第十七話『バスケ部の復活』
ゴールリングが音をたてて揺れた。
落ちたボールは軽快な音を鳴らしてバウンドする。
「……先生?今は、わたしが攻撃側ですよ…?」
先生が決めたダンクは、先生の得点にはならない。先生は今守備側なのだから。
「わかっている。この勝負、俺の負けだ」
何故、先生がこのような行動に出たかが理解できなかった。
「橘がジャンプした時、俺には橘が華麗にダンクを決める瞬間が視えた。その時点で俺は敗北を悟ったよ」
俺は驚いた。
俺自身も、あのジャンプをした瞬間に自分がリングにダンクをしているシーンが鮮明に頭に浮かんだのだ。
だけど、リングには届かずに代わりに放り投げただけになってしまった。
それを先生が、俺の代わりにダンクを叩きつけてくれたのだ。
「もう一度言う。見事なダンクだったぞ…!!この勝負、橘の勝利だ!」
「………はいっ!」
次の瞬間に、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
ビックリして周囲を見渡すと、いつの間にかそこには大人数の生徒が俺達の勝負を見守っていたのだ。
うちのクラスメイトがついて来ていたのは知っていたが、それ以上に増えてる。
おそらくは何があるのかと気になって次々と集まったのだろう。
女子バスケ部と、バレー部の男女も部活の練習の手を止めて、俺達の勝負を行く末を見守っていた。
観客は皆、口々に俺と先生の勝負を称える言葉を放っていた。
「…本当に良い勝負だった……」
先生がぽつりと呟く。
「久しく、忘れていたよ。…やっぱり、バスケは楽しいな」
「バスケをするのも、教えるのも、もう俺にはできないと思っていた…そんな資格は俺にはもうないって思っていた。だけど…あぁ、やっぱり、俺はバスケを続けたい、生徒達に教えて行きたいって思い知らされたよ」
「そうですよ。…わたしの憧れた先生は、バスケをやっていなければ話になりません」
もしも、先生が廃部になってからもバスケを続けていたら、リリーの体である俺では到底太刀打ちできなかっただろう。
善戦できたのは、先生がバスケを辞めてしまって腕が衰えていたからだ。
「だから、先生…。バスケを、してください。例え大会に出られなくても、バスケはどこだってできます。試合だって、野良試合とかならできるのですから」
「あぁ…そうだな。そうだったな…!」
先生は両手を開いては握る動作を繰り返す。
「ありがとう。橘のおかげで俺は立ち直れそうだ。疲れたなんて言って、逃げていた…本当なら、自分一人で立ち直らなきゃいけなかったんだろうがな…まさか、入学してきたばかりの生徒に教わるとは」
そう言って先生は苦笑する。
「また、勝負しましょう。今度はわたしが『敵わないや』って思えるくらいの腕に戻していてください。先生、衰えすぎですよ」
「それは酷すぎないか!?…だが、まあ…負けっ放しも癪だしな。次は必ず俺が勝つからな!」
「はい、約束です!」
そう言って、俺と先生は拳をぶつけ合う。
「…なんだか、橘にあいつの面影を感じたよ」
その言葉に驚いて目を見開いてしまったが、俺はすぐに微笑んだ。
「たくさん、見ていましたから」
誰よりも近い特等席で、だ。
「さて、先生はこれから校長と教頭に、バスケ部を復興させても良いかの許可を貰いに行ってくる。善は急げと言うしな」
「期待して待ってます」
その言葉を交わすと同時に、先生は振り返る事なく体育館をあとにした。
「リリーちゃん!?何で先生とバスケをしていたの!?」
同中学だった友達も、いつの間にか観戦していたのか、俺が先生と別れると同時にやってくる。
「そりゃ、わたしが先生とバスケをしたかったからだよ」
それが嘘偽りない俺の本音だ。
友達は「ううん…そうじゃなくて…あ~なんて例えれば良いかわかんないこのもどかしい感じ!!」と少しだけ喚いていた。
「貴女!橘さんと言ったかしら!?」
その次に、体操服姿の女生徒に囲まれる。
「え、えぇ…橘 リリーです」
その勢いに少しだけ腰が引けたが、俺は自己紹介をした。
凄い剣幕で俺に話しかけてきたのは、女子バスケ部の部長を名乗り、周りを囲んでいるのは部員達だった。
「貴女のような凄い人材が入学してきていたなんて驚きだわ!是非、バスケ部に入ってくださらない!?」
「い、いえ…わたしは部活には入りません」
本当は、俺だってバスケ部に入りたいけど、部活を始めたら帰宅が遅くなるので、婆ちゃんの夕食を作る事ができなくなってしまう。
いや、作れない事はないけど、遅い時間になってしまうから、婆ちゃんに迷惑をかけてしまうのだ。
他にも、掃除だってしなければならないし、買い物の時間も考えたらとてもじゃないが部活はできない。
まあ、婆ちゃんもたまに知り合いの研究員に呼ばれて数日家を空ける事もあるし、俺が入院していた病院に手術のヘルプに呼ばれる事があるから、必ず毎日すぐに帰らなければいけないというわけでもないが。
