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転生はできなかったけど転性はしました  作者: 紅葵
第四章『大学/再会編』
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第三十話『借金』

「椿さんの次のお休みはいつですか?」

 椿が風呂から上がって、布団の上でリラックスをしている時に俺はそう質問をした。

 そしてすぐに「仕事してる前提で聞いたけど、仕事してなかったらどうしよう…」と、考えてしまった。


「そんな事を聞いてどうする気だ?」

「いえ…流石に夜や深夜だと掃除するにも限界があるので、できれば昼間に大掃除をしたいなぁって思いまして」

 俺は正直に答えたけど、椿は俺の事を信用していないから、答えるのを渋っていた。


「…もういいよ。俺の事は放っておいてくれ」

「そ、そんなわけには…」

「君は俺の一体なんだ?君にとっては昔の憧れの人なのかもしれないが、俺にとっては全く見知らぬ赤の他人だ!これ以上は俺に関わらないでくれ!」


 うぐ…拒絶されてしまった…。


「わかりました…勝手に押しかけてしまってごめんなさい…」

 やばい、泣きそうになってきた。


 俺は帰る準備をする。

 自宅用に買っていた食材の袋を集め、忘れ物がないかを確認する。

 この間に、俺の頭の中では椿の「俺に関わらないでくれ」という言葉がリフレインしていた。


「…ぐす…」

 我慢していたのだが、涙が出てしまった。

 いけない。我慢だ、我慢…。


「…………」

「…それでは、ご迷惑をおかけしました…お体に、気を付けてください…」

 袋を持ち上げて玄関に向かおうとする。


「…さっきは言い過ぎた。すまない…。料理、ありがとうな。うまかった」

 その言葉を聞いた瞬間、せっかく堪えたにも関わらず、俺の涙腺は崩壊してしまった。


「ひぐっ…ぐす…」

 振り返って椿の顔を見る。

 その表情は、本当に申し訳なさそうな表情をしていた。


「…それ、では…ぐすっ…おげん、き、で…」

 そう言って立ち去ろうとしていた俺に、声がかかる。

「明後日だ」

「え…?」


「俺の、次の休みは明後日だ」

 なんで、仕事の休みの日を教えてくれたのか、一瞬理解できなかった。

 少しの間呆けていたが、すぐに理解をする。


「…来ても、よろしいのですか?」

「…来るなら勝手に来い」


 なんというツンデレ。全く、素直じゃないな、椿は。

 俺は涙を拭いてできる限りの笑顔を見せようとした。

 でも、椿は別の方向を向いていた。


「冷蔵庫に、味噌を丸めた物がありますので、乾燥わかめを乗せて熱湯をかけてください。簡易的な味噌汁ができます」

「………」

「冷凍庫に、ご飯を一膳分に分けたラップで包んだ物がありますので、レンジでチンをしてください。おかずは、冷蔵庫にあるので、好きな物を」


 椿はまだ別の方向を向いたままだったが、無言で聞いてくれていた。


「明後日は、朝に大学の講義がありますので、昼にお伺いしますね」

「…大学生だったのか」

 そこでまさかの反応があった。


「それでは、また明後日」

「…あぁ」


 そうして俺は玄関を開け、外に出た後にそっと戸を閉める。

 良かった…。一時は拒絶されたけど、また来る事ができる…。



 それから俺が自宅に帰り着いた時には、すでに深夜の二時をまわっていた。

