第二十話『思い出の欠片』
夏休みが明け、二学期が始まった。
バスケ部男女の練習の手伝いや、別の高校に入学した中学の友達と遊んだり、色々とあった。
中学時代よりも充実した夏を過ごせたんじゃないだろうか?
海水浴にも行ったりして、俺の肌は日焼け止めを塗っていたけどほんの少し焼けていた。
薄く焼けた肌に真っ白な地肌の残るビキニ跡、俺は風呂に入る度にそれを見て興奮していた。
ビキニ跡って良いよね。
でも、やっぱハーフだからか、二、三日ほどですっかり元の色に戻っていた。
ちょっと残念。まあ、どちらかと言えば赤く腫れていた方が近いから、戻ってくれて一安心とも言えるけれど。
心の中で隠れ性癖暴露とかしているけど、それは周りの人間には伝わる事はないから安心だ。
もし、心を読む能力者がいたら話は別だけど、そんなやつがいるなら、とっくに俺の中身が男である事を指摘してるはずだもんね。
この日は水曜日。
普段は弁当を作って来てる俺だけど、毎週水曜日だけは学食の日と決めていた。
何で水曜日なのかは、転性前の俺の母親が仕事が早い日で、弁当が作れないから水曜だけ学食だったから、そのままの流れで水曜は学食の日にしただけである。
まあ、今は毎日弁当作っていけるんだけど、学食だって食べたいもんね。
この高校の学食の看板メニューは、チキン南蛮定食のタルタルソース付きである。
通称、南タルって呼ばれていて、一番の人気メニューだ。
タルタルソースなしだと十円安いんだけど、このタルタルソースも学食のおばちゃんの手作りで、これがまたメチャクチャ美味い。
だから、チキン南蛮にタルタルソースがあるとないとでは味にかなりの違いが出るのだった。
友達と一緒に学食に来た俺は、券売機の前で唸っていた。
「う~ん…どれにしようかなぁ…休み明けで久しぶりだから、ここはやっぱり南タルにしようかな?」
他にも魅力的なメニューはあるのだが、やはりここは南タルだろう。
それだけだと足りないから、肉うどんの食券も追加で購入。
その様子を見ていた友達は「相変わらず沢山食べるねぇ…」と、呆れていた。
「おばちゃん!南タル大盛と肉うどん!」
勿論、ご飯は大盛である。
俺は久しぶりに顔を見る食堂のおばちゃんに食券を渡す。
「相変わらずリリーちゃんは沢山食べるねぇ」
友達と同じような事を言われる。
「ここのメニューはどれも美味しいからね」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。肉じゃがサービスするわね」
「わーい。おばちゃん大好き!」
素直に喜ぶと、食堂のおばちゃんも嬉しそうに笑っていた。
「…あの子も南タル定食が大好きだったわね…最後にもう一度、食べさせてあげたかったわ…」
「あの子?」
急におばちゃんがしんみりして語りだした。
「リリーちゃんのように、毎週水曜日に食べにきてた子なんだけどね。素直で可愛い背が高い子だったんだけど…かなり前に事故で亡くなっちゃってね…」
その言葉に、俺はおばちゃんが転性前の俺の事を語っているのだと理解し、俺の事を覚えててくれた事に涙が出そうになった。
「そんな泣きそうな顔しなさんな。可愛い顔が台無しよ。…って、急にこんな話をしたあたしが悪いのか」
そう言って、おばちゃんは少し辛そうに笑った。
覚えててくれてありがとうございます。そして、変わらず美味しい南タル定食、実はもう何度も食べさせてもらってます。
…本当に、ありがとうございます。
おばちゃんの優しさに心を打たれながら、俺は自分の眼前の南タル定食と肉うどん、そしてサービスでついてきた肉じゃがを味わって食べる。
小柄なリリーが男子よりも食べるその姿に、一緒に食べにきていた友達はただただ苦笑するだけであった。
別の日の学校帰り、友達は料理研究部の部活動で一緒じゃないので一人で帰っている時だった。
「う~ん…小腹がすいたなぁ…」
お腹をさすりながら、俺は駅に向かって進めていた足を別の方向へと向けた。
目的地は転性前によく通っていたラーメン屋である。
ラーメン屋に入るなり、俺は店の大将にメニューを見ずに注文をする。
「大盛チャーシューメン一つ」
「あいよ!」
大将の良い声が店内に木霊する。
俺はセルフサービスの水をコップに注いで一口飲む。
そして壁のメニューをチラリと見て「炒飯と餃子も食べたいな…」と呟いてしまう。
「リリーちゃん?炒飯と餃子も付けるのかい?」
ラーメンを作ってる途中の大将が、俺の呟きを聞いていたようだった。
実は、転性前ではなく、リリーとしてもすでにこのラーメン屋の常連と化していた俺は、大将に名前を覚えられてしまったのである。
「う~ん…かなり迷ってます。それだけ食べたら、流石に夕食が入るかどうか…」