俺が女子バスケ部部長の勧誘を断ると、周りの部員達からも再度お願いをされる。
そういえば、この高校って男子バスケ部は強豪校だったけど、女子バスケ部はメチャクチャ弱かったもんなぁ…。
それから何度も押し問答が続いたが、家事をしなければいけないという事を説明して諦めてもらった。
しかし…。
「…じゃあ、代わりに試合の助っ人とか頼めないかしら?」
「それは絶対にお断りします。それで試合に勝てたとしても、それは先輩達の本当の勝利ではないですから」
一時的に勝利の余韻には浸れるだろうけど、いずれ自分達だけの実力で勝ちたかったと後悔をする事になる。
もしも後悔しなかった場合には、自分達の実力で勝てたわけでもないのに、慢心してしまう恐れがある。
だから、俺は絶対に試合の助っ人だけは引き受けない。
勧誘も助っ人も全てを断られた女子バスケ部員達は皆どこか暗い表情をしていた。
う~ん…弱ったな…、こんな表情されると流石に罪悪感がある。
その後、少しだけ譲歩してたまに練習を手伝いに来る、という事にした。
まあ、それくらいは中学の時にもよくやっていたので問題はない。
そして、そこから出身中学はどこかという話になった時だった。
「えぇ!?もしかして、貴女があの噂の勝利の天使じゃ!?」
「何その称号!?初耳なんですけど!?」
俺の中学は、男子バスケ部が全国大会優勝を果たした為に近辺ではかなり有名である。
そして、その優勝をした時のバスケ部員達が俺の事を『勝利の天使』と呼んでいたようであり、俺の知らないところでまた一つ天使シリーズの称号が増えていた。
ちなみに、俺はこれからも知る由はないのだが、俺の知らない称号は沢山あるようだった。
友達も交えて話を聞いていると、やはり勝利の天使とは俺の事だった。
まあ、友達も「あの中学で天使って言ったらリリーちゃんしかいないよ」と、言ってた。俺も、俺以外に天使と呼ばれてる人は見た事も聞いた事もないな。
友達から教えられた称号の中に、『(胸が)大天使』というのも存在していた。
これだから男子は…と、思っていたら、この称号をつけたのは女子だったらしい。
でも、密かに男子も胸が大天使と影で呼んでいたようだった。
少し話は逸れたけど、勝利の天使と呼ばれている俺は、少しだけバスケ界では有名になっていた。
何でも、金髪碧眼の小柄な体であるが、バスケがかなり上手く、体を張ったその教え方は男子にも女子にも人気がある。との事らしい。
どこ情報なんだろうね?やっぱ、うちの中学のバスケ部男女かな?
弱小中学を強豪中学へと導いた立役者として、実名は伏せられているが、その勝利の天使というのが二つ名で広められているようである。
もう何も言うまい。
その後であるが、校長と教頭はバスケ部復興の話を持ちかけてきた先生に「そう言いだすのを待っていたよ」と、実に協力的だったらしい。
そして、その言葉からもわかるとおり、ずっと先生が立ち直ってバスケ部を立ち上げるのを信じて待っていたようだった。
信じて待てる大人って、素敵だよな。
先生のバスケ人生は、これから再スタートを切る事になる。
俺と先生の勝負を見ていた新入生が、「バスケをやってみたくなった」とか「あの先生に教わりたい」とか「天使とお近づきになりたい」とかの理由で八人入部をしてくれた。
動機が不純なやつはちょっとアレだけど、他のやつらはやる気に満ち溢れている。
きっと、先生の教えを吸収し、またこの高校を強豪校へと導いてくれるはずだ。俺も、信じて待ってみよう。
そして俺はと言うと、バスケ部女子だけでなく、陸上部女子やバレー部女子、新体操部やその他の部活に勧誘される事が多かった。
陸上部とバレー部と新体操部は真っ当な理由で勧誘に来ていたが、他の部活動に関しては、俺の容姿や名声を目当てに勧誘に来る事が多かった。
それらを全て断って、俺は帰宅部となる。
ただ、俺の中学の時の友達が料理研究部という部活に入部したと聞いて、少し心がグラつきそうになったのは言うまでもなかった。
・次回更新予定:今日or明日。
・裏設定
それぞれの部活の勧誘理由:
女子バスケ部の勧誘:リリーがバスケが上手だから。
女子バレー部の勧誘:素早く、ジャンプ力も高いので戦力になると思った。
陸上部の勧誘:足が早いうえにスタミナがありそうだったので、短距離も長距離もどちらもいけると思った。
新体操部の勧誘:ジャンプ力があり、体が柔らかく、何より美しかったから新体操をするのに向いていると思った。
その他の部活:リリーが入部すれば、他の入部希望者も増えると思った。
・嘘次回予告
ある日、リリーは突然たい焼き屋の店主に捕まる。
「捕まえたぞ!この食い逃げ犯!」
身に覚えのなさすぎる犯行。
一体何事かと話を聞いてみると、リリーそっくりな少女が毎回食い逃げをしているという。
その後、リリーは出会う、自分とそっくりな…本物のリリーの生霊に。
次回、Canon 第十八話『うぐぅな気持ち』




