第二十三話『嬉しい報告』
季節が流れ、高校二年の夏休み明けの事だった。
授業中の教室のドアが勢いよく開かれる。
「橘!!やったぞ!!」
授業中という事もあり、完全に不意を突かれた俺達生徒と授業を進めていた先生は、その叫びにも近い大声に驚く。
しかも、俺に至っては名指しだったのでその驚きは他の人よりも大きかった。
「せ、先生!?どうしたんですか!?」
教室に駆け込んできたのは、バスケの顧問の先生である。
授業中ではあるが、俺も思わず立ち上がって何があったのかと返事を返した。
「やった!やったぞ!!来年から男子バスケ部は大会に出られる事になった!!」
「「ま、マジっスか!!やったぁー!!」」
俺と同時に全く同じ台詞で両手を挙げて喜んで叫んだのは、同じクラスになったバスケ部部長である。
先生は男子バスケ部を再建した後、全国大会の実行委員などに俺達の高校の男子バスケ部が大会に出られるように駆け合っていた。
無期限の出場停止処分というのは、ほとぼりが冷めた頃に停止処分を取り消すという事であるが、先生はその停止処分を少しでも早く取り消してもらう為に色んな人に声をかけて回って、その努力が実ったというわけである。
「おめでとうございます!」
俺は自分の事のように喜んで、先生を祝った。
先生は涙を流しながら「橘のおかげだ!本当にありがとう…!」と礼を言ってきた。
「入部をしてくれた皆も、最後の年に大会に出られる事になる…良い記念になるはずだ」
そうだね。せっかくバスケ部に入部したのに、大会に出られないのはわかっていても悔しかっただろうな。
自分達の実力が、全国でどれくらい通用するのか、それを試してみたいと思う人も少なくなかっただろう。
でも、来年にはその夢が叶う。
ほとんどの部員がバスケ初心者からだったから本戦に出場するのは難しいだろうけど、それでも、全国大会という雰囲気を味わってもらいたいものだ。
「先生~…嬉しい報告ではあるッスけど、なんで部長である俺よりも、橘さんの方が優先なんスか…」
同じクラスのバスケ部部長がちょっとだけ不貞腐れていた。
「すまんすまん。どうしても、橘に一番に知らせたくってな…俺が立ち直れたのも橘のおかげだし。…それに、お前もバスケ関連で嬉しい報告がある時、誰に一番最初に報告したいって思うか?」
「そりゃ、もちろん橘さんッスよ!」
「だろう?」
まあ、俺はほとんどマネージャーと言っても過言ではないくらい、男子バスケ部の練習の手伝いをしているからなぁ。
もちろん、女子バスケ部の事も忘れてはいない。
そして、俺と先生とバスケ部部長は笑い合う。
「あの~…楽しんでるところに水を差すようで恐縮なのですが、今は授業中です」
そして、現在授業の進行を務めていた先生が呆れながら声をかけてくる。
「おぉ!?これは失礼しました。つい気が逸ってしまいまして…」
そう言って、先生はそそくさと教室から出ていく。
まあ、感極まった嬉しい報告をしたいって思った時って、それがどんな時であっても感情のままに行動しちゃう時ってあるよね。
ただ、本当に時と場合を考えないと、痛い目に遭うけど…。
その日、放課後の部活動の際に先生は改めて部員達に全国大会に出場できるようになった事を報告する。
部員達は抱き合うようにして喜び、その日の練習はいつもよりも一層気合の入った練習風景となった。
「先生?どうしたんですか?」
部員達が練習をしている時、先生がスマホの画面をジッと見つめていたので俺は質問を投げかけてみた。
「ん?あぁ…六年前に撮った写真を見ていたんだ」
そう言って先生が見せてくれたのは、転性前の俺や椿、そして他の部員達が写っている写真だった。
「彼らにも報告をしたかったのだがな…だが、もう全員と連絡がつかなくなってしまった…悲しい事だよ」
先生は上を向いて呟く。
「特に、廃部の原因となってしまった椿にはバスケ部が復活した事も、大会にもまた出られるようになった事も知らせたかったんだがな…」
椿…。
俺も、椿が今どこで何をしているかが気になっていた。
去年の先生との1on1勝負の後、俺はせめて椿の様子だけでも見ようと、椿の家まで足を運んだ事もあった。
しかし、椿の住んでいた家には、別人が住んでいた。
俺の家と違い、椿の家は父親の持ち家だった。
椿本人がどこか遠くへ就職したとして住んでいなくても、普通は両親が残っているはずである。
それなのに別人が住んでいるという事は、賃貸に出したか売り払ったかのどちらかという事であり、そこには椿本人も椿の家族も住んでいない事となる。
電話番号も知らないので、俺は完全に椿と連絡を取り合う手段を失っている。
だから、今は椿がどうなっているか知る由もなかった。
せめて、元気でいてくれたら良いのだが…。
「先生!来年の全国大会で優勝を目指しましょう!優勝をすれば、元教え子達だってバスケ部が完全復活した事を知るかもしれないですし」
「……そうだな」
先生の返事が若干暗いのは、今教えている生徒のバスケのレベルが全国では通用しないレベルだからである。
それは俺も理解しているが、それでも、優勝を目標に頑張るのは決して悪い事ではない。
それに良い試合をして勝ち上がっていけば、それだけ元教え子達の耳に入る可能性だって高まるのだ。
その為にも、俺は協力を惜しまない。
「よっしゃ!誰かわたしと勝負したい奴はかかってこーい!!」
頬を両手で叩いて気合を入れた俺は、皆のレベルを少しでも引き上げる為にも本気で相手をする。
一緒に全国目指そうぜ!
