第二十四話『全国大会地区予選』
高校三年生になった。
転性前の俺と同じ学年である。
六月を越えると、そこはもう俺の体験した事のない世界だ。
楽しみでもあり、不安でもある。
でも、時間は元には戻らない。前に進むしかないのだ。
高校バスケの全国大会地区予選が始まった。
正式なマネージャーではない俺は、授業のある日は応援には行けなかったが、授業のない日にはマネージャーとして同行をした。
俺達の高校はすでに一敗してしまっているが、かなり善戦をしている。
そして、この日の試合に勝利する事が出来れば全国大会の本戦に出場できる権利が得られる大事な試合がやってきた。
「皆、ここまで良く頑張った!初心者だらけで再開された我が校のバスケ部が、全国大会出場の切符を手にする目前までやってこれたのも、これも皆の努力あっての事だ!」
先生が試合前に皆に気合いを入れている。
「そして、ここまで終われない!今日を勝ち、全国大会本戦でも良い試合ができるように精一杯自分達の力を発揮して、勝って来い!」
「「「「「はい!!!」」」」」
ユニフォームを着たバスケ部部員達が、コートへと入っていく。
気合は十分だ!
そして俺は相手チームを見る。
「…え?あれって…」
相手チームは、同じ県内でも有数の強豪校の一つだ。
その相手チームの中に、見知った顔が三人いた。
「橘?どうした?」
先生が首を傾げて質問をしてきた。
「いえ、相手の学校のスタメン三人に、わたしと同じ中学出身の…男子バスケ部だった人達がいるので…」
「え…?確か、橘の中学って…中学生全国大会で優勝したところだったよな…?」
「はい…」
強敵の中の強敵と言うやつである。
しかも、俺が今のリリーの体となって、バスケがピークの時に鍛えた奴らだ。
すでに少し衰えてしまっている今の俺にも敵わないウチの連中と、ピークの時の俺と同等の力を発揮していた連中を相手にするには、かなりキツイ対戦相手かもな…。
しかも、あいつ等も強豪校に行って沢山揉まれてきて腕を更に上げているはずだし。
今回、俺達はあえて対戦相手の学校の事を何も調べずに試合に臨んでいた。
相手が強豪校だと知ると、こっちの選手が委縮してしまうかもしれないと思い、それだったらどの対戦相手も強いけど、お前達なら勝てる!と、発破をかけた方が勝率が高くなりそうだったからだ。
それがまさか、出場権を賭けた大事な試合で、この地区で一番強い高校と当たってしまうとはな…。
逆に相手高校の事を調べなかった事が裏目に出てしまったか。
そして試合が開始され、俺達の高校は一気に得点を引き離されてしまう。
試合開始から僅か五分という短い時間で先生はタイムアウトを取った。
タイムアウト中に、俺は全員にスポーツドリンクを配ってまわり、皆の様子を覗う。
絶望的な点差ではあるが、皆の目にはまだ闘志が宿っていた。
「まだだ、俺達はやれる…ここから逆転できる!」
部長が皆に発破をかける。
部員達も力強く頷く。
「皆、ちょっと話を聞いてくれないか?」
俺は体を休めている皆に声をかける。
「相手選手なんだけど、実はその内三人はわたしが中学時代にバスケを鍛えた連中なんだ」
俺の言葉に皆が吹き出す。
まあ、ある意味自分達よりも先に俺にバスケを教わった先輩って事でもあるからな。
「それでさっき動きを見ていて思ったのだけど、中学の時より上手くなっているのは確かだ。でも、動きの根本に関しては、わたしが教えたままの動きになっている」
おそらくは、俺の教えた動きの方がやりやすかったり合っていたりしたのだろう。
向こうの高校の顧問の先生も、下手に動き方を変えるように指導するよりも、そのままの動きをより良くする為に指導していたはずだ。
「皆は今、相手の技術とスピードについていけずに押されてしまっていただけであって、相手がどのように動きたいかは把握できるはずなんだ。だって、相手選手の動きは、全部わたしの動きそのものなんだから」
俺の動きは先生から教わったものであり、それをそのまま中学の時に教えてたのである。
そして、それは今、目の前にいる俺達の高校のバスケ部員全員にも言える事だ。
「まあ、何が言いたいかと言うと、普段のわたしの動きを思い出して、その動きを封じる先読みをしろって事だな」
ただ、一手先を読むだけだと、技術力が上である相手に置いていかれてしまう。だから…。
「素早さと技術力が相手の方が上なら、こっちはその先の先を読んだ動きをすれば良い。そして、その動き方はわたしと先生がこの三年間にみっちり仕込んだんだ」
同じ指導を受けた者同士の戦いなら、普通は技術力が高い者が勝つ。
相手はこっちよりも三年早くそれを学んだだけであるが、逆を言えば、三年も俺から指導を受けていない。
つい昨日まで俺の指導を受けていたこいつらの方が、俺の動きが読めるはずである。
「相手がやりたい動きを封じる事が出来れば勝機は必ずやってくる!自分達に全ての流れを持っていけ!」
「「「「「はい!!!」」」」」
丁度そこでタイムアウトの時間が終わって、審判にコートに戻るように促された。
そこからの皆の追い上げは素晴らしいものだった。
絶望的な点差だったはずなのに、俺の言った通りに相手の動きを先読みして封じ、じりじりと差を埋めていく。
俺も、自分自身がコート内で試合をしているかのようにイメージをして、相手の動きを先読みするのだが、その全てがイメージ通りに重なった。
おそらく、皆にもそのイメージは浮かんでいるのだろう。
相手チームの表情に焦りが浮かぶ。
試合開始直後はあれだけ楽勝ムードだったはずなのに、タイムアウトを挟んだだけでこの上なくやりにくい試合になったからだ。
これが俺の全く知らない選手相手だったなら、そのままの楽勝ムードだったんだろうけどな。
相手高校の監督が、俺の教えた三人を全員入れ替えたらおそらく勝ち目はなくなるだろう。
他の選手の動きまでは皆知る訳がないからな。
でも、そんな事は相手高校の監督だってわかるわけがない。
このままいけるところまで押し切る!
