第二十七話『運命の再会』
大学生となり、バイトを始めて二年が経った。
今、俺は大学三年生である。
入学したての頃とは違い、友人とまではいかないがそこそこ会話を交わす人達は増えていた。
けれど、相変わらず大学での俺はあまり友人と呼べる人はいない。
そもそも、俺に寄ってくる人間は何かしら下心を持って近付いてくるのが多い。
男は体目当てであったり、女は合コンの人数合わせが主な理由だ。
男女共通して、どこから聞いたのかは知らないけど、俺の家が金持ちという事を聞いて、寄ってくる輩もいる。
そういった奴らを相手せずにいたら、やたらと居場所が狭くなってしまった。
まあ、人付き合いも悪けりゃ、人を信用していない態度を取ってるからね、当たり前だよね。
大学内での俺のポジションは、常に最前列の真面目な優等生。
友達はオタクの友人が二人いるだけで、顔は可愛いのに陰キャという烙印を押されている。
まあ、言いたい奴らは勝手に言ってれば良いんだけどね。
俺の友人を馬鹿にする奴は許さない。
なんか、大学って思ったよりも面白くないな。
まあ、他人に対して態度があまり良くないからってのはわかるけど、それでも、損得勘定抜きに良い友人関係を築いてくれた中学と高校時代が懐かしく思える。
って言っても、バイトに行けばかなりの頻度でその友達が会いに来てくれるし、昔よりも多く連絡を取り合うようになったけどね。
こんな事なら、大学に行かずに素直に働いておけば良かったな。と、今更ながらに後悔していた。
でも、大学で知り合った数少ない友人や、学んだ事は決して無駄にしてはいけないし、それを後悔するなんてとんでもない。
すぐに後悔したと思ってしまった事を反省し、あとおよそ二年を乗り切って無事に卒業しようと前向きに生きる事にした。
この日も、いつも通りにバイトをしていた。
何気に今、俺の貯金はそこそこ貯まっている。
月およそ九万円の給料ではあるが、毎月の携帯代に食費、服を買うお金やたまに中学・高校時代の友達と遊びに行く程度しか使わないので、塵も積もった感じで貯まってきてるのだ。
どうしようか、せっかく貯まってきたけれど、使い道がないぞ…。
婆ちゃんはリリーが傍にいる事を望んでいるから、一人暮らしをするわけにもいかない。
まあ、流石に月九万円程度じゃ一人暮らしなんてできるわけはないけどね。
「そうだ!今度、お婆ちゃんとイギリスに旅行でも行ってみようかな?」
日々お世話になってるんだから、自分が旅費を全て出して、一緒にイギリス旅行をするのも良いだろう。うん、そうしよう。
リリーの母親が生まれた国を、俺も一度は見てみたいし。
そんな事を考えながら仕事をしていて、あと十分程で今日のバイトが終わるという時間になった時だった。
「ごめん、リリーちゃん。今日、一時間ばかし長く働いてくれない?」
「構いませんよ。どうしたのですか?」
理由を聞いてみたら、今日の夜九時出勤者の一人が、シフトを見間違えてて今からこっちに向かうと連絡が入ったそうな。
大体三十分程で到着はできるのだけど、その間の穴埋めの為に、俺に残ってほしいそうな。
まあ、一時間くらいだったら別に良いな。
何気に俺の働いているスーパーは二十四時間営業なのだ。
夜の九時出勤者は、朝の六時まで働く事になっていて、その出勤人数は僅か二人である。
いくら深夜はお客さんが少ないとはいえ、結構大変だよね。
それに比べたら、夜の十時まで働く事になるのなんて苦でもなんでもない。
だから、俺は店長の頼みを快く了解した。
それが、まさか俺のこれからの運命を大きく変える事になるとも夢にも思わずに…。
特にトラブルもなく、夜の九時出勤者が慌てて事務所に駆け込んでいくのをレジから見守る。
時計を確認すると、意外に早く到着したのかまだ夜の九時十分だった。
その後、遅刻してきた人が俺に謝罪をして業務に移る。
もう大丈夫だから帰っても良いよ、と言われたけど、せっかくだから夜の十時まではしっかり働こう。
それから何事もなく時間が過ぎ、今日のバイト終了まであと五分というところまで迫った時だった。
「いらっしゃいませ~」
レジに買い物カゴが置かれたので、元気よく挨拶をして、俺は買い物カゴの中身をスキャンする。
買い物カゴの中身は全部カップ麺だった。
いくつか同じ種類のカップ麺があったけど、組み合わせ的にはバラバラなカップ麺が全部で十二個。
それらをスキャンしながら、見えた男性のお客さんの服装は、アイロンもかけず、くたくたになっているスーツだった。
(苦労してる社会人か…カップ麺だけじゃ体壊しちゃうよ…)
若干の心配をしながらも、全ての商品のスキャンが終わり、レジに映し出された金額を言う。
くたくたのスーツの男性は、細かい小銭だらけで支払いをしてきた。
相当苦労してるんだろうな…。
