
お婆ちゃんの条件の中に、椿と会って話をする際に、わたしは何も言わずに様子を見ていてほしいというのがあった。
おそらく、これから椿を本当に見定めるのだろう。頑張って、椿!
・次回更新予定:明日。
・嘘次回予告
リリーと結婚をしたいという椿に、花蓮は条件を出した。
その条件とは。
・仏の御石の鉢
・蓬莱の玉の枝
・火鼠の皮衣
・龍の首の玉
・燕の子安貝
それらの内の一つでも良いから見つけて持って来いという条件だった。
リリーと椿は同時にツッコミを入れる。
「「それって、結婚させる気ないよね!?」」
次回、かぐやリリー 第三十七話『月に帰るんだな。お前にも家族がいるだろう』