そう思っていたのだが、流れが変わったのは、相手チームがタイムアウトを取った直後からだった。
今度はこちらの動きが封じられ始めた。
どれだけこちらが先の先を読もうとも、その更に先を読まれた動きで思うようにパスがつながらなくなった。
「やられた…あいつら…俺の動きを覚えてやがったか…」
三人の動きは、中学の時に俺からボールを奪おうと必死に動いていた時のような動きになっていた。
俺がどのタイミングでパスを出すか、どういうフェイントを織り交ぜてくるかを覚えていないと、あの動きはできない。
くそ…本当に強くなったじゃねぇか…。
今のあいつらと俺が戦ったら、俺に勝ち目はないだろうな…。
ちくしょう。悔しいぜ…。
その後、ハーフタイムを挟んで試合が再開されたが、またもや離されてしまった点差は埋める事ができず、俺達の高校は予選敗退をしてしまった。
「橘!久しぶり!」
試合終了後、相手高校から俺の教えた三人がやってきた。
「よう、久しぶり。元気にしていたか?」
「もちろんだよ!橘も相変わらずみたいだな」
三人は嬉しそうに笑っていた。
「いやぁ…焦ったよ。まさかあんなに動きが封じられるとは思わなくて…この地区のどの高校よりも強敵だった。流石、橘が教えていただけはあるな」
「よせやい。今の俺はもうすっかり衰えたんだ。あれだけ動けたのは皆の努力の成果と、俺と先生の動きをどれだけ毎日見ていたかの結果だよ」
「まあ、だからこそ、俺達もあの時の橘の動きを思い出して、逆に動きを封じる動きができたんだけどね」
「お前等も、中学の時に頑張ったもんな…」
本当に、俺の周りの奴らは頑張り屋さんだらけだ。
「あ~あ…二度と泳げなくなっても良い覚悟でもっと筋トレ続けて、身長ももっと伸びてれば、俺もまた皆とバスケで良い勝負できたんだろうけどなぁ…」
すっかりあの時とは体付きが変わってしまった。
「うん…凄く女の子らしくなった。ますます可愛くなったね。…リリーちゃん」
「え…?うん、ありがと…」
急に真面目な顔つきで褒められてしまったので思わず照れてしまった。
あと、今まで名字で呼んでたのに急に名前で呼ばれるとびっくりする。
「口調は相変わらずみたいだけどな」
「うるせぇ!これはお前達相手だからだよ!今はきちんとお淑やかにやってんだからな!」
「どうだか、どうせテンション上がったりした時は男口調になってるんじゃないの?」
くそ…痛いところを突かれた。
俺の後ろで、俺の高校のバスケ部がうんうんと頷いている。
「良い試合だった。こんなに楽しく、勝てて嬉しい試合は久しぶりだった」
「こちらこそ。こんなに楽しくて、負けて悔しい試合は初めてだったよ」
お互いの両キャプテンが握手を交わす。
「俺達は最初で最後の大会だった。…でも、その最後の試合にあなた達と戦えた事を誇りに思います。俺達の分まで、全国で暴れてきてください」
「あぁ、必ず!」
うんうん、良い青春だ。
「じゃあな!優勝目指して頑張れよ!」
手を振って別れを告げる。
俺が転性前の男の時に目指していた場所。お前達に託したからな。
しかし、やはり高校の全国大会ともなると、レベルが違ったみたいだった。
俺が優勝を託した三人の通う高校は、惜しくも準優勝という形となるのだった。
・次回更新予定:明日。
・嘘次回予告
ある日、リリーの前に本物の天使が舞い降りる。
天使はその世界の女王を決める為の剣闘士大会を開く事を宣言する。
リリーに渡される『女王の剣』
リリーは剣闘士大会を勝ち上がり、現女王を打ち倒す事ができるのか!?
次回、私にも天使が舞い降りた 第二十五話『クィーンズブレード』