 いつも早寝早起きしていたから、大晦日以外でこんな時間まで起きていて、外を出歩いたなんて初めての経験だったからちょっとだけドキドキした。

 リリーは可愛いから変質者に注意しなきゃね。


 お風呂や寝る前のストレッチなどの日課をこなして、寝る頃には三時を過ぎていたけど、起きる時間はいつも通りだった。

 でも、ちょっとだけ眠い。


 椿はきちんと起きて、朝ごはんを食べて仕事に向かっただろうか…。

 体調は大丈夫だろうか…。


 椿の事が心配になりすぎて、この日の講義は全く頭に入ってこなかった。

 反省しなきゃな…。



 そして更に翌日になり、俺は一限目の講義が終わるとともにダッシュで駐輪場へと向かう。

「リリー?そんなに急いでどこ行くのよ?」

 一緒に講義を受けていた学内での数少ない友達に呼び止められる。

「昔の知り合いと約束があるの!」

「そっかぁ…どこか遊びに行かないかと誘おうと思ったんだけどなぁ」

「ごめんね!また今度埋め合わせするよ!」

 友達に謝罪して、俺は自転車に跨り、周囲の安全を確認しつつなるべく早く自転車をこぎ始めた。


 途中、家の近くのディスカウントストアに寄ってゴミ袋や洗剤、雑巾などの掃除用具を購入してから椿の家へと向かう。

 家の近くにやっぱこういう店があると便利だな。


 それから自転車を飛ばして十分程で椿の家へと到着した。



 インターホンが壊れてるのか、ボタンを押しても何も音がしない。

 俺は玄関のドアをそっとノックする。


「こんにちは。リリーです」


 扉がガチャリと開いて、椿が中から顔を覗かせる。

「本当に来たんだな」

「もちろんです!」

 拒絶される事はなかったので、俺は椿の家の中へと入る。


 一昨日、俺がまとめていた生ゴミなどはなくなっていた。

 どうやら椿が捨てたようである。

 そのおかげか家の中の臭いはかなり抑えられたものになっていた。


「さて、どこから手を付けたものか…」

 腰に手を当てて仁王立ちのポーズを取りながら、俺は呟く。

 こういうどこもかしこも汚れていると、どこから手を付けたら良いか判断に迷ってしまうな。


 とりあえず、まだ散らばってるゴミを片付けるとするか。

 ゴミさえなくなれば、他が汚くてもそれなりに綺麗には見えるようになるはずだし。


 そう考えて、俺は買ってきたゴミ袋にゴミを入れていく。

 一応、必要そうな物に関しては椿に確認をとって捨てるつもりで、見るからにゴミなのに関しては問答無用で処分だ。コンビニ弁当の容器とかカップ麺の容器は確実にゴミだもんね。

 流石にこれをコレクションしてるって事はないだろう。



 ダイニングキッチンの床に散らばるゴミを集めると、なんとそれだけでゴミ袋を四袋も使ってしまった。可燃性三袋に非可燃性が一袋だ。

 ほとんどが食品が入っていた袋や容器で必要そうな物は何もなかったので、一時間程で片付いた。

 うん、床が見えるって素晴らしいな。


 床掃除をしたい衝動を我慢しながら、続いて椿の部屋のゴミを纏める事にする。

 こっちにもコンビニ弁当やカップ麺の容器があるけど、紙系のゴミが多く見られる。

 仕事で使う書類とかないよな?


 一応、確認をしながらゴミ袋にゴミを入れていっている時だった。


「……? これは、督促状…?」

 三つ折りにされた紙は、要約すると『借金を返さないと法的手段を取ります』と、記載された書類だった。

 …なんだ、これ…?椿…借金してるのか…?