「いっつも夕食前に大盛でラーメン食べてるのに夕食が入るかどうかの心配してるのかよ!」
鋭い指摘が入ってしまった。
学校帰りという事は、時間的に夕食前である。
それなのに、結構な頻度で大盛ラーメンを食べ、そして家でも夕食を普通に食べている。
今更な心配だった。
「よし!食べちゃおう!炒飯と餃子のセットも一つ!」
やっぱり食欲には勝てなかったよ。
俺は大盛チャーシューメンに加えて更に炒飯餃子セットを注文した。
店内にいた他のお客さん達はその俺の様子に驚いていた。
まあ、明らかにあまり食べなさそうな小柄な子が、逆にそれだけ注文していたらびっくりするか。
そして、少し経ってから俺の前には美味しそうなラーメンが置かれた。
「炒飯と餃子もすぐ作るからな」
「はーい。よろしくです」
レンゲを手に取って、まずは一口スープを飲む。
そして割りばしを割って麺を啜って食べ始めたところで、新たなお客さんが店内へと入ってきた。
「おっちゃん、ラーメン三つ…って、橘さん!?」
入ってきたのは、夏休みにプールを一緒に遊びにいった男子三名だった。
「やっほ。皆もラーメン食べにきたんだね」
俺は軽く挨拶をしてからラーメンを食べるのを再開する。
「まあ、ラーメン屋に来るくらいだからな。…橘さんは…一人なの?」
「一人だよ~」
間延びした声で返事をしつつ、ふーふーと麺に息を吹きかけて麺を啜る。
「女子高校生のひとりラーメンって初めて見たよ…」
別に良いじゃん、一人でも。
少しムッときたので睨んだら謝られた。
そして男子達は俺と同じテーブルに着く。
まあ、知り合いだし別に構わないけど。
そして俺が食べてるのが実は大盛チャーシューメンと知るや否や苦笑をしていた。
「相変わらず沢山食べるねぇ…」
一人がそう呟いたところに、大将がやってくる。
「驚くのはまだ早いぞ。ほい、炒飯と餃子お待ちどーさん」
そして俺の前に置かれる炒飯と餃子。
これ、ミニ炒飯じゃなくて、普通の炒飯なんだぜ?
それを見たクラスメイトは、もはや言葉を失っていた。
「いや~、リリーちゃんの食いっぷりを見てると、あいつを思い出すなぁ」
「あいつ?」
男子達の分のラーメンを運んできた大将は、そのままキッチンへと戻らずに会話を始めてきた。
「結構前なんだけどな、よくウチのラーメン食いに来ていた背の高い兄ちゃんがいたんだよ。リリーちゃん達と同じ学校の制服を着ていたな」
「ふむふむ?」
何か引っかかったけど、とりあえず相槌を打つ。
「一人で食べに来る事もあったけど、同じ部活の仲間と一緒に食べに来る事が多くてな。いつも大盛ラーメンを美味そうに食ってたんだけど、ある日突然来なくなっちまった」
「卒業して遠くに行ったとかじゃないスか?」
男子が会話に加わって返事を返す。
「いや、それが来なくなったのが六月の話なんだよ。仮に転校していったとしても、時期が悪いし、一体どうしたんだろうなぁ…。もう、五年くらい前になるかな?」
大将の言葉に、男子達は「不思議ッスね」と返事を返す。
俺は理解してしまった。
大将が言っている人物は、転性前の俺だという事を…。
大将も、俺を覚えててくれたのか。
まあ、三年間しょっちゅう通ってたもんな…。
それでも、五年経っても覚えててくれたのは嬉しかった。
食堂のおばちゃんも、ラーメン屋の大将も、挨拶もなくいなくなってごめんよ…。
そして、覚えててくれてありがとうございます。
なんとなく寂しさを感じながら俺は帰路へ着いた。
ちなみに、この日の夕食は普通に全部胃に収まった。
むしろ、若干食べたりなかったと感じたのは気のせいだったと信じたい。
・次回更新予定:明日。
・天使の称号シリーズ
恋の天使
男よりも男前な天使
ボクに舞い降りた天使
料理上手な天使
紺色スク水の天使
勝利の天使
(胸が)大天使
天使のパティシエ
天使の応援団長
天使の歌声
純白の天使(NEW)←前話忘れ分
大食いの天使(NEW)
・嘘次回予告
いきつけのラーメン屋が『超大盛りラーメン、三十分で食べきれたら無料!』のサービスを開始した。
リリーは早速、大食いチャレンジに挑む。
そこに突然現れ、大食いスピード勝負を挑んできた謎の少女『シエナ』。
完食はできたものの、リリーはシエナの食べるスピードに敗北をしてしまう。
その悔しさから、リリーは特訓をしてシエナに再勝負を挑む!
次回、フードファイターリリー 第二十一話『わたしの胃袋は小宇宙だ!』
・今回の嘘次回予告はセルフパロディも含まれています。
謎の少女『シエナ』は、私がメインで執筆している小説『冒険者の宿屋シエナ』の主人公です。
シエナの登場する小説はコチラ(ダイレクトな宣伝)
↓ ↓ ↓
https://ncode.syosetu.com/n3395ei/