先生も、無理だと諦めるよりも、可能性を少しでも高める為にしっかりと皆を指導していくのであった。
話はガラリと変わって、冬休みに入る少し前の事だった。
「リリーちゃんは進路どうするの?」
修学旅行明けの高校二年生は、これから少しずつでも進路の事を考えながら勉強をしなければならない。
なので、今教室では皆進路の事が話題に上がる事が多かった。
ちなみに修学旅行の話題も一緒に上がりやすく、修学旅行で行った北海道の話題を交わしているのもちらほらと見かける。
「う~ん…どうしようかなぁ…実は何も考えてないんだよねぇ」
本当に何も考えてなかった。
大学に進学するにしろ、就職をするにしろ、どこかを選ばなければならない。
でも、転性前の男の時ならいざ知らず、今は女であるリリーである。
逆に、一体自分はどうすれば良いのか迷ってしまっていた。
「リリーちゃんなら素敵な男性と出会ってすぐに結婚できそうだけどねぇ」
「わたしは一生彼氏を作る気もないし、結婚する気もないよ」
これはもう中学の時から言い続けている事である。
「リリーちゃんみたいに結婚する気がないって言い続けてる人に限って、しれっと突然結婚したりするんだよねぇ…」
「いや、本当に結婚する気はないって…」
俺の答えに、友達は皆「じゃあどうするのよ?」と少し心配そうにしていた。
「ほんと、どうしようかなぁ…」
「じゃあ、わたしと一緒の大学目指そうよ!」
中学時代からの友達が一緒の大学に行こうと誘ってくる。
「あんたたちホント仲良いわよね」
それを高校でできた友達が羨ましそうにしていた。
「いや、そんな事ないよ。こいつ、わたしが中学に転入してきた時、わたしを苛めてきたくらいだし」
中学の時の友達を指差して答える。
今でこそ仲良くはしているが、何気にコイツって、好きな男子の心を奪われた嫉妬心から俺を苛めてきたんだったよな。
「ぎゃあぁ!その話はやめてぇ!!忘れてぇ!!わたしの人生最大の汚点!」
その当時の事を思い出して、友達はもだえ苦しんでいた。
「いや、忘れるわけないじゃん。痛かったよ?上履きの中の画鋲」
「うわ…あんたそんな事してたんだ…サイテー…」
「うぇぇ~ん…ごめんなさ~い…」
懐かしいなぁ…あの後、恋愛相談に乗り始めたんだったよな。
今は普通に仲の良い友達付き合いをさせてもらってるけど、当時は女の子同士の恋愛に発展させようとしてたんだよな…。
しかし、よくよく思い返してみると、こいつって俺へのスキンシップが他の友達と比べてやたら近くないか?もしかして、あわよくばまだ狙っているとかないだろうな?
でも、まあ…男と結婚をする気がないなら、女と戸籍上では結婚できなくても、こっそりと結婚するってのもアリかもな。
いや、やっぱり考えるのはよそう。
なんか友達の目付きが急に変わったように思えた。
「惰性で決めるのはあんまり良くはないけど、とりあえずは大学に進学してから、また考えようかなぁ…」
最終的にどこかに就職するにしろ、学歴はあっても損はないしね。
一応、婆ちゃんにも相談してみるか。多分、リリーの人生はリリーの好きなように生きると良い。って言うんだろうけど。
・次回更新予定:本日中。
・28話まで書いてた状態から投稿を始めて、今現在は35話を執筆中。
一日一話執筆しての一日平均二話更新だから、追いつきそうになったら一日一話投稿になるかもしれません。
なるべく一日二話更新で維持したいけど、仕事がgggg…。(この前寝坊して危うく遅刻しかけた)
・嘘次回予告
進路を悩むリリーは、ある日突然自分に『過去に戻り、過去を変える能力』が目覚めていた事に気付く。
すぐにリリーは過去に戻って、自分の事故を防ごうと考えた。
しかし、自分の事故を防ぐと、リリーの体は脳移植される事なく一生寝たきりになってしまう事実に気付く。
だったら、リリーを助けよう!そう思ったが、それをすると、今度は自分が事故に巻き込まれた後に待ち受けてるのは完全な死だと気付いてしまう。
あちらを立てればこちらが立たず。
リリーは思い悩んだ末、花蓮婆ちゃんの為にも、そして寝たきりとなってしまったリリーの為にも、少女の命を助ける事を決意する。
次回、時をかけるリリー 第二十四話『タイムパラドックス』