「椿、さん。…これ…借金、してるのですか?」

「…………」


 椿は無言だった。


「ぇ?いや…一体どれくらいの借金が…?いえ、そもそも、なんで借金なんか!」

「だってしょうがないだろ!!」


 そこで椿は声を荒らげる。

「両親に勘当されて!バイトを始めたけど生活だって苦しくて!…俺だって、できる事なら借金なんてしたくもなかった!!」

「でも、そうでもしないと、家賃だって払えない!食べる事すらままならない!!他に方法がなかったんだ!!」


 肩で息をするほどの大声を出し、椿は頭を抱える。


「…最初はほんのちょっとだけのつもりだった…。でも、生活が苦しくなるにつれて、どんどん借りる額が増えていって…借金を返す為の借金をして…」

 段々と弱々しい声になっていく。


「借金を返す為にバイトだって増やした…でも、返す額が大きく膨れ上がって毎月利子分を返すのだけが精一杯になってきた…」

「バイトじゃ駄目だと思って、必死こいて就職先を探したよ…。何とか、今の会社に入る事が出来たけど、それでも、毎月借金を返すのに精一杯だ…」


 椿は涙を流す。


「せっかく高卒でも雇ってもらえたのに、仕事では営業成績を上げられない、上司や同僚はそれでも優しく見守ってくれている…!なのに、俺は、俺だけの事で精一杯だ!」


 更に言葉を続けようとする椿の頭を、俺は抱きしめた。


「辛かったんだね…苦しかったんだね…」

 俺の胸の中で椿は泣く。俺はそんな椿の頭を優しく撫でた。


 気になる事はある。

 両親に勘当されてしまっている事や今の職場での状況、でもそれよりもまず先に解決しないといけない事がある。

 俺は椿が泣き止むのを見計らって、ゆっくりと抱いていた椿の頭を離す。


「…借金の額は…いくらなのですか…?」

「……三社合わせて…七十万くらい、いや、もうちょっとあるかな…?」


 借金の額を聞き、俺は自分のハンドバッグから自分の通帳を出して開く。

 約九十二万円の貯金がある。


「椿、行くよ!」

「…行くって…どこに…?」

 疑問に思っているままの椿の手を引っ張り、俺は椿を外に連れ出そうとする。


「椿の借金を返しにだよ!」

「え!?でも、俺には貯金なんてないし…」

「わたしが全額出す!」


 当然、椿は断ってきた。

 けど、そんなボロボロの状態の藁にも縋る想いをしている状態から脱却をする為には、まずは金融機関から借りているお金を帳消しにしなければならない。

 俺は「良いから言う事を聞く!」とだけ言って、椿の手を引っ張った。



 最初に向かったのは銀行だ。

 俺はとりあえず端数以外の貯金を窓口で全額引き落とす。

 そして次に向かったのは、椿が借金をしている消費者金融のATMだった。


 二社は一箇所に固まっていたので、手間が省けてラッキーだ。

 最後の一社もそれほど離れてないところにあり、俺は椿の借金を全て肩代わりした。



「…ありがとうな。お金は、必ず返すよ」

 それぞれの消費者金融で借金を返し終わって、退会手続きをした後、椿はそう呟いた。

 俺は返さなくても良いと言おうとしたが、お金の問題はやっぱりきっちりと清算しないといけないと思って考えなおした。


「わかりました。でも、急がず無理のない範囲でちょっとずつ返してくれたら良いです」

 当然、利子などはつけない事も説明する。

 椿が再度感謝をしてきて、俺は少しでも椿の助けになれたと思って微笑んだ。

・次回更新予定:明日。



何かの漫画で、督促状がハガキか何かで届いているシーンを見た事があったので、督促状ってハガキで来るものなんだなぁって思ってました。

ですが書く前に一応調べてみたら三つ折りの紙の画像ばかりが出てきたので、おそらくは定形郵便で届くのだろうと当たりをつけて書きました。実際どうなんでしょうね?

あと、借りれるお金の額とか、月々の返済額とか、すでに消費者金融で借金してるのに、別の消費者金融から更に借金できるのかどうかについては、一応は調べたのですが、完璧というわけではないですので、違っていたらごめんなさい。



・嘘次回予告


椿の借金を返すため、リリーは闇金会社が運営する一発逆転のギャンブルに参加をする。

豪華客船の中でジャンケンをしたり、高層ビルの屋上で鉄骨を渡ったりと、リリーは椿の為に命をかけたギャンブルを繰り返す。


次回、賭博堕天使録リリー 第三十一話『闇に降り立った天使』

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