お預かりしたお金を数え、丁度ある事を確認してレシートを発行する。
そして、そのレシートを手渡そうとその客の顔を見た時だった。
俺は驚きに目を見開き、そして呟く。
「…つ、椿…?」
「…ぇ?」
「!! やっぱり、椿!椿だよな!あぁ、こんなにやつれて、かわいそうに…!」
カップ麺ばかりを購入した、くたくたのスーツの男性、それは、転性前の俺の親友だった椿だった。
「あぁ…こんなにカップ麺ばかりで…栄養のあるもの、あまり食べてないんじゃないか?顔色だって良くないし」
「あ、あの…俺、あなたとどこかで会った事ありましたっけ…?」
あまりに突然の事だったから、俺も我を忘れていた。
俺と椿は、初対面なのだ。それなのに、まるで前からの知り合いかのように話しかけていしまった。
「あ、いえ…その…え~っと…。わたしが一方的に知っているだけでして、わたしと椿さんが会った事は今まで一度もありません」
若干苦しい答えではある。
ほら、椿のあのうさんくさいものを見る目。…目にも力が宿ってないな…どれだけ苦しい生活してきてるんだよ…。
気が付いたら俺は椿の顔に手を伸ばし、その頬に触れていた。
無精髭がジャリジャリとしていた。
「あ…ご、ごめんなさい…」
「いえ…じゃあ、俺はこれで…」
サッと手を引っ込めたところで、椿が立ち去ろうとする。
俺は慌ててそれを引き留めた。
「ま、待って!あと五分でバイトもあがりなの!だからそこで待ってて!」
「え?いや、その…」
「お願いだから!!」
ここで椿を帰してしまったら、きっと俺は今後後悔してしまいそうな気がする。
なんとしてでも、引き留めておかないといけない。
椿は疲れた表情をしながら、小さく「わかったよ…」と呟く。
それを聞いて、俺はホッとして早くバイトが終わる時間にならないかとそわそわしていた。
夜の十時になり、俺はすぐに事務所に駆け込み、エプロンをロッカーに叩き込んでタイムカードを押して退出した。
急がないと、見てない間に椿の気が変わって帰ってしまうかもしれない。
「お待たせ!」
良かった、きちんと待っててくれた…。
「いえ…それで、俺に何か用でしょうか?」
「カップ麺ばっかりで栄養足りてないんでしょ?今からわたしが椿さんの家に行って、ご飯を作るから!」
これは絶対に拒否はさせない。
親友のこんなやつれた姿を見て、放ってなんかおけるもんか。
「いや、大丈夫なので…」
「ダメです!いくらわたしが一方的に知ってるだけでも、知り合いのこんなやつれた姿を見て放ってはおけません!」
俺は椿の腕を掴み、引っ張るようにして店内を歩く。
「お米はありますか?鍋はありますか?フライパンはありますか?」
畳みかけるようにして、質問をする。
これで材料を買っていったは良いが、調理器具がなかったりしたら話にならない。
椿は俺の勢いに圧倒されながらも正直に質問に答えてくれた。
「ほ、本当に俺の家まで押しかける気なのか…!?」
「勿論です!」
うわ、すっごい迷惑そうな顔をされた。
今まで椿のこんな顔を見た事ないから、若干ショックだ。
でも、だからと言って引き下がる訳にはいかない。
その後、俺はそこそこの量の買い物を終わらせる。
もちろん、自宅用も含まれているのだ。
外に出て、駐輪場に向かって自分の自転車のカゴに荷物を入れる。
「じゃあ、行きましょうか」
「本当に、来るの…?」
「行きます。そして逃がしません」
俺は椿の腕を逃がさないように掴む。
椿は深いため息を吐き、諦めたようにして進み始めた。
背中が猫背になっていて、自信のない歩き方。
丸まった背中が哀愁を漂わせている。
同じバスケ部だった時にはあんなに輝いていて、自信に満ち溢れていたのに、その面影は微塵も残っていなかった。
「逃げたりしないから、離してくれない?歩きづらいんだけど…」
「ぁ…はい」
まあ、仮に走って逃げられても、こっちは自転車があるからな。
「それで、君は一体何者なの?なんで、俺にそんな事をしてくれようとしてるの?」
当然の質問が来た。
そうだよな、何も知らない相手から急にご飯を作ると言われても、怖いだけだよな。
ほんの少し、俺はどう話すべきかを思案して、椿に説明を始めた。
・次回更新予定:本日中。
とうとう本編中最後の名有りキャラである椿の登場です。
物語もいよいよ佳境に入ります。
まだ執筆中ですが、次の章が最終章になる予定となってます。
あと、ずっと気付いてなかったのですが、タイトルの二個目の『転生』は本来は『転性』だったという事に今更気付いたので、修正をしました。
・嘘次回予告
あながち間違いじゃない嘘次回予告。
疲労困憊の椿の前に突如舞い降りた天使、リリー。
リリーは椿の身の周りの世話をし始めて…。
次回、世話やき天使のリリーさん 第二十八話『スーパーリリーさんタイム』




